03 ふらり馬車から途中下車
*文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。
緊張に満ちた雰囲気の御者台では、何事か決定したらしい。ダンディ熊がレインを振り向いた。
「済まん、赤毛の兄さん。アンタさっき〈B級〉だって言ってたよな。オレたちは〈C級〉パーティーなんだ。助っ人、頼めるか?」
その強張った声に、レインは少し悩む素振りを見せる。
「構わん――と言いたい所だが、こっちにも事情がある。交換条件でもイイか?」
「オレたちが出来る事なら、何でも言ってくれ!」
力強いダンディ熊の声と共に、レインに縋り付くような目を向けていたブチ猫と、目を覚ましていたらしい兎の親子と商人が、幾度となく頷いた。
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「あ~、アレか。本当に森林魔犬が十匹居る。ウソだろ……」
左手に弓を持ち矢筒を背負った男性冒険者が、大分遠くから疎らな木々に紛れて近付いて来る黒っぽい塊を見付け、絶望した声音で呟いた。
赤茶色に黒の縞が入っている細く長い尻尾も、落ち込んだ様子で地面と仲良くなっている。
「本当に、普段は見かけねぇんだな」
馬車から少し離れた林側で、魔犬の動きに注意しつつ、凝り固まった筋肉を解すように軽く伸びをしていたレインが納得顔で隣に目をやる。
重々しく頷きを返したのは、護衛のリーダー格である茶髪のダンディ熊だ。
「この馬車の専属になって五年目だが、この街道沿いで出会った事は一度も無いぜ。〈迷宮〉に潜ってた頃は、何度か戦り合った事もあるけどな」
「〈森林〉って付くぐらいだし、〈魔の森〉に近付かなきゃ滅多に見かけねーよ。むしろ、他で見かけちゃいけねーだろ!?」
少し錯乱しているような縞猫の肩を、ダンディ熊が宥めるように軽く叩く。
深呼吸した縞猫は、直ぐに落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、奴らはドコから来たんだ?」
その問いに、群れなして走って来る魔犬の後方をダンディ熊が親指で指し示す。
「今見えてる林の奥の森だな。その中に中規模な迷宮が一つ在る。そこから溢れた〈魔素〉で、周囲が〈魔の森〉になってるんだ。森林魔犬の縄張りはギリギリ魔素が届く辺りまでで、今まで森の外に出て来た事は無いんだが……」
「ああ……成る程。ずっと先に〈犬〉より強い魔力が複数居る。ソッチは出て来る気配が無ぇから、縄張り争いに負けて犬が追い出されたのかもな」
「この距離で判るのか!? 何者なんだ、アンタは?」
驚く縞猫には目もくれず、レインは無造作に左手を前に出した。親指を立てて人差し指を伸ばした形で水平に倒し、魔犬を指で囲うようにして彼我の距離を測る。
「単なる〈はぐれ者集団〉なら、まとめてぶっ飛ばせば済む。全部林の外へ出たら仕掛けるが、問題は?」
「森林魔犬十匹、確認した。他に居ないなら、問題無い。やっちまってくれ」
「でも、やるってどうやって――弓でも全部は間に合わねぇだろ?」
「他には無し。問題無ぇ。後はスズノが起きる前に戻るだけ、と。邪魔すんなよ?」
誰にともなく呟くと、レインは腰に下げていた剣を抜き、薄青がかって煌めく白刃を魔犬の群れに向けて構えた。
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「……こんなんで、ホントに大丈夫なのか?」
白い毛並みに黒ブチ模様の身体にスズノを寄り掛からせながら、〈獣化〉している若い冒険者が不安げに呟いた。
「今の所は大丈夫じゃないか? お前より、兎の坊ちゃんの方が良い仕事してるけど」
「うちの子が役に立てたなら光栄だよ」
からかうような御者の声に、兎の父親がホッとした声で続く。
緊張で強張っている背にもたれたスズノは、薄茶色のぬいぐるみを抱えて幸せそうに眠っていた。
「それにしても……意外と悪くないなあ。むしろ、微笑ましく見えないか?」
「ええ。普段なら、獣化した獣人には恐怖しか感じないんですが……」
「そりゃあ怒って獣化した訳じゃ無いし、種族に関わらず子供は可愛いからだろうね」
御者が呟くと、商人と兎の父親も真面目な顔で頷きを返す。
大型の白いブチ猫は鼻に皺を寄せて尻尾の先を馬車の床に打ち付けているが、兎の息子はフワフワのぬいぐるみのような姿でスズノに抱え込まれ、一緒に眠っていた。彼らは今、レインの交換条件である『終わるまでスズノを眠らせておく』を鋭意遂行中なのである。
