経緯⑦
「ケーコ、ちょっとついてきてくれるか」
ある日、職場に来て早々ガッツ先輩にそんな事を言われて連れ出された。
私はここで仕事らしい仕事はしていない。小説の原稿は家でも書けるので、それを持ってくるだけで終わるはずなのだけれど、叔父様から『あんてな』を張り巡らせる(常に情報収集を心掛けるという意味らしい)習慣をつけろと言われているので、他社も含めて新聞記事を読んだり、掃除や整頓などの細々した雑用の他、休憩時間には他の社員たちとお茶しながら雑談を交わしたりしている。
そんな中でも、ガッツ先輩は常日頃から忙しいらしく、今日もどこかへ出かける様子だった。
「私がですか? 一体どこまで……」
「場所自体は、この町をぐるっと散策するだけなんだがな」
身支度を済ませてから先輩の背中を追って新聞社を後にする。ここの港は貿易用ではなく、町もそれほど大きくはないので一周するだけなら時間もかからないが、あちこち回るとなるとなかなか足が進まなくなるほど見どころはたくさんあった。
もう昼過ぎなので、市場は朝ほど賑わってはいないけれど、まばらでも屋台を覗く客が私たち以外にも見える。
「よおっ、ケーコちゃん。これ試食してきなよ」
「ありがとうございます」
「あら、いつもの赤ちゃんはいないのね。元気にしてる?」
「はい。今日は家に預けていて……」
声をかけてくるお店の人に答えながら通りを抜けたところ、ガッツ先輩が呆れたように振り返る。
「お前な……いちいち付き合わなくていいんだよ。ただのセールストークなんだから」
「でも……ただ黙って通り過ぎるのも……」
「どうするんだ、その荷物」
指摘されて、両手に商品が詰まった手提げ袋を持っているのに気付く。……いつの間に?
「ただでくれたのもあるけど、半分は勢いで買わされたやつだな。しっかりしてくれよ、あんた赤ん坊を養わなきゃいけない身だろうがよ」
「ごめんなさい……何だか、断り切れなくて」
相も変わらず流されやすい自分にげんなりする。気のいい人たちばかりで、受け取らないと悪い気がしたのだ。それに、赤ちゃん用の玩具や日持ちのする乾物など、あながち要らないものというわけでもない。
「しょうがない、袋は半分持ってやるから。あそこで一休みしよう」
先輩が指差した先は広場であり、市場の最終地点だった。そこには見覚えのある馬車が停まっていて、その周りに折り畳み式の椅子やテーブルが並べられている。
「こんにちは、叔父……社長」
「ご無沙汰してます、社長」
「よお、K子。ガッツも一緒か」
一階の片側の壁板を外したキャンピング馬車は、屋台の一つとして周囲に溶け込んでいた。例の不気味な馬たちも何らかの魔法なのか、周囲の人たちは気にも留めない。
叔父様はここで新事業の目玉商品『ホイールケーキ』を作って販売している。あっさりした甘さとシンプルながらも車輪のような形状が面白いと、珍しいもの好きたちには好評だ。私も時間を見つけては、テーブルを拭いたり近所への配達を手伝う。馬車がここに来る時間に決まりはなく、しばらくすれば即座に撤収・移動するので、基本は持ち帰りか配達が推奨されるのだ。
ところで叔父様が私を「K子」と呼ぶおかげで、ガッツ先輩を始めとするみんながそれに倣ってしまった。何気に祖母と同名なんだけど、狙ったのかしら?
「そういや、なんで『K=ホイール』って名前にしたんだ? ここのホイールケーキと何か関係あるのか?」
席の一つに座りながら、ガッツ先輩に訊ねられる。まあ……あると言うか、そこから取ったんだけど。
「私のペンネームは社長がつけてくれたんです。ちょうどホイールケーキの事業を始めるタイミングだったから、宣伝になると言って。最初は『JK=ホイール』だったんですよ」
「JKはどっから来たんだよ?」
それは、永遠の謎だ。叔父様曰く、シングルマザーの作家と言えば『JK』らしい……意味が分からないが、さすがにそのまんまなのはアレだとかで、『回転』を『車輪』に変えて名付けたのが『ホイールケーキ』だった。
「途中からケーキの話になってないか?」
「すみません、私も社長の説明をそのままお伝えしているのですが、自分で言っててよく分からなくて……とにかく適当なんですよ」
「ああ、社長ってそういうとこあるよな。俺のあだ名もそんな感じだったわ」
叔父様はそういうもの。どうやら共通の認識だったようで、先輩は納得してくれた。どうせ偽名なんだから、こだわってもしょうがないし、幸福を願って名付けても、いまいち効果がない時もある……便宜上何でも良かったのだ。
「それにしても、意外と繁盛してるんだな。アンコ? がメインらしいけど、正直微妙だと思ってた」
「ふふっ、先輩はクリームがお好きでしたもんね」
「微妙で悪かったな」
叔父様が近付いてきて、テーブルに紐で括られた長方形の箱を置く。
「これをいつもの、ルーシー婆さんとこに届けてくれ」
「分かりました……もう店仕舞いですか?」
「長居してたら、ババアの手先に嗅ぎつかれるからな。この辺がギリギリの線なんだよ。
おいガッツ、K子の事くれぐれも頼んだぞ」
「へーい」
折り畳みのテーブルと椅子を片付け、屋台を馬車に戻すと、叔父様は風のように去ってしまった。残された私たちは、最初から何もなかったかのように静けさを取り戻した広場に立ち、顔を見合わせる。
「……そう言えば、ガッツ先輩はどうして『ガッツ』というあだ名に?」
「うちの入社試験って、社長のその日の気分で決まるんだよ。俺ん時はかなり無茶ぶりされてさ。根性でゴリ押ししたら、社長から『お前、ガッツあるよな。気に入ったから採用』って……そっからかな」
やっぱり適当だった……




