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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第一章 不遇の伯爵令嬢編
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引き立て役の私

 サラと初めて会ったのは、母カトリーヌが亡くなってほどなく。元侍女で愛妾だったアンヌ様共々別宅から引き取られた彼女は、とても愛らしい容姿をしていた。黄金の糸のような滑らかな髪、サファイアと見紛う煌めく瞳、リンゴのように赤い頬。

 私の持っているどの人形よりも美しい人形のような女の子。それが私が彼女に抱いた印象だった。


 それからは、ずっと妹と比べ続けられて生きてきた。愛らしい異母妹に家族はもちろん使用人も夢中で、ぱっとしない見た目の私とは明らかに差のある扱いを子供ながらに感じていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ある時、サラは私の人形を欲しがった。既にもっと新しくて綺麗な、流行りの人形を持っているのに。

 あげたくはなかったが、私はお姉さんになったのだからと、差し出す事にした。


「大好きなお人形なの。大切にしてね」


 そしてこれを機に、人形遊びを卒業したのだ。

 しばらく古い人形で遊んでいたサラだったが、すぐに飽きて髪をハサミで切ったり服を脱がせたりし始め、ついには人形の首や手足を引っこ抜いて窓から捨ててしまった。


「こんな汚いお人形、もういらない」


 私は驚き、泣きながらサラの頬を()った。大切にするという約束を破って、こんな酷い扱いをする彼女が許せなかった。サラはもっと大声で泣き喚き、両親に告げ口した。父は私を()ち、アンヌ様からは「貴女はお姉さんなんだから」と宥められた。

 私は涙を流しながら、バラバラになった人形を庭に埋めた。そして一旦妹にあげた物は、どうなろうと諦める事にした。



 ある時、サラは私の本を欲しがった。彼女は簡単な字なら読めるようになり、絵本が与えられていたけれど、私が買ってもらった本はもう少し年長者向けだった。書物は家族全員の所有物なので、私は書庫の本棚に入れてサラにも自由に読ませた。

 やはり難しかったらしく、寝る前に読んで欲しいとお願いされた。私も眠かったけれど、まだ最後まで読んでいないので一緒に楽しもうと彼女が眠るまでベッドの傍らで読み続けた。

 私はサラが寝てからもついつい面白くて先まで読んでしまい、ある日うっかり彼女が知っているよりも先の部分を読んでしまった。サラは癇癪を起こし、自分で読んで追い付くまで返さないと言われ本を奪われた。

 それから完読したのかは話題にも出ないので知らないが、結局私は取り返す事ができずに図書館で同じ本を借りて続きを読んだ。



 ある時、教会で子供劇に参加する機会があり、私がお姫様を演じる事になった。サラは私の役を欲しがり、ドレスを着たいと駄々をこねた。

 ところが私はサラより三歳年上で、直前になって言い出したものだからドレスはサイズが合っていなかった。妹の私服を使おうかという話もあったが、どうしても私に合わせたドレスがいいと押し切られた。

 台詞は客席からカンペを見せたり周りがフォローして何とかなったが、ドレスは当然ぶかぶかで誰が見てもおかしくなってしまった。

 自分で言い出しておきながら不機嫌になった妹は、私が無理矢理着せたのだと喚き立てた。

 意味が分からなかったが、「私が妹の美しさに嫉妬して嫌がらせをしている」という根も葉もない嘘は、この頃から(まか)り通り始めた。



 それからもサラは何かと私の後をついて回り、私の真似をしたがり、私の物を欲しがった。そして失敗する度、飽きる度に私にそれを押し付けてきたのだ。

 最初は拒んだり(たしな)めたりもしたけれど、妹はおろか、父も義母も周囲の誰も分かってくれず、私一人が悪者にされた。


「妹が美人だから」

「妹が愛されてるから」

「妹が良い子だから」


 私がそれに嫉妬して、意地悪をしているのだと。

 誰かの前では、サラは清らかな聖女だった。けれど他人の見ていない、私たち二人きりの時にだけ本性を現すのだ。


 一度、サラに訊ねた事がある。


「私以外に、譲って欲しい物を持っている子はいないの?」

 

