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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第一章 不遇の伯爵令嬢編
8/99

誰?

 むせ返るような熱気の中、私たちはお互いにしがみ付き、荒い息を吐いていた。気が付けば甘い香りは薄まってきており、さっきよりは冷静に考える事ができるようになっている。


 それにしても、イケメンはずるい。同じく汗まみれではあるものの、向こうは肌にしっとり滴らせ、壮絶に色っぽい息遣いだと言うのに、こっちは汗はおろか涙やら涎やら…とにかくダラダラ垂れ流してて非常に見苦しい上に、今にも死にそうなぐらいゼイゼイ言ってるんですけど。

 くっ、これが経験の差と言うものか…百人斬りの名は伊達じゃないわね…って、ちっとも冷静になってないじゃない私!


 うわああああぁぁぁ!

 嫁入り前なのにこんな場所で!

 婚約者どころか接点すら全くないチャールズ=ウォルト公爵様と!

 どどどどどうするの私!? と言うかチャールズ様がどうするつもりなのよ。完全にベアトリス様だと思い込んだままここまで来ちゃったんですけど!?


 ガサガサガサッ!


「ひい!」


 繁みが激しく鳴り、思わず私を膝に乗せている彼にしがみ付く。チャールズ様は私の頭を愛おしげに胸に抱き寄せ、暗がりを睨み付けた。


「お前たち、何をしている!! ……チャーリー!?」


 そこには数名の衛兵とリリオルザ嬢を連れたカーク殿下の姿が。奥にはさらに取り巻きの令嬢たちが付いて来ていて、きゃあきゃあ言いながら扇子で顔を隠している…ふりをして好奇心の隠せない目をちらちら覗かせている。

 ランタンの光を向けられてあられもない格好を晒してしまっている事に気付いた私は、慌てて捲れ上がっていたドレスを楚々と直した……手遅れだったが。


「チャーリー、貴方……」


 リリオルザ嬢は目を丸くして絶句していた。そりゃあ、いくら浮名を流しているとは言っても親しい相手のこんな現場には居合わせたくないだろう。カーク殿下も目に毒だと言わんばかりに、彼女の視界を手で遮った。

 チャールズ様が一瞬、辛そうに息を詰めるが、切り替えるように不敵に笑うと、殿下に何かを投げ付けた。


「見ての通りだ! カーク、私はベアトリス嬢を愛してしまった。君の婚約者と知っていて、な…」


 どう見ても行きずりの女子と暗がりでしけこんでるだけです。

 あとチャールズ様が投げたのは銀色の鷹を模った髪飾りで、先程ベアトリス様が髪を解いた際に置いていった物。今回の式典のために殿下が婚約者であるベアトリス様に贈られた……まさか、私を彼女と間違えたのって、あれのせい……?


 手の中の髪飾りを確かめた殿下は衛兵からランタンを一つ奪うと、私たちに向け、溜息を吐いた。


「少し落ち着け、お前らしくもない……

そちらの言い分によれば、チャーリーはこの俺に不義を働いたようだが」

「その通りです。私は殿下の婚約者に横恋慕し、その御身を我が物としました。

貴方を裏切り、彼女を穢した(とが)は慎んでお受け致します」


 ぎゅうっと腕の中の私を抱きしめ、普段通りの口調に戻るチャールズ様。さっきはつい興奮して素が出てしまったのだろうけれど、今の台詞は(あらかじ)め用意していたかのように澱みない……ベアトリス様を呼び出し、想いを遂げるためにずっと計画していたと言う事?


 それに対し、殿下はさして激昂する様子も見せず、呆れた声を投げかけた。


「茶番はもういい……お前は失敗したんだよ、チャーリー。

今、抱きしめている相手の顔をよく見てみろ」

「顔?」


 訝しげな声を上げるチャールズ様の元へ、殿下は持ってきたランタンを置く。戸惑いつつもそれを拾い上げ、顔近くに灯りが照らされた。

 明らかになったチャールズ様のお顔は、やはり遠くから見るよりも遥かに美しい。


 その完璧なまでの美貌が、驚愕で歪められた。


「あ……あ…」


 形のいい唇から漏れる言葉は意味を成さない。

 そこへ。


「お待ち下さい、貴女がどうしてこちらへ?」

「彼と待ち合わせしていたのはわたくしですのよ。それで?

チャールズ様とわたくしが秘密の逢瀬だとか何とか、ふざけた事をおっしゃっていたようだけれど……」


 この修羅場に、登場人物が増えた。

 休憩室から戻ってきたベアトリス様御本人だ。伝言を頼んでいたのにいつまで経っても誰も来ないので、心配して様子を見に来たのだろう。

 彼女もまた、リリオルザ嬢と同じくこの状況に呆気に取られていた。


「まあ……貴方たち、一体どうしてこんな」

「ベアトリス!? 何故貴様がそこに…っ」


 チャールズ様が仰天して声を荒げる。

 あまりに取り乱したせいか、彼のブーツがカツンと何かを蹴り上げた。小石? と思いきや、視界の隅に捕らえたのはベンチの下に転がっている小瓶。中に僅かな液体らしき物が見えた気がして、気になって覗き込もうとした時、チャールズ様の手によって顎を掴まれていた。

 何度も彼女と見比べていたチャールズ様は、まじまじと私の顔を凝視した挙句に、一言。


「君…………誰?」


 それ、もっと早く聞いて欲しかった…



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