02 そろり触れ合い馬車の旅
*誤字を直しました。内容自体の変更はありません。
なだらかな丘に沿うように続く森と林と草原。春先でそれぞれ違う緑のグラデーションの中を、二頭立ての幌馬車がのんびりガタゴト走っていた。
詰めれば三人が座れそうな御者台には、男性が二人。
一人は、地味な色合いだが丈夫で動き易そうな服装につばの広い帽子をかぶり、旅慣れた物腰で馬車の揺れと手綱を捌いている四十代。
堅気の御者と言った雰囲気だ。
もう一人は、服自体は似たり寄ったりだが、その上に鞣し革の硬そうな鎧と兜を着け、左手にはしなやかそうな大きい弓を持っている三十代ぐらい。矢筒は見えないが、外から死角になる所にはあるのだろう。隣の御者と何事か言葉を交わしながらも周囲に油断無く目を配り、警戒を切らす様子は無い。
馬車の護衛に慣れている冒険者のようだ。
その二人の間の幌側にピョコッと海老茶色の頭が現れると、続けて黒っぽい瞳が二つ覗いた。
時々緑色に見える瞳は興味深そうにキョロキョロ周囲を見回し、冒険者の方の背中付近を見てピタッと止まる。
しばらくすると、馬車の揺れに抗うようにゆっくり左右上下に頭が揺れ出した。
「触んなよ、スズノ」
幌の中から眠そうな男性の声がした途端、海老茶色の頭はギクリと止まった。
壊れた玩具のような強張った動きで、声の方にぎこちなく振り返る。
「触ってないよ。何にも、触ってないもん……」
唇を尖らせて言い返した声は、声変わりする途中の少年の声に聞こえる。
「ああ。そのまま、ドコにも触るんじゃねぇぞ。温和しく外を見るだけだ。ソレが出来ねぇなら、コッチ来て座ってろ」
「うぅ~……」
眠そうな声の追撃に、しばらく唸っていた少年は、渋々海老茶色の頭を引っ込めて幌の中に戻って行った。
何事かと目を向けた御者台の二人が、思わずお互いに顔を見合わせる。未練タラタラの少年の視線を辿った結果、冒険者の背中辺りで揺れている物に行き着いたのだ。
「……俺の尻尾、見てたか?」
「だと思う」
「獣人の幼児なら、飛び付いても不思議は無ぇんだがなぁ?」
「幼児って程小さくないし、そもそも獣人じゃあ無いだろ。……無いよな?」
「連れの旦那は獣人だが、あの坊主は違うな。耳や尻尾を隠してる気配がしねぇし、ひ弱過ぎる。〈森妖精〉にしちゃ魔力が弱いし、〈草原妖精〉はこの国に入れねぇし。やっぱり、〈人族〉だろうなぁ」
「身形も悪くないし護衛も付いてるし、てっきりお貴族様かと思ってた」
「いや、まさか。この国の貴族で獣人に好意的とか、変人扱いされんだろ」
「あ――だから、王都に居られなくなったんじゃないか?」
「あ~、そうか……ソレなら、確かに有り得るな」
「まあ、本当にそうなら悪く無いやね。変わってるけど」
頷き合う二人の小声のやり取りに反応する者は、他に誰も居なかった。
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片膝を立てて座り、荷台に背を預けている男性の赤い髪から突き出ている、更に濃い赤の三角獣耳がピクッと動いた。同時に、閉じていた右目が気怠そうに半分だけ開き、モソモソと動く海老茶色の頭に向けられる。
向かいでは商人風の男性が大きな荷物に寄り掛かって休んでいて、その隣の職人風の親子二人はフワフワの垂れ獣耳を寄せ合うようにして穏やかな寝息を立てていた。
昼休憩後ののんびりとした空気が漂っているが、もし襲撃された場合は援護が期待出来ない程に町は遠くなっている。馬車の後方左右に陣取った護衛の冒険者二人も、外の様子を警戒しているようだ。
「何だ、戻って来たのか。外が見てぇって、言って無かったか?」
眠そうな赤い髪の男性〈レイン〉の声に笑いが混じっているのに気付き、海老茶色の髪の少年〈スズノ〉は唇を尖らせた。
「だって。揺れたらアチコチぶつかりそうなんだもん。ドコかに触っちゃうじゃん」
「賢明な判断だな」
ほぼ四つん這いの状態で移動する様子を見ていたレインが、ようやく隣に腰を落ち着けたスズノの頭に大きな手を置く。
