17 森のタツさん
*読み難かったので文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。
「こんな場所で何をやってんだ、お前たちは?」
突然掛けられた知らない低音の声に、おれは息が止まりそうになった。
振り返ったレインさんの視線の先、そこにいつの間にかデッカイ人が居る。
「――何だ、〈タツさん〉か」
「タツさん!? も~、驚かさんといて~?」
シノンさんたちも警戒しないぐらい親しいっぽい。
まだおれの視界モノクロだし、周囲が暗いから髪の色とかは判んないけど。
同じクランの男の人かも。
「探知してない方が悪いだろ。森の中だぞ?」
不審そうな声を出しながら近付いて来たのは、逆立った短い髪に繋げてアゴヒゲだけ生やしてる〈ゴリマッチョ〉。
レインさんより背も高いし、服がパッツンパッツンで窮屈そう。分厚い筋肉が鎧みたいで、重量級の〈総合格闘家〉とか〈レスラー〉っぽい。
素手で熊とかフツーに狩れそうだし、多分、レインさんよりもサクラちゃんよりも強いと思う。
「コッチにも、色々と事情があるんだよ」
「ウチらかて、結界でいっぱいいっぱいやったし。そもそも、タツさんの所為やよ!」
「俺の所為? 何でだ?」
怖くなって思わずレインさんの服に伸びた手が、届く前に硬直した。
大分近付くまで全然気配を感じなかった所為もあるけど。
ソレ以上におれの心臓を跳ねさせたのは、さっきの〈氷を包んでた魔力〉と〈同じ魔力〉を感じたコト。
おれに〈人為的な流星〉仕掛けたの、〈このヒト〉だ。
でも、もう氷も結界も消えてて、凍り付いたトレントたちしか残ってない。
本当におれが攻撃されたとしても、証拠も無いし証明も出来ない。
「まあ、詳しい話は後で聞くとして。そこに居るのは何者だ?」
「タツさんは聞いてるだろ? 〈今回の客人〉の一人だぞ。〈スズノ・リンドール〉って名だ。オレが護衛を頼まれてる」
「そう言やあ……今回は〈夏喜の家族〉だったか。ああ、それでか」
……あれ?
レインさんに言われて、ちょっとバツが悪そうな表情してる。
おれと知ってて狙った――とかじゃ無いっぽい?
いやそもそも、知ってたらやらなかった気がする。『夏喜の家族』って自分で言った瞬間『ヤバい』って表情したし。
今は攻撃の意思も感じないし。
……うん、きっと大丈夫。
だから落ち着け、おれ。
「スズノくん。この人も〈ウチらの仲間〉やよ。皆、『タツさん』て呼んどるん」
「リュノス・タトゥナーだ。宜しくな」
「よろ、しく――ひぅっ!」
レインさんよりデッカい手がズイッと伸ばされただけで、おれは思わず目を瞑って首をすくめてしまった。
一瞬迷ってたけど、その手はおれの頭をそっと撫でてすぐ去って行く。
「何だかビビらせちまったみたいで、悪かったな?」
メッチャ苦笑してる。怒ったカンジはしない。
なのに、おれの胸は煩いぐらいにドキドキ鳴って治まらない。
〈違う〉って判ってるのに。
〈大丈夫〉って思ってるのに。
おれは、〈また攻撃されるかも〉ってビビってる。
「スズノ、どうした? 乗り合い馬車の兄さんたちは、全然平気だったよな?」
「あ~、ほら。タツさん、ケイル団長の前に騎士団長やったし。圧が違うんやない?」
「おーおー、どうせ俺の顔は怖いよ。もう何もしないから、安心していいぜ?」
そうじゃないんです。ゴメンなさい。
声も喋り方も全然違うのに、雰囲気が〈おれの苦手な人〉に似てるだけで怖いんです。
〈根っからの体育会系〉で、〈暴力的な男〉を〈強い男〉って呼んで、〈チビで女々しいおれ〉の話は全然聞いてくれなかった〈あの先生たち〉に――。
「スズノ? スズノ、震えてるのか?」
「怖がらんでええよ。タツさん、こう見えて子供好きやし」
「あ――もしかして、さっきのがトラウマになっちまったか?」
おれを見た。目が合った。
いつか感じた黒い感情が、おれの心の中で爆発する。『やられたらやり返せ』『やられる前にやれ』――そう叫ぶ声と共に。
「っ――!」
その瞬間、おれは思いっ切り目を瞑って耳をふさいでた。
**********
「え、スズノ?」
「スズノくん?」
「何だ? どうした?」
怖い。怖い。怖い。怖い……。
恐怖が心の奥から涌き出て来て、全てを塗りつぶしてく。
〈何が怖い〉のか〈何で怖い〉のか――考えようとしたのに、一瞬でかき消える。
足の力が抜けて、ヘタり込んだ気もする。
「ゴメンなさい。ゴメンなさい。ココに居て、ゴメンなさい。おれの所為で、ゴメンなさい――」
「どうした、スズノ? 大丈夫だから、落ち着け?」
怖い。怖い。イヤだ。ダメだ。怖い。怖い。怖い。怖い……。
おれの頭を占めるのはソレだけ。
おかしいと思っても、涙が溢れても、自分で止められない。止め方が解らない。
今までは――〈誰かが止めて〉くれてた?