「だからって。獣人を抱き枕にして寝てられるって、どんな人族だよ!」
「旦那が言ってたろ。この坊主はいつも、白い毛の犬獣人に護衛されてたらしいって。何なら獣人が傍に居る方が、安心して寝てられるんじゃないのか?」
「それに、近頃は獣人を見て喜ぶ人族も増えてるらしいよ? 他国と取引がある大きな商会で、獣人の従業員をたくさん募集していてね。うちの妻と娘も採用された帰りなんだよ。この国では肩身が狭いし、何なら移住も考えてしまうよねぇ」
「ちょっと、その話詳しく聞かせて下さい! 何処の国でどんな商売です?」
兎の父親の話に商人が食い付き、ブチ猫が不満そうに鼻を鳴らす。
「騙されて売られるんじゃねーの? 商会長はどーせ人族なんだろ」
「そうかい? 俺は解る気がするけどなあ」
「ぅるしゃあいっ!」
眠りを妨げられて不機嫌なぬいぐるみの雄叫びに、大人たちが悄々と黙り込む。
スズノだけは何も聞こえていないような穏やかな顔で、再び胸元に潜り込んで来たフワフワのぬいぐるみを頬ずりするように抱き締めた。
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白刃を構えたままのレインは、じっとタイミングを窺っていた。
ピンと立った獣耳が時折ピクリと動き、髪やフサフサの尻尾が風に揺れ、赤い光がフワフワ動いているようにも見える。
だが、本体に大きな動きは無い。魔犬に狙いを付けているのか、左手の人差し指があちこち忙しなく動いているだけ。
「よし、そのまま真っ直ぐ――来た!」
十匹の森林魔犬が林の外に出た途端、白刃が縦に軽く振り抜かれた。
その瞬間、膨張した空気が破裂したような感覚と共に、全ての魔犬が高々と空に舞い上がる。
「ぅお、ぇえっ――!?」
「何だ、アレはっ――!?」
縞猫とダンディ熊が叫ぶ。そうしないと、聞こえないのだ。
周囲の空気は渦を巻くように、魔犬の方へ引き寄せられている。
「こんなモンか? まぁ、多少の誤差は仕方無ぇかな――っと」
呟いたレインは距離を測る素振りを見せ、今度は白刃を横に閃かせる。
軽く薙ぐと、空気の渦が消えた。
比較的低い位置で舞っていた黒っぽい点が、森の中へ放物線を描いて墜ちて行く。
墜ちた辺りが急激に騒がしくなったのが、木々の様子や微かな震動で伝わって来た。
「今のは風――と、炎の魔法――か?」
「ああ」
ようやく絞り出したようなダンディ熊の問いに、剣を納めたレインが空中の黒点から目を離さないまま軽く肯く。
こちら側は何事も無かったように静かになっていたが、獣人たちは柔らかい若葉の香りに紛れて微かに、焼かれた毛皮と肉の匂いも嗅ぎ取っていた。
「風で打ち上げて帰すだけじゃ芸が無ぇから、火も混ぜてみた。だが、ただの炙りになっちまったな。スズノが居たら、腹を鳴らしてそうだぜ」
苦笑するレインを、縞猫が理解出来ない存在を見る目で見つめる。
「アンタ……獣人のクセに、魔法が使えるのか? 本当に、獣人なのか?」
「止めろ、失礼だ!」
縞猫を叱ったダンディ熊に一瞬だけ目を見開いたレインは、ニヤリと不敵に笑った。
「オレは〈魔剣士〉だからな。むしろ、魔法が主武器だぜ」
「は――!? 魔剣士って――〈剣を使う魔法使い〉? 獣人なのに、魔法使い!?」
「助太刀して貰ったのに失礼で済まん! 許してくれ、〈赤の魔剣士〉!」
尚も食い下がろうとする縞猫を押さえ付けて、頭を下げるダンディ熊。
「あー、まぁ慣れてるから気にしないでくれ。しかし、あんまり知られて無ぇ〈異名〉だと思ってたのに、熊の旦那はご存じとはなぁ」
「〈赤い毛並み〉に〈隻眼のB級〉で、もしかしたらと思った。その上〈高度な魔法を使う獣人〉はそう居ない。確定だろ」
「そりゃそうだけど」
想定内と言わんばかりに飄々としていたレインが、一瞬だけ馬車に目を向けて眉を顰める。
「……今は目立ちたく無ぇんだ。知らないフリで頼む」
「それは――護衛の依頼を請けてるからか?」
釣られるように馬車を見たダンディ熊に、レインはハッキリ頷きを返した。
「スズノの護衛中に〈有名税〉は、本気で困る。絶対に勘弁願いてぇ」
「だったら、こんな面倒な事しなきゃいいんだ。アンタなら、普通にやっても全部瞬殺出来ただろ」
縞猫が不服そうに呟き、ダンディ熊が心底呆れたような溜め息をつく。
レインは少し困った顔で、まだ墜落中の黒点二つとその先の森を見る。