と。


「いないわ。お姉様以上に、持ってる物が欲しくなる子なんて。

私の引き立て役になってくれる子なんて」


 持ってる物が、欲しくなる。

 引き立て役。

 それが妹にとっての私だった。

 私は「都合のいい存在」なのだ。


 ショックを受けた私だったが疲れ果てたと言うか怒るのも馬鹿らしくなった私は、全てを諦めてしまった。大切な物があるから欲しがる。執着するから奪われる。だったら、最初から何も持たない、期待しない。

 私一人が我慢していれば、全ては丸く収まるのだと。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 義理の従兄にあたるルーカス=アディンとの婚約が決まってから、彼が屋敷に挨拶に来たのが、二人の初対面となった。私とルーカスは幼馴染みでもあるので、婚約者になったからと言って態度が変わるわけではなく、テラスに案内してガーデンテーブルでお茶をしていると、


「お姉様ーっ! 私もご一緒に……あっ、お客様?」


 サラが大声でバタバタ走りながら駆け寄ってきた。

 あまりのはしたなさについ声を荒げる。


「落ち着きなさい、お客様の前よ!」

「えっ貴方が……お姉様の婚約者の!?」


 目を丸くしてぽかんとしていたサラは、慌ててちょこんと礼を取った。


「アイシャ=ゾーンの妹、サラ=ゾーンでございます。お見知り置きを」


 溜息を吐いていると、ルーカスは愉快そうに肩を揺らして笑った。


「アイシャの妹か。話してた通り、随分じゃじゃ馬のようだな」

「もう、恥ずかしいったら」

「いや……」


 ルーカスはサラに手を伸ばし、その髪に触れる。


「とても愛らしい……自慢の娘だと伯爵様から聞いている」


 そう言って壊れ物を扱うように、頭を撫でた。ルーカスの視線は、サラに吸い付いたように離れなくなった。


(ああ、彼もなのだ)


 後の婚約解消の予感は、既に始まっていたのかもしれない。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ねぇお姉様、ルーカス様って本当に素敵な方よね」


 サラがルーカスとだいぶ親しくなった頃、不意にそう告げられた。


「そう? まあモテはするでしょうね」

「羨ましいなぁ」


 私は椅子に座り、読んでいた本のページを捲りながら適当に答える。今となっては彼女に話しかけられても目も合わせず、当たり障りのない返事をするのが板についてきていた。


「……お姉様、あの、私、メディア子爵と結婚させられるかもしれないの」


 私が初めて本から顔を上げると、妹は傍らで縋るような目を私に向けていた。

 メディア子爵は爵位こそ私たちに劣るものの、元々成功して莫大な富を成し貴族となった家系であり、財力だけならゾーン伯爵家を上回っていた。少なくとも、生活水準としては不便な思いをさせないはず。


「悪いお話ではないんじゃない?」

「お姉様、本気で言ってる? メディア子爵なんてお父様と年齢も変わらないし、愛人を何人も抱えているって噂よ。それにこの間挨拶しに行った時の厭らしい目付きと言ったら! あんな御方と結婚するぐらいなら私、ガマガエルと結婚した方がマシだわ」


 酷い言われようだ。私も子供の頃から子爵と何度か顔を合わせているけれど、取り立てて不快な思いをさせられた事はない。…まあ妹と違ってそういう対象には見られなかったのでしょうけど。


「お姉様はいいわよね、あんなにもかっこいい男の人と結婚できて。

お姉様ばかり幸せで、神様は不公平だわ」


 言っている意味が理解できない。いっそ「貴女ばかり贔屓されているせいで、ちっとも幸せではないわ」と言ってやりたかったが、いちいち反応するのも大人げないと思い、視線を本に落としてやり過ごした。


「そうだ、お姉様。ルーカス様との婚約を私に譲ってよ」


 だからいつもの妹の「おねだり」が来た時、既に怒る気力もなく「またか」としか思えなかった。


「馬鹿な事言わないで、お人形やお芝居の役とは違うのよ」

「だってこのままじゃ私、あの醜い子爵の慰み者にされてしまうわ。

お姉様は可愛い妹がそんな目に遭ってもいいの?」

「だからって、私に何ができると言うの。どうしても嫌ならお父様に頼んだら?」


 とにかく父に相談するようにと話題を打ち切ると、頬を膨らませたサラは恨めし気に私を睨んでいた。



 そしてしばらく経ったある日、私はルーカスとの婚約を破棄される事になる。妹を甚振(いたぶ)り、望まぬ相手との結婚を強いる悪逆非道の姉として。



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