魔法の鍵の秘密
熱い、この熱と光は……首から下げた、魔法の鍵だ。
チェーンを引っ張り出すと、小さな魔石部分が赤く光っていた。
同じだ、食事に薬が盛られていた時と。確かにここは埃っぽくて体に良くないけれど、あの時のような危険を察知する感じとは違う気がする。この鍵は、私に何を伝えようとしている?
きょろきょろと辺りを見渡す内、視線は自然とドアの鍵穴に吸い寄せられる。
(まさか……)
ここに使えと? ティアラ伯母様に預けられていたお母様の鍵が、ウォルト公爵家の物置のドアに嵌まると? 意味が分からない。
分からないが、鍵を握り締めた手は導かれるように鍵穴へと伸びていた。
カチャリ。
鍵が嵌まり、私は恐る恐るドアを開ける。そこはついさっき見た光景が広がっている、はずだった。
「嘘、でしょ……」
目の前には、メディア子爵家の子供部屋があった。
天使が描かれた天井に、ピンクの光を湛えた、ホタルブクロのシャンデリア。トランプ模様の赤黒チェッカーのカーペット。大きな本棚まで同じだ。
この部屋のためだけでも、あの子爵と結婚してもいい、と思うぐらい、完璧に私好みの夢の部屋。初めて見た時から、どこか懐かしさを感じていたのだ。
子供部屋と違うのは、ソファとテーブル、そしてベビーベッドが置いてあった事だろう。
(一体何がどうなってるの? どうしてこの鍵を使っただけで、物置がこんな可愛い応接間に? でもこれ、物凄く覚えがあるんだけど……)
そうだ、ガラン叔父様の馬車にあった、魔界と通じる魔法の扉。まさにこの鍵は、夢の部屋と繋げてくれる魔法の鍵だったのだ。
「ふおおぉ…」
興奮して思わず感嘆の息を漏らす。
入り口でぽかんとしていた私だが、状況を把握するにつれテンションが上がり、うずうずと探求心が湧いてくる。部屋は応接間だけだろうか。よく見たらドアがいくつも取り付けられている。
足を踏み入れ、まずは奥のドアを開けると、ダイニングキッチンになっていた。魔導冷蔵庫がでんと置いてあり、中には食材が入っている。私が入るまで誰も来られなかったのなら、使うのを躊躇するが。これは、わざわざ食堂に行かなくてもジャックを連れてくれば料理してもらえる。
キッチンにはさらにドアがついていて、開けて顔を覗かせるとすぐに閉めた。
空が赤い。やはりここは、叔父の城と同じく魔界に繋がっていた。
お次は応接間の手前のドアだ。中は脱衣所になっていて、巨大な魔道具らしき箱がでんと置かれている。奥にドアが二つあるのは、浴室とトイレ。今使っている客間のような豪華さはなくシンプルな造りだが、却って気を遣わず落ち着けそうだった。
反対方向の手前のドアは、開けると無機質な部屋だった。天井も床も壁も真っ白で、珍妙な形の台やごちゃごちゃした器具、何故か病院で見かけるような身長計、体重計がある。これはマックウォルト先生に持ってきてもらおうと思っていたので助かる。
最後に残った部屋は、寝室だった。少し窮屈な気がするのは、ベッドが一人用にしては大きいせいだろう。仕方ないからクララと二人で使おうか。その他、金庫や机、鏡台が置いてある。鏡は二階の客間に置いてきてしまったが、ここにあるなら持ち込む必要はない。あれも母の形見なのだが、しばらく置かせてもらおう。
そう思いながら三面になっている鏡を開くと、そこに映った影に気付く。
『やっとこの部屋を見つけたんだね、アイシャ』
「あなたは本当に、どこにでも現れるわねカランコエ」
『ボクは半分妖精だからね。特にここは、魔界の中だから、ボクの力も増すのさ。
さあ、これはキミへのプレゼントだよ』
カランコエの手には、真新しい日記帳があった。私が革張りする前の、母から貰った時のデザインと同じだ。
震える手で表紙を捲ると、一ページ目に見慣れた字が飛び込んできた。
【愛しい我が子アイシャへ。
貴女がこれを読んでいると言う事は、素敵な旦那様と愛を育み、新たな命を宿したと言う事なのでしょう。
この部屋の鍵は、私から貴女に遺せる最後の遺産。これから様々な困難が待ち構えているけれど、貴女ならば遺産を上手く活用して乗り切ってくれると信じています。何故かって? それはアイシャ、貴女が私の娘だからよ。どんなに踏み躙られても決して潰される事のない、そんな強かな女の血が私たちには流れているの。
ねえ、アイシャ…挫けそうになったら唱えるとっておきの呪文を教えてあげる。
『私は一人じゃない』
たとえそばにいられなくても、私はいつでも貴女の幸せを願っているわ。
貴女の母、カトリーヌ=ゾーン】
お母様からのメッセージに、私はボロボロと泣いてしまった。残念ながら旦那様との愛だけは育んでいなかったのだが、この魔法の鍵のおかげで、今後どれだけ心強い事か。
ここで、唐突に気付く。
この鍵は、私個人が口にする分には毒ではない食事に反応して光った。そして今は、埃だらけだった物置のドアを、素敵な夢の部屋と繋げた。無敵の魔法の鍵が、私の妊娠まで預けられなかった理由。
(この鍵、赤ちゃんのための魔道具なんだ)