表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第二章 針の筵の婚約者編
34/99

幕間③(side???)

 まったく、旦那様も迂闊な事をされましたね。我々の目を盗み、カーク殿下とローズ侯爵令嬢との婚約破棄を狙うとは…。禁断の恋? ご冗談を。我々が何年貴方様を監視してきたと思っておられるのですか。もちろん、貴方がどの女性にも心を惹かれるどころか、憎しみすら抱いている事も存じ上げております。これはただの推測ですが、ひょっとすると、貴方を命懸けでお救いした御母上さえも……これは失言でしたな。


 そうそう、例のゾーン伯爵令嬢についてでしたね。調べておきましたとも。ただし、本人の素行より何より、彼女が如何なる存在なのかについて、知っておいて頂きたい。場合によっては、迎え入れる事も視野に入れなければなりません。そうなると非常に厄介ですが、理由についてはまた後程――



 アイシャ=ゾーン伯爵令嬢を語る際にはまず、四十一年前に起こった出来事から語らねばなりますまい。何故かって? 彼女のルーツが、先代ルージュ侯爵夫人ネメシス様によって隠蔽されていたからですよ。血縁者など知っている者は知っているけれど、大抵は一介の伯爵令嬢としか思われていない。カーク殿下さえも、陛下からは何も告げられていないでしょう。



 年代順に追っていきましょう。四十一年前に何が起こったか。魔王の復活である事は旦那様もご存じですね。各国が総力を挙げ、英雄の育成や徴兵の他、異世界召喚による魔王対策を打ち出しました。

 そして我が国では、異世界人ケイコ=スノーラがこの世界に召喚されたのです。当時はまだ十五歳の少女だったと言います。


 ケイコはスティリアム王立学園に入学し、自身の適性を探りつつこの世界について学んでいきます。そして二年後、錬金術に関し多大な才能を発揮した彼女は、後に「蛍光金属」と呼ばれる未知の物質を生み出しました。他国の勇者がこの国を訪れ、蛍光金属製の聖剣スノーラを手に入れて魔王を倒した事で、ケイコは英雄の一人に数えられます。その後、独自に研究を進め、いくつかの蛍光金属を残して莫大な財産を築いたとの事です。


 ところが王家ではケイコの処遇や所有権について、二人の王子の後継者争いも絡んで揉めに揉めます。この時に立ち上がった過激派組織が王位継承の優位性のためにケイコを誘拐しているのですが、その旗頭だったのが先代陛下の兄君、チャールズ=ハイペリカム=スティリアム……そうです、貴方のお祖父様ですよ。かつて敵対し、攫われる側と攫った側の血が何十年も経て混じり合う日が来るとは、何やら因縁めいたものを感じますな。……失礼致しました。


 革命一派は粛清され、ケイコはファウスト=ドゥ=ルージュ侯爵に保護されました。ご存じの通り、隣国王家の分家筋から分かれた貴族の出で、スティリアム王家とほぼ同等の影響力さえ持つとも言われておりますが、口さがない者たちからは隣国公認のスパイ一族などとも…実際、外交する上でも必ずルージュ侯爵家が橋渡しをしておりますからね。


 ともかくルージュ侯爵家にケイコを預けておくのは危険だと、彼女は保護の名の下に王城へ送られました。進言したのは、当時の侯爵夫人だったネメシス様です。多くは語られませんでしたが、真相は侯爵とケイコが禁断の恋に落ちたのが理由だと、翌年ケイコが女児を産んだ事で露見したのです。

 この女児が後のアイシャ=ゾーンの母カトリーヌとなります。


 余談ですが、ローズ侯爵夫人はネメシス様の長女……つまり娘のベアトリス様はアイシャ嬢とは従姉妹同士に当たるのですな。

 おや、どうされたのですか? 二人が似ている? そうですか……印象は違いますので言われなければ気付けませんが、やはり血の繋がりが為せる(わざ)ですかね。



 兎にも角にも、異世界人であり英雄の血を引くカトリーヌの存在を、王家もルージュ侯爵家も持て余していました。スティリアム王家同様、その血は様々な勢力に利用されかねない。そこで何度も話し合った末、何の力も持たないアディン子爵家の養女になる事が決定しました。

 そしてカトリーヌが預けられる前日、ケイコはこの世界から忽然と姿を消したのです。また何者かに攫われたのか自力で元の世界に帰ったのか、はたまた死んだか……真相は現在も謎のままです。

 残されたのは当時まだ一歳になったばかりの娘と、蛍光金属により生み出された彼女の財産でした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「おや、お疲れですか旦那様。一旦休憩に致しましょう。お茶をお淹れしますね」

「……頼む」


 テーブルに広げられた資料を前に、顔を覆ってソファで項垂れている旦那様を残し、私は廊下に出る。そこにはティーセットを乗せたワゴンと共に、侍女が待機していた。彼女も私と雇い主は同じだ。

