07 食事もリバーサイ
*読み難かったので文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。
ソファにもたれたレインのオッサンの膝に乗って、岩盤浴よろしく寄り掛かってたらいつの間にか結構な時間が経ってたみたい。部屋の中が大分薄暗くなってた。
そして、ふと気付く。
眠気との盛大なバトルの所為かスルーしてたけど。
ほっぺた乗っけてるのは分厚い肩で、後ろ頭に触ってるのは太い首と無精ヒゲの生えたアゴ。
背中に回った筋肉質な腕に身体を固定されて押し付けられてるのは引き締まった胸とお腹で、お尻と太モモを支えてくれてるのは堅くて骨太の長い足。
岩じゃ無かった。
おれ今、オッサンの膝に座って抱っこされてる格好ダヨ。
十六歳男子としては、ヤバ過ぎるほど恥ずかしい状況では無いデスカ……?
頭に血が昇って逆に冷静になったと言うか、客観的に状況が把握出来るようになったと言うか。
さっきまでは脳ミソが全然働いて無かったと、心の底から思い知りマシタ。
何か、全身に冷たい汗が流れてるカンジ。
顔がメッチャ熱いからか、余計にヒンヤリする。
取りあえず、この格好は必要な物だと聞いておいて良かった!
ソレに尽きる!
そうじゃなきゃ恥ずかし過ぎて、悲鳴上げてオッサン突き飛ばして逃げてたかも知んない。
オッサンは何一つ悪くないのに。
むしろ、常識が無くてアホなコトばっかするおれの世話を焼かされて、苦労しかしてないのに。
危うく恩を仇で返すトコだよ。
最低限は働いてたおれの脳ミソ、グッジョブ!
って、そんなコトより。
早くレインのオッサンをこの格好から解放しなきゃ。
「オッサン――おれ、そろそろ、ダイジョブ、そう……?」
「あ~、そうだな。大分安定したか。飯に間に合いそうで、良かったぜ」
ずっとおれを抱っこしてくれてる状態のオッサンが、ホッとしたような声で呟いた。
必要とは言え、日本だと変態って言われかねないコトさせて、ホントゴメンなさい!
「あの……ありがとう、オッサン」
「ああ、気にすんな。それより、目は回んねぇか?」
「ん……ダイジョブ。今は回んない」
そーっと体を起こすと、眉を寄せた隻眼がじーっとおれを見つめた。
頭から足の先まで全身を見回すオッサンの視線は、ひたすら心配そうな色。
おれのほっぺたに掌当てて挟むようにして、顔の熱とは違う温かさがジワジワ。
「オッサン、あの――降りたら、ダメ?」
「ちょいと待ってろ。すぐに終わるよ」
何かを確かめてるっぽい?
でもどうしよう。ドコ見てたらいいんだろ。
目が泳ぎまくっちゃうんデスケド。
つーか、メッチャ居たたまれない。
おれ、どーしたらいいの?
「ん~……多分、しばらくは大丈夫だな。飯食ってる間ぐらいは保つだろ。それ以上だと、どうだろなぁ?」
予想外の答えが来た!?
ビックリしてるおれに気付いたオッサンが、困ったような顔で笑う。
「〈結界魔法〉には、複雑で緻密な魔力操作が要るんだよ。制御出来なきゃ効果も出ねぇ。オレが出来るのはせいぜい〈魔力で表面に膜を張る〉程度だ。篭めた魔力が切れたら消えちまう。〈魔法陣〉として組めりゃ魔力流すだけで再発動するんだが、オレには難しいんだよなぁ」
つまり〈魔力のラップ〉で包まれてるようなもので、おれの状態は治ったワケでは無いらしい。
無意識の魔力放出が治まらない限り、また何かが抜けそうになるのかな?
でも無意識だし、止め方も解んない。
どうしたらいいんだろ?
「スズノ、大丈夫だ。急に体内の魔力量が減ったから、ショック状態になって魔力が漏れ易くなってんだよ。しばらく安定させてれば落ち着くから、慌てんな」
オッサンがおれのほっぺたムニムニ引っ張って、笑った形を無理矢理作る。
全然痛くないのに、鼻の奥がツーンとして来るのはナゼだろう……?
「本当は完全回復するまで気絶すんだよ。でもそれじゃ焼肉食いそびれちまうから、強制的に魔力を留めて回避してんだ。気絶の方が良かったか?」
「――ヤだっ!」
一瞬硬直したおれは、思いっ切り首を振った。
ご飯大事! 焼肉美味しい!
食いそびれるのは絶対イヤ!
感傷も涙も知ったこっちゃ無いね!
