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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第二章 針の筵の婚約者編
27/99

言わなきゃダメ?

 ……どうしよう。


 聖誕祭の途中で体調を崩したと医者へ駆け込み、診断を受けた結果。


 ――黒でした。


 診察室から出て開口一番、私は付き添ってくれたクララに縋り付いた。


「お願い、お父様にはまだ黙っていて!」


 婚約者以外の殿方と関係を持っただけで修道院に放り込むと言うのだから、これを知ったら学年度末を待たずに勘当されるに決まっている。あの家になんて居たいわけでもないが、だからっていきなり放り出されて生きていけるわけがない。


「それはよろしいのですが…お嬢様、ウォルト公爵にはもちろん相談されるのですよね?」

「……うっ」

「そもそも関係を強要された時点で、お嬢様が何故黙っているのか、理解に苦しみます」

「それは……色々あるのよ」


 被害者としてはおかしいのかもしれないが、私個人としては、チャールズ様に恨みらしき感情はない。(私が怒っているのはベアトリス様の一件だけだ)

 あの類稀なる美貌に絆されている……わけじゃないけれど、むしろ世界が、風潮が「美しさ」の持つ力によって善悪の認識すら歪めていると感じる時はある。私はそれを、最も身近な例から思い知っていた。あの理不尽な力の前では、どうせ私の方が悪役なのだ。

 だから、いつもの悪い癖が出た。つい、「どうにでもなれ」と投げやりになってしまったのは否めない。もっと必死に抵抗していたら、せめて一言「人違いです」と言っていれば……

 そう考えたら、すべてをチャールズ様に押し付ける気にはなれなかった。



 とりあえず国の法律としては、女性が男性から望まぬ関係を強いられた際、親告罪が鉄則となる。昔はそうではなかったのだが、ある時助けられた令嬢が、何とイケメンとの逢瀬を邪魔されたとヒステリーを起こし、逆に恩人の方を訴えたと言うのだ。以後、今のような形となったらしい。……何となく、その御婦人はメディア子爵の元婚約者の気がするのはさておき。


 一応、父と子爵には告げてみたのだけど、予想通りまっっったく信用されなかったので、私は早々に諦めた。元々カーク殿下が絡んでいるあたり、王家の後継者争いに影響が出たりしたらと思うと、小心者の私には耐えられないのだ。



 そんなこんなで、関わらないのが一番と自ら泣き寝入りを選択していたのだけれど。呑気にそうも言っていられなくなった。


 チャールズ様はできるだけの事はするとおっしゃっていた。だから父に知られる前にはどうしても話しておかなければならないのは分かっている、のだが……


「お嬢様、お顔が大変面倒臭いとおっしゃってます」

「はあ……ねえクララ、どうしてもチャーリー様にお会いしなきゃダメ?」

「いつまでも隠してはおけません。そんなにお嫌ならば、私が今日の内に旦那様にお伝えしますからね」

「わっ、待って待って! 言う! 新学期に入ってすぐ言うから!!」


 そうだ、もう逃げてばかりもいられない。半ば強引ではあったが、こうして私は新学期にチャールズ様に告白する事をクララと約束したのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「とは言ったものの、憂鬱……」


 年明けの始業式が終わり、私は重い息を吐いた。今朝の玄関先で私に物言いたげな視線を送ってきたクララを思い出す。


(あー…まさかまたお会いする破目になるなんて)


 令嬢たちの憧れ、麗しのチャールズ様と一夜の過ちを共有したなんて、本来ならもっとこう、乙女としてはときめきを覚えるべきなのだろう。決して「またこれ蒸し返すのめんどくさい」なんて思うところじゃない。


(ただ、これ言ったら絶対向こうも同じ事思うわよね)


 チャールズ様がベアトリス様に見せたような嫌悪の表情をされる様が目に浮かんで、足はますます重くなる。と同時に気分も悪くなってきて、私は制服のポケットからハンカチを取り出した。


「あ」


 そこに施された刺繍は、私の下手糞な腕によるカランコエの花ではない――優雅な赤い薔薇。あの夜、泣いてしまった私にベアトリス様が差し出したハンカチだった。あの後クララが綺麗に洗濯して、他のハンカチと同じ引き出しに仕舞っていたのだろう。


(そうだ、ベアトリス様! 力になるとおっしゃっていたし、頼めばチャールズ様を呼び出してくれるかも)


 お二人は犬猿の仲だが、私に関する事での相談ともなれば別だろう。さっそく私は、二年の特進クラスへと足を運んだ。

 そして扉に手をかけようとすると、その直前でガラリと開き、中から出てきた人物と衝突してしまう。


「うぶっ」

「…と、危ない。君、大丈夫かい?」


 よろけそうになったところを支えられる。この人、かなり背が高いな……それに何だか聞き覚えのある声……


「ひぎっ!!」

「?」


 チャールズ様だった。

 よりによって!! …と思わず奇声を上げかけたが、よく考えれば特進クラスにいるのはベアトリス様だけでなく、カーク殿下もだ。当然、お付きのチャールズ様も同クラスだった。


(だからって何も、いきなりピンポイントで来なくても!!)


