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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第三章 港町の新米作家編
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初体験

「だ、大丈夫?」


 いきなり転んだシャロットを心配して屈み込むと、ガバッと立ち上がった彼女にすごい勢いで肩を掴まれた。


「な、何をおか、お考えですか人前で!」

「人前? ここは寝室で貴女はメイドよね」


 つい先ほどまで赤の他人だったとは言え、採用した以上シャロットはそういう扱いだ。噛みまくりで説教されたけど、責められる謂れはない……たぶん。あまりにも動揺してるので、これは私だけのルールなのかと焦り始めたところ、ハッとしたシャロットは自分の頬をスパーンと小気味いい音で叩く。


「失礼いたしました、御主人様」


 頬に赤い手形をつけたまま、言い聞かせるように淡々と答えるシャロット。切り替えが早過ぎる……と言うか、『御主人様』って?


「貴女の雇い主はベアトリス様じゃ?」

「違いますよ。報酬はいただいていますが、私は貴女とテッド様にお仕えするためにここに来ましたので。

名前の方は、外で口にするには障りがあるようですから、今後は『御主人様』とお呼びしても?」


 初めてそう呼ばれるものだから抵抗がある……とは言え、公爵家や伯爵家の使用人とも違うシャロットとしては、こう呼ぶしかないのだろう。仕方なく了承すると、彼女は改めてテッドを覗き込み、柔らかな頬を指で優しくつつき出した。


「本当に、可愛いですね」

「でしょう?」


 赤ん坊は無条件で可愛い。彼女の微笑みからは愛しさが滲み出ていて、母親としても何だか誇らしくなった。


「今も愛らしいですが、生まれたばかりの頃も見てみたかったですね」

「何なら貴女も産んでみる?」

「あはは、私には無理です」


 冗談めかしてみるも、苦笑と共に躱された。こんなに美人なんだから選り取り見取りのはずなのに、結婚はしないのかしら? でも貴族じゃないんだし、その辺も自由よね。


 その時、テッドが差し出された指にぱくりと食いついた。あ、と思う間もなく、ちゅうちゅう吸われてシャロットが困惑している。


「あの……テッド様は歯が生えてきていますよね。まだ母乳なんですか?」


 どうやら指を噛まれて気付いたようだ。あと吸われた跡が赤くなっちゃってるしな……私もそろそろ乳離れさせなきゃと考えていた。


「少しずつ切り替えてはいるんだけど、好き嫌いが多いみたいで……粉ミルクもあまり飲まなかったからほとんどおっぱい吸ってたわ。誰に似たのやら……」

「さ、さあ? 母乳は飲んだ事がないので、その辺の事情は」

「えっそうなの!? ……あっ」


 母乳を知らないと聞いて、咄嗟に反応してしまった。そうだ、彼女は生まれて間もない頃に母親を亡くして、聖職者に育てられたと言っていた。なら、飲んだ事がなくても仕方ないかもしれない。


「ごめんなさい、無神経で」

「いいんです、母乳なしでもここまで大きくなれるものですよ」


 大きいと言われると、つい視線が胸部に向いてしまう。……子供を産んである程度膨らんだ私の胸より御立派なものをお持ちで。前々から気にしていたけど、やっぱり自分は貧乳だったんだなと地味に凹む。


(いやいや、凹んでる場合じゃないでしょ。何かフォロー入れなきゃ、えっと……)


「せっかくだし、この機会に母乳飲んでみる? なんて……」

「はぁっ!? さっきから無防備な……私が悪い人間だったらどうするんですか!」


 和ませようとしたら、何故かキレられた。いや、バカな事言ったなとは思ったけど、何で悪い人間かどうかって話になるのよ?


「私たちを害する人間は、魔法の部屋から追い出されるから平気よ。それに、テッドも懐いてるでしょ?」

「だからって、使用人風情が御主人様の……えっ」


 必要以上に深刻そうなシャロットに、母乳が少し入った哺乳瓶を差し出すと、絶句して固まった。テッドがいない時でも出てきてしまうから、外では服が濡れないようにタオルを当てたり、こうして哺乳瓶に取ったりして対処している。


「どうする? やめておく?」

「……せっかくのご厚意ですから、試させていただきます」


 何故か頬を赤らめ、ムッとした様子で手を差し出すシャロット。何もしなくても美人だけど、こういう拗ねた感じも何だか可愛い。そして、手に少しだけ出した母乳を舐めてみた時の微妙な表情も。


「テッド様はおいしそうに飲まれてましたが」

「大人の舌じゃそんなものよ。でもまあ、今のところ食べられる離乳食も限られてるから、テッドの舌も肥えてるのかしら?」


 魔界の通販でも取り寄せて色々試してみたけど、テッドはどちらかと言えばこちらの世界の……しかも輸入でしか手に入らない食材を好んでいた。贅沢ものめ。


「それはどこで買えるのですか?」

「ここで入手するには、朝市に行くしかないわね」


 港町キトピロでは、朝と昼に市が開かれている。早朝からは漁で獲れた魚や近くの畑の野菜の他、貿易港ほどではないものの、外国や他領の特産品も並ぶのだ。が、乳幼児を抱える身としては早起きはキツい。さらにテッドの夜泣きの相手をしてもらっていたクララは同行させられない……といった事情で、朝市はじっくり見て回らず、いつもさっと帰ってしまっていた。


「在庫もなくなってきたし、そろそろ買い出しした方がいいわね」

「それなら、私も連れて行ってもらえませんか?」


 ガッツ先輩には悪いけど、また荷物持ちを頼もうかと考えていたところ、シャロットに申し出られて驚く。そう言えば、力仕事もできるんだったわね。女性だからそんなに持たせられないけど、案内も兼ねてお願いしようかな。


「それじゃあ……早い時間に来てもらうの、大変だと思うけど」

「お任せください。地獄だろうとお供いたします」


 だから地獄じゃなくて朝市だってば。



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