ほっぺたから離れたオッサンの手が、おれの頭に乗ってポンポンと優しく弾む。
「本来なら自力での結界維持が最適なんだが、魔法の無ぇ世界に居たスズノにいきなり魔力を操作しろったって無理だろ? だから、オレが結界張ってる間に出来るだけ溜めといて、急に放出しないよう気を付けてくれって言うしか無ぇんだよ。ゴメンな」
「ううん、よく解った。おれも気を付ける!」
取りあえず。
今は、出来るだけ魔力を使わないコトが必須だ。
現状判ってる範囲だと、おれは〈気配に集中する〉と多分魔力を使うんだと思う。
スキルか魔法か知らない――ん?
だったら、〈気配に集中しなければいい〉だけじゃね?
……うん。
他には心当たり無いし、ソレで行こう。
それでも問題あったら、ご飯食べた後に考えよっと。
「オッサン、ご飯の間は絶対気絶しないように出来る?」
開き直ったおれは、オッサンの胸元にダイブした。
もう『毒食らわば皿まで』だよ。『焼肉の為ならええんじゃコラ』なんだよ。
「ああ、出来るぜ。任せろ」
しっかりキャッチしてから笑って頷いてくれたレインのオッサンに、おれは全面的に身を任す。
よし。後は〈刻の鐘〉待って、焼肉だー!
**********
この国は、江戸時代の日本と同じで時計の数が少ないらしい。
王城に〈刻役〉って部署があって。〈朝・昼・夕・夜〉の四組が順番に六回、一回につき一つずつ増やして最大六つの鐘を打ち、ソレを国中に魔法で知らせてる。
組ごとに鐘が違うから、音色と数ですぐ時間が判るそう。〈朝の五の鐘〉とか〈夜の二の鐘〉とか呼ぶんだって。
日本時間だと〈朝の六の鐘〉が〈午前六時〉、〈昼の六の鐘〉が〈正午〉、〈夕の六の鐘〉が〈午後六時〉、〈夜の六の鐘〉が〈午前零時〉に相当するって母が言ってた。
つまり、この世界も一日は二十四時間らしい。
焼肉が始まる〈夕の五の鐘〉は、日本だと大体〈午後五時〉頃。
ほぼ娯楽の無い異世界では、日没就寝・日の出起きが基本なんだってさ。旅の間は特に。
移動で疲れてるし、交代での見張りもあるからだろね。
「鐘、まだ鳴ってないよね?」
「ああ、まだだな。広場に着く少し前に〈夕の四の鐘〉が鳴ったから、もうすぐだろ」
おれはソレで目が覚めたから、幾つ鳴ったか判んなかった。
乗り合い馬車の基本スケジュールだと野営地に着くのは〈夕の三の鐘〉頃だから、通常ならここから更に一時間待ちってトコだ。
今日は到着が遅くなってラッキーだったかもー。
なんて考えながらオッサンに懐いてたら、ドコからか音が聞こえた。
「何だ? スズノ、ココに居ろよ」
頷くおれをソファの背に隠すようにして、オッサンは一人で廊下へのドアに向かう。
どうやらノックの音だったっぽい。
「そろそろ時間なんで、呼びに来た。後、少し話があって……」
縞猫のシマ兄さんの声だ。
話って、レインのオッサンだけかな? すぐ終わるヤツ?
オッサンが、チラッとおれの方を見た。
「今か?」
「いや。今すぐじゃ無いし、坊主が一緒で構わない」
ちょっと時間が掛かるヤツらしい。
オッサンは一瞬だけ考えて、頷いてた。
「飯の後でならイイぞ」
「助かる」
ホッとした声のシマ兄さんに先導されて、おれたちも食堂へ向かう。
その途中で、空間に広がるように鐘が五回鳴り響いた。
*********
「違う……コレ、焼肉違う……」
思わず呟いたおれは悪くないと思う。
テーブルには、山と積まれたお肉の大皿数枚と、その四分の一ぐらいしか枚数の無い野菜の大皿。
ただし、お肉はおれの拳ぐらいの塊ばっか。ゴロゴロした野菜は全部茹でられてる。
隣のテーブルは、大きめロールパンが入った大カゴ二つと、水が入ったピッチャーとコップ。
みんな集まったら、網が乗ったテーブルサイズのコンロに火を点けて、後はそれぞれ好きに焼いてくカンジらしい。
トングとフォークが配られて、お皿は出てるのを自由に使っていいってさ。
「つか、バーベキューじゃん。オッサン、異世界ではコレが焼肉?」
「あ~……いや、オレが知ってるのは師匠たちがやってた方だ。コレじゃ無ぇ」
何だ、おれと同じ想像してたのか。オッサンも困惑顔だ。
さて、どうしよう?
