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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第二章 針の筵の婚約者編
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奈落

 何かにぶつかられたような衝撃で、私は体勢を崩してしまい、床に転がった。


「な、何事……!?」


 起き上がり窓の外を見ると、周囲には何台もの馬車が同じ方向で猛スピードで突っ走っている。


(違う……この馬車を追ってきてるんだわ)


 さっきのは、こちらに馬車ごと体当たりされたのか。何故……?


 パリン! パキュン!


 窓の一つが大きくひび割れ、反対側の壁に小さな穴が開く。


「え……今、撃たれ……いやぁっ、何が起こってるの!?」

「ちっ、もう感づかれたか!」


 バタン、とドアが開いてエルシィが中に戻ってきた。積んであった荷物の中から大きな宝箱を引っ張り出し、鍵を開けると中から銃を何丁か取り出す。


「頭を低くしてじっとしてる事ね。外に逃げようものなら即、殺されるわよ」

「ひぃっ」


 エルシィが御者台に戻ると、ガンガン! と銃声が聞こえる。怖くて確認できないけれど、馬車を爆走させながらの銃撃戦が始まったらしい。一体どうしてこんな事に……エルシィは、誰と戦ってるの?


『台風の目』


 ふと、カーク殿下の言葉が脳裏に浮かんだ。ウォルト公爵家には様々な勢力が集い、互いに牽制し合っているため、却ってそれが私や赤ん坊に危害が加えられるのを防いでいるんだとか。実際、一部の使用人による嫌がらせを除けば、命にかかわるような事は起こらなかった。

 それが今回、私が一勢力に攫われたせいで、そのバランスが崩れたとしたら?


(攻撃を仕掛けているのは、エルシィたち反逆者にとっては敵対勢力……と言っても、私の味方だと考えない方がよさそうね)


 何せたった今、窓を狙って撃ち込んできたのだ。あれは、私の命を狙っていた。公爵邸を一歩出ただけで殺し合いが勃発した事に、背筋が寒くなる。これがチャールズ様の、ウォルト公爵家の血の宿命……


 ドスッ! ドスッ!


 馬車にまた何かが当たる音がしたが、今度は銃声がしない。そろっと窓の下に這い寄って外の様子を窺うと、胸を押さえたエルシィが御者台から落ちるのが見えた。


「え……」


 頭が真っ白になり、あっという間に見えなくなる彼女を目で追う。その視界の端に、馬車に何本も突き刺さった矢とそこから出る煙に気付いた。


(この馬車、燃えてる……?)


 呆然としている内に焦げ臭い匂いと煙が中にも入ってくるが、現実味がなくて体が動かない。馬車がガタガタ揺れるのに合わせ、私の体もただ揺さぶられるだけ。逃げなきゃいけないのに、力が入らない――


『しっかりするんだ、このままだと死ぬぞ!』

「えっ、カランコエ!?」


 思わず割られなかった窓を見ると、カランコエが、こちらを覗き込んでいた。真剣な顔で、へたり込んでいる私を鼓舞してくれている。


 ガタガタッ! と一際大きく揺れ、慌てて外を見ると、既に郊外の森を抜け、吊り橋を渡っているところだった。下は深い谷になっていて、落ちれば命はない。


「ど、どどどうしよう!?」

『アイシャ、落ち着いて。君には魔法の鍵があるだろう? それがあればここから逃げ出せる』

「無理よ、エルシィに盗られちゃったもの! そのエルシィも、さっき――」


 敵からの攻撃を食らい、馬車から落ちる彼女を思い出し、全身が震え出す。エルシィには騙され裏切られたけれど、妊娠中に何ヶ月も世話になった女性だった。少なくとも実家のメイドたちよりは、よっぽど好感を持っていたのだ。それが、こんなにも呆気なく殺されるなんて……

 だけどカランコエは、今は自分が生き残る事を考えろと言う。


『大丈夫。魔法の鍵は君が契約したんだ。君が望めば、戻ってくる。落ち着いて念じて、鍵は君の手の中に……』


 ボロボロ溢れてくる涙を拭い、両手を組んで瞳をぎゅっと閉じる。ガタガタ揺れる度に心臓が止まりそうになるが、今は鍵の事だけ考え、強く念じる。


(お願い、戻ってきて。お願い……!)


 チャリ、と手の中で固い感触がした。広げてみると、魔法の鍵がそこにあった。

 ホッとする間もなく、すぐさま鍵穴がないか探してみる。ドアのこちら側は摘みのタイプだから、鍵穴は一旦外に出なければない。ドアを少し開きかけた私だったが、突風で危うく放り出されそうになり、慌ててすぐに閉めた。

 御者がいなかった。揺れの激しい吊り橋の上を馬だけが疾走しており、このままだと無事に渡り終える前に落ちてしまう。


「カランコエ、ダメ!! 鍵穴は外にしかないけど、出られないの」

『よく考えるんだ、アイシャ。君は馬車の中で鍵穴を見ている。思い出して……魔法の鍵の部屋には、クララと赤ん坊がいる。彼女たちの命を今、君は握っているんだ』


 そうだ、このまま死ぬ訳にはいかない。閉じ込められたクララたちのためにも、絶対に私は助からないといけない。

 どこかで見たはずよ、ドア以外の鍵穴を……


 ガラガラッ、ヒヒィン!


「きゃあっ!?」


 その時、一瞬の浮遊感の後、私は後ろの壁に叩き付けられた。馬の悲鳴と橋が崩れ落ちる音――追手が吊り橋のロープを切ったのだろう。

 馬車の荷物が、同じように次々と浮き上がる中、私の目に銃が入っていた宝箱が映った。



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