「っ――許してください。おれのコト気に入らなくても、許してください。温和しくしてます。ジャマしません。だからココに居るコト、許してください。怒らないでください」
「おい、スズノ! スズノ、聞こえないのか――!?」
そうだ……いつもは、こうなる前にジョニーさんが来てくれた。
〈フサフサ〉と〈モフモフ〉でおれの気を引いて、落ち着くまで傍に居てくれてた。
でも、ココにジョニーさんは居ない。
そうだよ、〈居ない〉んだよ。待ってても来てくれないんだ。
じゃあ、どうしたらいい?
「――ヤだ。ヤだ。怖い。怖い。ダメ。ダメだ。ヤだ。怖い。怖い。けど、ダメっ!」
恐怖と黒い感情が混ざって溢れ出しそうになり、おれは全力で上空に〈魔力探知〉して、意識を強制的にシャットダウンした。
*********
真っ黒の世界の中で、ぼんやり見える〈フサフサの白い尻尾〉。
無意識に手を伸ばしたけど、全然届かない。
つか、腕も指もほとんど動いてくれない。
『スズノ、何やってんだお前! おい、スズノ。スズノっ――!?』
ドコかから、焦ったように〈誰かの名前〉を呼び続ける声が聞こえる。
誰を呼んでるんだろ?
もしかして、〈おれ〉だったり……したらいいのになぁ?
あ――白い尻尾、しょんぼりしちゃった。
解ってるよ?
ジョニーさん以外にも〈おれの心を護れる他人〉が居たら、それこそ〈奇跡〉ってレベルだよね。
期待なんかしてないよ。
大丈夫。
この攻撃的な衝動は、〈もっと深く眠らせる〉から。
おれの所為で誰かに迷惑掛かるのイヤだもん。
心配させてゴメンね、ジョニーさん。
おれ、一人でも何とか頑張るからね。
今までずっと、ありがとう。
元気でね。
心の中で白い尻尾の持ち主に手を振った途端、おれの意識は暗闇に飲まれた。
********
「スズノっ――スズノ、何でだよ? 何が起きてんだよ、スズノ?」
レインに抱き留められた事も気付かず、泣きながら何事かを呟き続けていたスズノが完全に意識を失った。
くたりと力の抜けた小柄な身体を抱き締め、レインが低く呻く。
心配そうに寄って来た竜のサクラも、目を閉じたスズノの頬に鼻先をそっと擦り付ける。
「あ~……何が何だか解らんが。取り敢えず、ココに長居するのは悪手だぞ。話をするにも、〈最後の安全地帯〉に行った方が良いんじゃないか?」
真っ先に落ち着きを取り戻したリュノスが、頭をポリポリ掻きながら声を掛けた。
「そう、やね」
「……解ってる」
少し驚きはしたようだが、そこは流石に〈冒険者クラン〉のメンバー、それぞれ現状把握は出来ているらしい。
リュノスが辺りを探知する間にレインがスズノを抱え上げ、シノンは戸惑っているサクラを宥めて移動の準備をさせる。
「レインくん、スズノくんは動かしても大丈夫な感じなん?」
「多分、魔力切れで気絶してるだけだと思うが……あんなに取り乱したのは、初めて見た。正直、何がどうなってるのか判らねぇ」
「困ったね。ウチら九人中三人きりの、〈鑑定一切無し組〉やのにな?」
シノンとレインのやり取りに、リュノスが片眉を上げた。
レインの肩にもたれているスズノを見て、何かを思い出すような顔で顎を撫でる。
「もしかして――〈スズちゃん〉の方だったか?」
「〈スズちゃん〉? 〈スークン〉やなくて?」
「タツさん、何か知ってるのか!?」
「以前に〈夏喜に注意されてた〉んだが、思い出すのがちと遅かったな。それより、とっとと行くぞ」
「それはそうやけど。そもそもタツさんに怯えた魔獣が逃げて、街道沿いまで来てしもたんが原因なんよ。後始末、ちゃんとしてくれるんやろね!」
「解った解った。ソレもまとめて後で聞くよ。全員サクラに乗れ。サクラ、あっちに真っ直ぐ走れ」
苦笑するリュノスの指示に従い、まずシノンがサクラの背に飛び乗った。
スズノを抱えたレインが続き、その後ろにリュノスも跨がる。
「サクラちゃん、ゴー!」
シノンの合図で、サクラは脇目も振らず走り出した。