「このクラスに何か用? 誰か呼んで来ようか」

「あ、わわわ…」


 用があるのは目の前の本人なんだけど、混乱して口が回らない。そしてこの余所行きの笑顔と声色……私、完璧に忘れられてるな。まあ今思い出されても、心の準備が…


「あのっ! ベ、ベ…ベアトリしゅさまをっ!」

「ベアトリス嬢を呼んでくればいいのか?」

「はいっ、はいっ!」


 首を千切れんばかりに縦に振ると、しばしの沈黙。あんな計画立てるくらいだから、お二人がお互いをどう思っているかなど、知っている人は限られているはず。それでも何となく嫌そうだと感じてしまうのは、たぶん私が直接見聞きしたせいなんだろう。


「…少し待っていてくれ」


 事務的になった声色が頭上から振ってきて、私は俯いたまま時を待った。やがて視界に女物の靴が入り込んだタイミングで、ようやく顔を上げる。


「あ、あのベアトリス様! 先日は…っとぉ」


 間髪入れずに声をかけてしまい、顔を見たら別人だったので仰け反る。チャールズ様、いくら嫌だからって代理を連れて来なくても…


「すみません、リバージュ様!」

「こちらこそ、ゾーン伯爵令嬢。貴女の事は聞いております。ベアトリス本人ではないのは、こちらの事情で……

何せウォルト公爵には我が従妹に対し、良からぬ感情を抱いているとの不穏な噂がありましてね」


 リバージュ様の抑揚のない物言いに、不躾だと思いつつも凝視してしまう。


「え、私の事をご存じで」

「お互い様です。我が家でもお祖母様が禁句にしていますが、カトリーヌ叔母様の事を知らぬ者はルージュ侯爵家にはおりませんよ」


 一通り話すと、リバージュ様は今度こそベアトリス様を呼びに教室に戻って行った。


 リバージュ=ドゥ=ルージュ侯爵令嬢。ルージュ侯爵家現当主の娘であり、学園内においてベアトリス様とは仲の良い友人だと思われているが、実際は従姉妹同士になる。ベアトリス様のご実家は、父方も母方も侯爵家ではあるけれども、その功績と影響力は公爵位に匹敵すると言われている。両家がそれを固辞する理由は、パワーバランスが崩れるのを防ぐためらしいが、それでもカーク殿下と婚約したのは、それだけ第二王子を王太子…いや、王に据えるのに本気だと言う事だ。

 そこに来て今回の騒動、そしてこれから私が持ちかける相談……。どれだけ第二王子派を引っ掻き回す事になるのか、考えただけで吐き気が込み上げてくる。


「お待たせしたわね」


 そこへ、ベアトリス様の凛としたお声が澱んだ空気を打ち払い、私の胸のむかつきもスッと治まった。


「お、お久しぶりでございます…」

「あらアイシャ嬢ではないの、お話してからもう三ヶ月も経つわね。その後、如何だったかしら?」


 ベアトリス様はさすがに私の事を覚えておられた。と言うか直接会った事もないリバージュ様でさえご存じなのだから不思議ではないが。あれから私の事を気にかけて下さったのだろうか。


「実は、その事でチャールズ様にご相談があったのですが、ご本人を前にするとどうにも言い出し辛く……」

「まあ!」


 ベアトリス様の後ろでリバージュ様が呆れた声を出した。それはそうだろう。用がある本人を取り次ぎに使って、関係ないベアトリス様を呼び出し、仲介を頼むなんて回りくどいにも程がある。


「そう言う事なら、リブ。談話室のセッティングをお願い。使用者は私と、ここにいるアイシャ嬢と、チャールズ様。他は誰であれ、入室させないようにね」


 カーク殿下(もしかするとリリオルザ嬢も)がついて来る懸念についても対策を打ったベアトリス様だが、私は少し驚いた。


「ベアトリス様にも付き添って頂けるのですか」

「当然ですわ。例の事には私も力になると、お約束したでしょう? もっとも、二人きりになりたいのでしたら私は席を外しますが」


 ブルブルブル!


 速攻で首を横に振る。別に前と同じ事が起こる心配なんてしていないけれど、チャールズ様と学校で二人きりになるなんて、先程のようにまともな会話にもならないだろうし、何より親衛隊に知られるのが恐ろしい。

 そんな私を、ベアトリス様は扇子を広げて愉快そうに笑っている。制服の時は浮いてしまうような金細工の物ではなく、落ち着いた色合いの紙製だ。どうやら東方の趣味らしい。


「それにしても、今までずっと音沙汰がなかったけれど、ついにあの男を牢にぶち込む決心が付いたと言う事かしら」


 ひっ!

 教室の入り口でただならぬキーワードが出て、仰天してその口元に手を伸ばす。頼むから、もう少し小声で!


「ぶち込みません! 私もできるならこのまま消えて行きたかったのですから」

「あらそう? まあ詳しい話は後で聞きましょうか。せっかくだから、搾り取れるだけ搾り取っておきなさい」


 良い弁護士紹介するわよ、と優雅に微笑まれて、私は乾いた笑みを返した。確かにこの先、物入りにはなるんだけど……これから私はこの学園、いやこの国でも指折りの美貌を誇る公爵様に、責任を取れと迫らなくてはならない。


 思わず手を置いた場所は、胃なのか子宮なのか。



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