軽くポンポンと叩かれ、見上げた口元がしっかり弛んでいるのを見て、スズノの頬がプクーッと膨らんだ。
しかし反論する余地は無いのか、プイッとそっぽを向いただけ。
それを気にした風も無く、レインが「くあぁ~」と大欠伸をかます。
「後はオレが外見ててやるから、お前は寝てろ」
ビクッと肩を跳ねさせたスズノは、目の前の親子と商人、後方の冒険者、それに御者台の方を見てからレインの顔を不安そうに見上げた。
「心配すんな。オレは〈お前の護衛〉だ。お前の安全確保が最優先事項だよ」
肩を抱くようにしてレインの胸元に頭を預けさせられ、囁かれたスズノがキュッと唇を噛んで目を伏せる。
「……ケガするの、ヤだ。絶対、ヤだよ」
微かに震えている指でレインの上着を握り締め、プルプル首を振ったつもりが頭をグリグリ押し付ける形になってしまう。
スズノの肩を、大きな手があやすようにポンポンと軽く叩く。
「大丈夫だって。お前に怪我なんかさせねぇから」
「そうじゃ無くて、みんなっ――レインのオッサンもっ――」
「ん? 〈オレが怪我する〉のも、厭って言ったか?」
「うん」
「そうかぁ……」
首を傾げていたレインは、じんわりと嬉しそうに頬を緩めた。
しかし、直ぐに悪戯っぽく瞳を煌めかせる。
「だが、あの程度じゃオレは怪我出来ねぇな。よっぽど油断して無防備曝しても、掠り傷が付くかどうか微妙なトコだぞ?」
「え――ホント?」
「これでもB級冒険者だぜ。お前みたいな一般人より、遥かに頑丈なんだよ。それ以前に、この服の防御力で弾いちまうだろうけどなぁ」
見た目は普通の服なのに色々おかしな防御力があるらしいと聞き、苦笑するレインの左目を覆う眼帯に目をやったスズノは、ようやく安心した顔でレインに身を預けた。
「大丈夫だ。怖い事は何にも起きねぇよ。ちょいと昼寝してたら、今日の野営地だ」
「ん……解った。終わったら、起こして、ね……」
優しい声が囁いた後は、ポンポンと心地好いリズムの軽い刺激が微睡みに誘う。
ふんわりと暖かい何かに包まれて外界から遮断されたような感覚の中、スズノは抗う事無く眠りに落ちた。
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眠ったスズノを見下ろして、レインがフッと目元を緩めた。フサフサの赤い尻尾で包んだ小柄な身体を、そっと膝枕する体勢に移動させる。
まだ一定のリズムで薄い肩を叩きながら、顔を上げて御者台の先へ飛ばした視線は既に鋭い物だった。
「なぁ。何匹ぐらいの〈森林魔犬〉なら、問題無く通過出来る?」
「……へっ!?」
世間話のように軽く問われ、自分に尋かれたと認識していなかった若い冒険者が、ブチ模様の丸い耳と細長い尻尾の毛を限界まで逆立てて振り返った。
その向かいは少し年嵩だった所為か落ち着いていて、仲間の態度に少し呆れたような溜め息をつきつつ、レインに胡乱げな視線を向ける。耳と尻尾は焦げ茶で丸い。
「この馬車は高級品とは言い難いから、機動力が高くない。森林魔犬は〈C級魔獣〉って言われてるが、三匹も居たら馬が食われちまって立ち往生だ。しかし――」
「や、この辺にそんなの出ないッスよ? いつもは盗賊か〈緑小鬼〉ぐらいだし」
復活した金髪のブチ猫の言葉に、茶色い髪とヒゲのダンディ熊が鷹揚に肯いた。
不審そうな二人の視線に怯む様子も気にした気配も無く、レインはまた御者台の先を見る。チッと舌打ちすると、ダンディ熊に顔を向けた。
「普段は知らねぇが、今日は居る。当たりを付けただけで、ざっと十匹前後。進行方向から逸れてくれねぇかと思ってたが、向こうも馬車に気付いたらしい。向かって来てる。少し先でぶつかるが、馬車の護衛はどう動く気だ?」
驚愕した顔で硬直したのは、若いブチ猫だけだった。ダンディ熊は馬車内を素早く移動し、御者台に顔を出す。
何事かやり取りする間に、御者台の方が緊張感に包まれた。
第三者視点の方が書き易いけど、文字数も増えるのが難点。
話の進みがゆっくりになるかも知れませんが、お付き合い頂ければ御の字です。
序章で名前が付いてた人たちが全員出るまでは、必ず続けます。




