18 タツさんの言う事にゃ①
*ルビを変更しました。内容自体の変更はありません。
「腹減ったなぁ。話は飯食いながらで良いか?」
森の中の少し小高くなった場所にある洞窟の入口脇、巧妙に隠された〈魔獣避け結界〉に護られている空間でリュノスが言った。
土壁に擬装された簡素な木製扉の先が、〈最後の安全地帯〉のようだ。
「このまま放っといても、大丈夫なのか?」
ポツリと呟いたレインは、自分の腕の中の少年を心配そうに見やる。
サクラの背中でお姫様抱っこに変えたが、スズノは身動ぐ気配すら無い。
結界魔法で保温しているのに体温が低く感じられ、顔色も悪いままだ。
壁にぶつからないよう温和しく伏せているサクラの首輪に魔力を流していたシノンが、リュノスにジト目を向けた。
チラチラ視線を投げ、何か訴えている。
その目線を辿って元気無く垂れる赤い尻尾と獣耳を見たリュノスは、眉根を寄せながら頭をバリバリ掻いた。
「あー、レイン。お前の護衛対象って、〈夏喜の息子〉だったか?」
「え?――ああ、うん。スズノは〈ナッキーの息子〉だ。魔導人形たちが〈認識した〉から、間違い無ぇよ」
「ん。一応、坊主の顔を〈視て〉良いか?」
「解った」
レインの右肩にもたれて静かな寝息を立てるスズノを、リュノスが真剣に見つめる。
「……うん、魔力切れの気絶だけだ。寝かしときゃあ、明日の昼前には目を覚ますぞ」
しばらくするとニカッと笑い、レインの左肩をポンと叩いた。
確信に満ちたリュノスの言葉に、戸惑いつつも頷くレイン。
その背後では首輪から溢れた光がサクラを包み、しばらくするとまた首輪に戻っていた。
光が消えた後には〈大型犬サイズの竜〉が一頭、白い全身をプルプルさせて伸びをしている。
どうやらサクラの首輪は〈大きさを変える魔導具〉だったようだ。皮膜の翼の間には小さな座椅子も見える。
「タツさんの〈見切り〉、相変わらず〈おかしな性能〉やよね~。もう〈予知〉でもええのと違う?」
呆れたような声を出しながら、シノンが立ち上がったサクラの頭を撫でた。
「〈予知〉とは別物だ。俺は〈軌道を見切れるだけ〉だし、〈目の前の対象しか見切れない〉。〈ショコラ〉みたいに〈幾つも未来が視える〉訳じゃ無いぞ」
リュノスが肩を竦めつつ、シノンに目をやる。
ついでにざっと見渡して、周囲のチェックも行っている。
「〈半日先まで見える〉言うんが既に〈おかしい〉やろ。普通の〈見切り〉て、〈攻撃された軌道〉とかを読む程度やない?」
キョトンとするシノンに、リュノスがニヤリと片頬を上げた。
「ソレは単純に〈熟練度が低い〉だけだ。熟練度が上がれば〈攻撃の先読み〉も普通になる。達人同士だと、〈構えから一歩も動かず〉闘り合えるぜ」
「何それ。聞くだけで精神的に削られそうなんやけど」
「まあ、俺も騎士団時代含めて〈リューさんとしか〉闘った事無いからな。熟練度上げるのが難しいって事は、よ~く知ってるよ」
「リューさんは出来るんか。流石やね~」
「俺も出来るんだぞ、シノン?」
「……二人とも相変わらずだな。おかげで少し、安心したぜ」
肩の力が抜けたようなレインの呟きに、リュノスとシノンが同時に固まった。
そっと視線を逸らせば、既に扉の前に居たサクラがリュノスを振り向いて小首を傾げている。
「取り敢えず、中に入ろうな」
リュノスが苦笑いで扉を開け、サクラが真っ先に建物内に足を踏み入れた。
**********
入ってすぐ正面はカウンターで、端には簡易宿泊所に居たのと同型の魔導人形が一体佇んでいた。
「先に行っててくれ。俺は注文してから行く」
リュノスが親指で示す先には四人掛けのテーブルが二つ並び、その奥は真ん中を衝立で仕切られた板敷きの〈小上がり〉になっている。畳は無く薄緑色の敷物が敷かれているが、〈卓袱台〉を置けば日本人には座敷にしか見えないだろう。
カウンターの奥に見える厨房には『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛かり、壁で仕切られた通路の入口には〈便器のマーク〉と〈階段のマーク〉が描かれた札が下がっている。
街道沿いとは違い、小規模な〈ファミレス〉か小さな食堂に見える宿泊所だ。
「本当に、食べながら話すんやね」
メニューを受け取るリュノスを見て、シノンがボソッと呟いた。
「小腹が空いて〈上層階〉に来たら、〈竜の魔力壁〉出来てるわ、お前らの気配があるわで、急いで様子見に行ったんだよ。大体、何であんな所に居たんだ?」
「そう言えば、ウチも喉乾いてたわ~。〈焙じ茶〉頼も」