 廊下の反対側からは、いくつもの視線を感じた。彼等の主がどの派閥に属するかなど、既に把握はしているが、こちらから取り立てて動く事もない。


 我々の任務は監視、ただそれだけ。


 だから旦那様がどんな幼少期を過ごし、何に絶望してどんな生き方をされようと、ただ使用人としてお仕えするのみ。旦那様もそれが分かっている。


 しかし……ここに来て今まで築き上げてきた危ういバランスが、崩れようとしている。これは旦那様による、我々への復讐なのではないかとも勘繰ってしまうが、先程の様子だとそうとも思えない。ただの愚行でしっぺ返しを食らっただけだ。

 旦那様の思考の根本には、いつでも第二王子がおられる。だからウォルト公爵家は第二王子派なのだ、と単純に決め付けられるものでもない。特にここ最近の、殿下の婚約者への不自然なアプローチを思えば……


 と、使用人があれこれ邪推しても詮無き事。いつも通り任務をこなし、雇い主に報告するだけだ。


 私は侍女からワゴンを引き受け、部屋へ戻った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 お待たせ致しました。どこまで話しましたか……そうそう、ケイコが一人娘を残し、消えてしまったところからですね。

 ここからは一気に時計の針を進めましょう。カトリーヌを養女に迎えた事でアディン家は伯爵位を与えられ、領地の暮らしも裕福なものになりました。他の貴族からの妬みもそうなく、概ね好意的に受け入れられたそうです。何故ならアディン家は野心らしい野心も何もない、悪く言えば愚鈍な一族でしたので。

 カトリーヌ=アディンの少女時代は問題もなく、そこそこ幸福だったと言えるでしょう。義姉のアディン公爵夫人ティアラとは、学園在学時に親交を深めていたようで、お互いに子供が生まれたら許嫁にしようと言う話も出ていたようです。


 その後、学園を卒業してすぐに彼女はゾーン伯爵の当主となったばかりのヘンリーと結婚しました。これにはルージュ侯爵家の圧力があったと聞いております。

 彼女の結婚相手には、ケイコの遺産を食い潰せる男を、と。

 実際にヘンリーと言う男は多額の借金を抱えており、領地経営もおざなりで高級娼婦にも入れ揚げていたので、アディン家からの持参金……と言うよりケイコ=スノーラの遺産の大部分を宛がってようやく面目を保てたとの事。

 その後、ゾーン伯爵夫人となった彼女は領地経営の見直しを行い、領民たちから大変感謝されたようです。夫婦仲は極めて冷え込んでおりましたが。


 先代ルージュ侯爵ファウスト様は、実の娘の処遇に心を痛め、結婚時にも大反対されましたが、ネメシス様に押し切られました。国の救世主を匿う流れだったとは言え、妻を裏切り不義の子を残してしまった罪を思えば、気にかける事すら許されなかったのです。

 ゾーン伯爵夫人が二十九歳の若さで亡くなった時も、葬儀にルージュ侯爵家の者は誰も参加しなかったと言います。



 ここでようやくアイシャ=ゾーン自身の話に移りますが、彼女が三歳の時に父親が当時侍女をしていたアンヌ=ポーチェに娘のサラを産ませ、十歳時にアンヌが後妻になるに伴い同居。十一で従兄のルーカス=アディンと婚約しましたが、最近……三、四ヶ月前になって妹と婚約者を交換する話になったようです。こちらについてはまだ詳しい事は分かっておりません。




 …さて、アイシャ=ゾーンが現在身籠っているのがどれだけ厄介な存在なのか、旦那様にはもうお分かりですよね。


 王家と同等の影響力を持つルージュ侯爵家……先代になったとは言え、今もなお一族のすべてを握る烈女、ネメシス=ルージュ様が憎んでも憎み切れない相手。夫の身も心も奪って逃げた女と、敵対する反国家組織の長……この二人の血を引いているのです。

 これは、御婦人一人の情念の問題だけではありませんよ。立場的にも、様々な勢力に狙われる事になるでしょうね。それこそ、アポロ様の時とは比べ物にならないほどに……


 ですが、不幸中の幸いと申しましょうか……現時点では、まだ三ヶ月です。通常であれば手術……聖マリエール教の教義から言えば、もう出産と言う話になるのでしょうが、旦那様にはもう一つ選択肢が残っているのでしょう?


 …いえ、殿下と何を画策されているのかなど、一介の使用人には与り知らぬ事でございます。ただ幼い頃より旦那様を見てきた者として申し上げるのなら、我が子をご自分と同じ場所に堕とすような真似を、旦那様はなさらないと信じております。

 ええ、どれだけ多くのご令嬢たちに纏わり付かれても、振り払わない代わりに誰の手も取らない、賢明な旦那様であれば。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