「好きに焼くんなら、ちょっと手を加えてもいいのかな?」
「イイと思うが、どうすんだ?」
オッサンは目を輝かせて、ノリノリで手伝ってくれるらしい。
日本人のやる焼肉を知ってると、そうなるのかもね。
じゃあ、お肉も野菜も薄切りにして焼いてもらおっと。
その間に、おれはキモである〈焼肉のタレ〉の調達だ。
食堂の隅っこに支配人さん?――と思ったら少し違ったよ。
食堂担当のゴーレムさんかな。
「スタッフさん、焼肉のタレはありますか?」
話し掛けるとゴーレムさんは『承りました』って言って、背中のスロットからファイルみたいのをポンと出した。
一瞬トースター思い出したよ。出て来たのはパンじゃ無くて、メニューだけどね。
どうやらココのゴーレムさんには食事も頼めるらしく、メニューは喫茶店みたいな作りになってた。
軽食・飲み物・ソース類・調味料ってジャンル分けされてて、調味料以外は簡単な説明と金額が書いてある。
「オゥ……オッサン、どうしよう?」
「ん?」
今のおれは無一文なのだ。
セキュリティ的なコトもあって、レインのオッサンが全部管理してくれてる。
母とケイル団長の取り決めで、未成年のおれに拒否権は無いのです。
コドモはツライヨ……と思いきや、むしろレインのオッサンはダダ甘に買い与えようとしてくれるので、欲しい物がある時だけ自主申告してる。
ただ、金額が書いてあったらオッサンに要相談ってだけ。
部位ごとの薄切り肉が乗ったお皿を量産していたオッサンは、メニューを一瞥して一瞬悩んでからおれに言った。
「スズノ、タレはココの調味料で作れるのか?」
どうやら、おれと同じコト考えたらしい。
ソース類は一瓶幾らで値段が付いてて、感覚的には業務用ボトルってカンジ。
おれたち二人じゃ使い切れないし、持ち歩くのもジャマになる。
調味料はこの食堂に置いてあるヤツで、無料。
つまり、必要なだけ作ればいいじゃんってコト。
「任せて! ウチ特製の焼肉ダレ作るよ。姉ちゃんが、もう市販のは食えないって嘆いたヤツ!」
「そりゃ楽しみだな」
ようやくお役立ちの予感に、おれは張り切ったね。
ゴーレムさんに言って必要な調味料出してもらって、後は味見しながら調整して。
隠し味のペースト類も、調味料として出してくれたのには驚いたけど。
でも、あるのは確信してたから、別料金かなって思ってただけ。
この特製ダレ、ウチの父親の〈研究の成果〉だからね。
おれは手伝ったから、レシピを知ってるだけ。
********
タレを作って、オッサンが絶妙の火入れで焼いてくれたお肉と野菜を食べました。
久しぶりのウチの味は、メッチャ美味しかったです。
多分魔獣のお肉だろうけど、ソレはどうでもいいぐらいに美味しかったです。
気が付いたら他のみんなもおれたちのマネして薄切り肉を焼いてて、お肉の山があっという間に平地になってたよ。
いつもより多めに作った〈輪堂家特製焼肉のタレ〉は、異世界人のお口にも合ったみたいです。
良かった良かった。
全然足りなくて、途中からは御者さんがゴーレムさんに頼んだ焼肉のタレでも食べたけどね。
満場一致で常備が決定したらしく、業務用ボトルで構わないらしい。
味はほぼ同じだったけど、微妙におれの作った方が評判良かった。
結構嬉しい。
ワガママ言うなら、パンよりご飯が欲しかったなぁ……。
軽くあぶった茹で野菜とお肉のロールサンドも、美味しかったけどね?
今度オッサンと二人きりの時にこの系列の宿に泊まったら、ゴーレムさんに『ご飯下さい』って頼んでみよっと。
きっと出て来ると思うんだよねー、ホカホカご飯。
「スズノ、もうイイのか?」
「うん、満腹。オッサンは、もっと食べるでしょ。ジュース飲んでていい?」
「ああ。オレにも〈竜茶〉頼んどいてくれ」
「あの苦いお茶ね。了解~」
銀貨渡してゴーレムさんに注文したら銅貨のお釣り渡されて、一旦食堂の外に出て行った。
待ってたら、お盆に搾り立て果汁のボトルと、コーヒーみたいなお茶のポットを乗っけて戻って来たよ。
最初に頼んどけば良かったって、オッサンと笑った。
結局オッサンのオゴリってコトで、みんなと分けて飲みました。
異世界に来て、初めて心から楽しいと思えた時間だったよ。
こんな時幸せって言うのかなーって呟いたら、尻尾パタパタしたレインのオッサンに髪がグシャグシャになるほど撫でられた。
ジュースがこぼれるから、やーめーてー。




