19 タツさんの言う事にゃ②
*読み難かったので文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。
「タツさん。カレーは、冷めても美味しいんやよ?」
両掌を突き出したシノンが、殊更にっこり微笑んでいる。
しかし、瞳は全く笑っていない。
心なしか、ヒンヤリした空気も漂い始めた気がする。
「悪かった。ちゃんと話す。だから温かい内に食わせてくれ!」
頬を引き攣らせたリュノスがテーブルに両手を付き、額を打ちそうな勢いで頭を下げた。
向かいに座るシノンはジト目で見下ろしつつ、掌から放出した魔力の障壁を維持している。
カウンターに居た魔導人形が、盛りに盛られたカレーライス三皿とお茶のポットを運んで来たのは数分前の事である。
その数分で二皿空いたが、最後の一皿は待機していた魔導人形ごと〈魔力障壁〉で囲まれ、リュノスから隔離されていた。
壊そうと思えば簡単に出来るが、侵入者と認識されるのも確実だ。
「元々、タツさんが色々怯えさせた所為やよ。それで余計な手間が掛かっとるて、ほんまに理解してくれてるのやろか?」
「解ってる。全面的に俺が悪い。お前たちの手を煩わせて、済まないと思ってるぞ」
呆れた声のシノンに向かい、リュノスはブンブン頷いて見せる。〈保温魔導具〉であるポットに入ったお茶と違って、木製の皿に盛られただけのカレーは順調に湯気の量を減らしている。
ここ数日、リュノスは〈勇者の試練〉の稼働確認ついでに〈封印区域内〉の魔獣と『遊んで』いた。
どうやら、その際に放出した魔力が周囲に影響を及ぼしていたようだ。
しかも〈封印の扉〉に阻まれて、レインの通信も届かなかったらしい。
その上、担当でも無いのに来てくれたシノンを適当にあしらってしまっていた。
どう考えても自分が悪いと、リュノス自身も理解している。
ただ、〈カレーを人質に取って〉反省を求めるのは、色々な意味で勘弁して欲しかったが。
「本当、ハシャいで悪かったよ。ほら、ちゃんと〈魔力封じの腕輪〉着けたろ。今後はもっと気を付ける。森の中も、後で見回っとくからさぁ」
必死に頼むと、シノンはようやく障壁を解除した。
目の前に皿が置かれた途端、顔を輝かせたリュノスが素早くスプーンを掴む。
諦めたような溜め息をついて、シノンもコップに手を伸ばす。
「タツさん、本気で反省してるん? カレー食べたさで適当に言うてへん?」
「反省してるって。だからサクラの反対側は、俺が魔力壁張っただろ。『放っとけ』って言ったのは、少し迷宮内に逃げ込ませて、あぶれたのを間引きに行くつもりだったからだよ。面倒だけどな」
山盛りだった三皿目のカレーライスは、瞬く間に平地化していた。
しかし、熱い焙じ茶を啜るシノンは特に気にした風でも無い。
これが平常運転なのだろう。
「色々足りてへんよ、タツさん。特に、スズノくんの方。ウチらが結界張らな、氷直撃させてたやろ」
「そりゃ〈憶えの無い妙な気配〉と一緒に〈おかしな挙動〉してりゃあ、『その気配が元凶か』と思うだろうが。それに、違ったら違ったでお前らが何とかすると思ったし。坊主にも悪い事したと思ってるが、まあ事故みたいなもんだって」
大して反省の見えないリュノスの様子に、シノンが溜め息をつく。
「んで。お前らは魔樹の密集地の中グルグル回って、何してたんだ? 真っ直ぐ俺ん所に来てたら、氷ぶん投げたりしないで済んだぞ?」
「サクラちゃんのスピードがちょこっと出過ぎて、上手く曲がれへんかったんよ」
にっこり笑うシノンに、ヒラヒラと片手を振るリュノス。
「へいへい。そういう事にしといてやる」
「本当やよ?」
あっという間に食べ終えると、リュノスは小上がりの方へ目を向けた。
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「どうだ? 見切れたか、レイン坊?」
「いや……ただ眠ってるだけにしか見えねぇな」
スズノの前の小上がりに腰掛けているレインは、全く振り向かない。獣耳を動かすだけで返し、スズノの目元を隠す前髪を掻き上げながらそっと撫でている。
その隣でサクラが小上がりに前足を掛けて伸び上がり、スズノに鼻先を近付けてピスピス鳴らしている。
「まあ〈裏技〉的な使い方だしな。〈魔法タイプ〉のレイン坊は、〈見切り〉出来るだけでも優秀な方だぜ。気にすんなよ?」
「……適性〈魔導士〉の人が、よぉ言うわー」
ジットリした口調のシノンを、器用に片眉だけ上げて見下ろすリュノス。
「俺は日本で〈総合格闘〉やってたんだ。召喚された時点でそれなりに対人戦の経験があったし、〈見切り〉も基礎は出来てたんだぞ」
「え――初耳。て言うかタツさん、バリバリの戦士系やないの。何で適性が魔導士?」
「さあな。『〈武器無しで戦うのは魔法使いだけ〉って世界だから、魔法系に分類されたんじゃないか?』って〈マキ〉は言ってたが……」
鳶色の瞳が細められ、一瞬だけ暗い色が走った。
何か言おうとしたシノンが目を伏せ、そっと焙じ茶を口に運ぶ。
「俺は正直、与えられた〈適性〉や〈スキル〉はどうでも良い。出来る事をやらせて貰えりゃあそれで良い。必要なら、勝手に覚えるだろ」
コップの水を一息に飲み干すリュノスの横で、魔導人形が空いた皿を回収する。
木製の食器がぶつかる篭もった音が遠ざかって行き、リュノスの吐息と共にふっとその場が緩んだ。
「なぁ。レイン坊は、何を不安がってるんだ?」
「何やろねぇ? サクラちゃんの様子もおかしいんよ」
シノンが焙じ茶のポットをかざすと、頷いたリュノスがコップを差し出す。
「レイン坊に訊いても、説明出来ねぇだろうしなぁ」
「ほんま、サクラちゃんと会話出来ひんのがもどかしいわ。リューさんに通訳お願いするしか無いやろか?」
焙じ茶を注いだシノンが無念そうな顔をする。
「あいつらの共通項で、俺たちには判らん事――〈精霊関連〉だったら、お手上げだな」
コップを受け取って息を吹き掛けていたリュノスが、ボソリと呟いた。
「精霊やったらウチも判るし。けど――スズノくんが目ぇ覚ました後を、心配してる気ぃがするんよねぇ?」
「目を覚ました後?」
さっきまでこちらが随分騒がしかったのに、小上がりのレインとサクラが反応する様子は無かった。
二人の姿は〈主を心配する大型犬二頭〉にしか見えず、リュノスとシノンは顔を見合わせて肩を竦める。
「俺見て、また取り乱しちまうかもって?」
「そうなってしまうんやろか……?」
心配そうな声に、刈り込んだ顎ヒゲを撫でつつリュノスが首を捻った。
「ん~、話が出来りゃあ大丈夫だと思うんだがなぁ」
「ほんま? 根拠あるん?」
「まあ、一応はな。俺が言える範囲で話すが、聞くか?」
頷くシノンから、パッとこちらを向いた赤い獣耳にチラリと目をやり、リュノスは焙じ茶を一口飲んだ。