「スズノは戦闘も血生臭いのも、見たら気を失うレベルで駄目なんだ。目の前で家族が死に掛けた所為らしい。場合によると〈魔力暴走〉起こすから、絶対に血塗れの姿を見せるなと依頼主に厳命されてる。返り血でも駄目だとさ」
「返り血もって――そんなのムチャだろ!」
「極力闘わなきゃイイだけだ。今回みたいにどうしても逃げ切れねぇなら、遠距離に徹すればイイ。自分で言うのも何だが、オレ以上の適任は居ねぇよ」
「確かにな」
眼前での事象に、ダンディ熊が深く頷く。
「だが不安定な子供は反応が読めねぇから、闘ってる所もあんまり見せたく無ぇ。すぐに戻れば多少離れても大丈夫とは言え、何が暴走のキッカケになるか……」
「成る程、そういう事か」
「それなら、パーティー組んだ方が対処出来るだろ。何で組まないんだ?」
縞猫は純粋に不思議に思った様子だ。
レインは少し悩んでから、諦めたような溜め息をついた。
自分の左目を覆う眼帯を、指先でコツコツと軽く叩く。
「呪いの所為で、オレには〈回復魔法〉が毒と同じなんだ」
「へっ――呪っ――!?」
「ウチの師匠ですら〈解呪〉出来ねぇ呪いだ。〈範囲回復〉に含まれてもダメージ喰らうし、万がイチ重傷でも〈治癒魔法〉で自己治癒力上げるしか無ぇ。そんなオレとパーティー組もうって物好きが居ると思うか?」
「あぁ……」
「通常の護衛依頼も、相手の方から断られる。規定数の護衛がこなせねぇから、ずっとB級なんだ」
淡々としたレインに対して、縞猫は口を開けたり閉じたり忙しい。
ダンディ熊は腕を組んで、一人納得したように頷いていた。
「成る程、それでか。古参の獣人冒険者の間では有名だ。〈クラン・中年の星〉の〈獣人魔剣士〉は、〈蒼黒の魔王の愛し子〉だから絶対に喧嘩を売るな――と。傷を受けてすぐ治せなきゃ、〈蒼黒の魔王〉も気に掛けるわな。今回の事が巡り巡って、オレたちに目を付けられたら敵わん。絶対、不利益に繋がらないよう処理すると誓うぜ」
「頼む。とても助かる」
「いや、こっちこそ助かった。森林魔犬十匹なんて、俺たちだけじゃ全滅してた。なのに失礼な態度で、申し訳無かった!」
縞猫の潔い謝罪に笑って頷いたレインは、森のざわめきを見ながら遠い目をする。
「師匠、前のクラン名の頃から〈魔王呼び〉されてたのか。それに〈愛し子〉って。オレは、ただの弟子なのになぁ……」
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森はまた静寂を取り戻した。こちら側に移動して来る魔獣の気配も無い。
しばらくは安全だろう。
振り向いたレインがひっそり呟く。
「今回はちょいと間に合わなかったか……」
「ん――?」
急ぎ足で戻る途中、馬車の陰から小柄な人影が走り出た。
冒険者二人がギョッとして立ち止まる気配を感じながら、レインは一人足を速める。
ぶつかる寸前に止まろうとした小さな身体を、レインの方から抱き締めた。
「オッサンっ――ケガとかしてないっ!?」
「してねぇよ。全員無事だから落ち着け、スズノ」
薄い肩をポンポンと叩いて宥めると、強張っていた身体から力が抜ける。
代わりに、上着がキュッと引っ張られた。
「みんな、ケガしてないんだ。良かったぁ……」
レインたちがあまり動かなかった所為で、怪我の心配をしたのだろう。確定では無いが、スズノはレインに近い感度で〈魔力探知〉をしている節がある。
「遅くなって悪かった。心配させちまったな?」
「ううん。おれのワガママでオッサン困らせたかもって、じっとしてられなくなっただけ。ゴメン」
「構わねぇよ。こんなワガママなら、聞き甲斐もあるってモンだ」
スズノは鼻を鳴らしているが、血の臭いがする事は有り得ない。せいぜい微かに香ばしい匂いがして、焼肉が食べたくなる程度だろうか。
そんな事を考えていたら、目の前から『クルルルル~』と可愛らしい音が聞こえた。
見下ろすと、耳を赤くしたスズノの上目遣いとバッチリ目が合う。
「ほら、早く馬車に乗れ。それとも野営地まで歩くか?」
「ソレはムリ!」
慌てて離れて走り出す様子に噴き出しつつ、全員急いで馬車に乗り込んだ。
この世界では、人里に居る四つ足の犬や猫は獣化した獣人である事が多いです。それ以外は魔獣扱いです。
なので、レインが正しく「大きな白い犬に護られてた」と伝えても、現地人は「護衛が大柄の白い犬獣人だった」と理解します。基本的に魔獣は人間を護ったりしないので、護ってたなら獣人だろう、と。