リュノスの横目に素知らぬ顔で返し、自分の服のポケットに手を伸ばすシノン。
「頼んどくから、先に坊主寝かせてやれ」
遮るように、リュノスが自分のポケットからコインを出した。硬質な音と共にカウンターに置かれたソレは、金色だ。
「俺はどうせ、しばらくココから動けん。こいつらの分も一緒で、足りなくなったら言ってくれ」
『承りました』
魔導人形が受け取ったコインを自分の胸のスロットに入れると、〈レジ〉のように『チーン』と高い音が鳴った。
メニューを覗き込み、「早く行け」とばかりにヒラヒラ片手を振るリュノス。
「ほんなら、遠慮無しに〈御馳走〉になりますえ~」
「悪いな、タツさん」
「気にすんな」
ニコッと笑って慣れた風にテーブルの方へと向かうシノンの後を、スズノを抱えたレインとサクラは温和しく付いて行った。
*********
テーブルの間を抜けると、シノンはショートブーツを脱いで小上がりに上がった。
「レインくん、荷物ここに置くよ?」
ウエストポーチから当たり前のようにリュックを二つ引っ張り出し、壁際に置く。サイズと容量が釣り合わないが、気にする者は誰も居ない。
「ああ、悪い。ずっと持たせてたな」
「ええよ。どうせ〈本気・軽・鞄〉やし」
「ソレ、〈大容量の運搬用魔導具〉だろ? 今までのと同じ名前でイイのか?」
「〈バージョン違い〉にするんやて。これは〈ポーチ型の最新版〉やね。〈マキさん〉は造るだけやし、名前も値段も〈チョコちゃん〉の管理し易さが最優先やよ」
苦笑いのレインを横目に、通路側の壁を飾る木枠に手を掛けてスライドさせるシノン。
「レインくんも大容量の、造ってもろたら? 今のじゃ足りてへんやろ」
木枠は引き戸になっていたらしく、旅館でお馴染みの〈布団一式〉を引っ張り出して敷き始めた。
驚いた顔でその様子を見つつ、レインは小さく首を振る。
「ヤメとく。今のは『餞別として師匠に貰った』事になってるが、新しいのは面倒事に巻き込まれそうでシャレにならねぇ」
「あ――『魔導具は稀少な物』か。この国では絶対売らへんし、ヤバイね」
「ああ。〈ウチの師匠なら何でもアリ〉なのは、ギルド中周知だが。一応、ギェントイール王国が〈名指しで国外追放してる人〉だからな。下手を打って、弱味になりたくは無ぇさ」
「そうやねぇ。レインくんが大手を振って拠点に来れるようになるまでは、その方が安全かぁ」
「今はスズノの護衛中だし、余計にな」
レインは何とも言えない表情で、腕の中の少年を見下ろす。
「何を情け無い面してんだ? 〈レイン坊〉」
いつの間に来たのか、リュノスが小上がりに近い方のテーブルに陣取り、通路側の椅子にどっかり腰を下ろした。
シノンとレインの間を行ったり来たりしているサクラを捕まえ、頭を撫でくり回す。
「その坊主はちゃんと目を覚ますし、何とでもなるっての。心配し過ぎだ、お前ら」
昔の呼び方をされた上に呆れた視線を向けられ、レインはバツが悪そうに目を逸らす。
「タツさん。スズノくんは、明日の昼前まで放っとく以外無いのやろか?」
シノンが、チラリとテーブルの方に目を向けた。
リュノスに撫でられているサクラは特に嫌がっている素振りは無く、寧ろ構って貰えて上機嫌のようで尻尾を振っている。
「魔力が回復すりゃあ起きるぞ。下手に手出しすると、どうなるか判らんがな」
「そっか。――あ、レインくん。スズノくん、ここに寝かすとええよ」
手際良く布団を敷き終えたシノンに突然呼ばれて、レインはビクリと肩を揺らした。
戸惑った顔で布団を見つめる様子に、シノンが小首を傾げる。
「あれ、布団見た事無かった? 〈リューさん〉は〈畳に布団〉が基本値やろ?」
「聞いてはいたけど、実際見たのは初めてだぜ。どう使うモンなんだ?」
おっかなびっくり近付く姿を見て、日本人二人が微笑ましそうに笑う。
「そうか。リューさん始め〈布団派〉は何人か居るが、〈万年床〉でもなきゃ実物はお目に掛かれないよな」
「これ、〈敷き布団〉言うてマットレスみたいな物やよ。シーツ掛けて枕置いて、この〈掛け布団〉掛けて眠るんよ。敷き布団敷き詰めて雑魚寝なら、ここで五~六人は寝れるやろ? 今は、スズノくんと付き添い用の二人分やけどね」
「クッションじゃ無かったのか。成る程。人数に合わせられるのは、便利だな」
指示通り寝かせて布団を掛けると、レインは小上がりに座り込んでスズノの顔をじっと見つめた。
思ったより長くなったので分割しました。
サブタイトル決まらなくて進まない事が多いんですよね…。




