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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第一章 不遇の伯爵令嬢編
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違う世界の物語④

「つまり、お前が生まれる前……前世で遊んでいたゲームと言うのは、未来予知の魔法がかかった双六のような物、と言うわけか」


 あたしがざっくりと、主に正体やゲームの説明をしたところ、当の攻略対象本人であるカークはそう解釈した。


「い、いえ未来予知と言うか……そもそも異世界ですし」

「なに、今のは自分が分かりやすいよう噛み砕いたに過ぎん。仮に詳細を説明されたところで、どうせ俺には想像すらつかんだろうからな」

「はあ……それにしても、わたしが言うのも何ですが、よくこんな突拍子もない話を信じる気になれましたね」


 何せ、異世界転生である。その上、自分がゲームの登場人物だと言われても、何言ってんだコイツ、と正気を疑うのが普通だ。


「誤魔化しに使うにはお粗末過ぎて、逆にお前がスパイの線はなくなったんでな。もう少し付き合ってみるのも、退屈凌ぎにはちょうどいい。…それに異世界に関して言えば、少なくともスティリアム王家にとっては、それほど突拍子もない話でもない」

「それは、どう言う……」


 前世と言う概念は聖マリエール教にもあるが、異世界まで違和感なく受け入れている事に戸惑っていると、カークはフッと愉快そうに笑う。


「前例がある、と言う事だ。四十年ほど前だったか……俺も生まれてないので詳しくは知らんが、この世に魔王が降臨した時、王家は異世界から救世主を召喚した」


 魔王!? ファンタジーの定番ではあるけども、「はが姫」にはそんな話、全然出てこなかったんですけど。


 異世界()()か……あたし以前にイレギュラーが入り込んでいたとすれば、展開が変わってきているのも納得だ。腕の中のガヴたそを見ると、「ピュ?」と首を傾げて見返してきた。これはガヴたそにも想定外の事だったのかしら。


「初耳らしいな……ならばお前もすべてを知っているわけではない。そのゲームとやらも、あくまでリリオルザ=ヴァリーを中心としたこの世界の歴史の一部を切り取ったに過ぎないと言う事か」


 あたしを主人公にした恋の物語は、外部からの刺激でいくらでも未来は変わってしまう。その事実が突き付けられた時、あたしは凄く不安になった。だってゲームのシナリオに頼ってきたのに、この先一体どうしろって言うの!?


「それじゃ、わたしのこの知識は無駄なんですか?」

「そんな事はない、情報は情報だ。しかも占い師の能力とはまったく異質だからな。使いようによっては最強とも言えるだろう」


 何だか凄い人間のように語られて、恐縮してしまう。あたしはそんな頭のいい人間じゃない。ただゲームで遊んでいただけなのに。


「わたしは……どうすればいいのでしょうか」

「それはお前が決める事だ。未来を変えるにせよ変えないにせよ、お前の持つ情報にはそれだけの力がある。リリーお前は、どうしたい?」


 カークの手が私の頬を挟み、じっと覗き込まれる。イケメンに至近距離で見つめられ、顔が熱くなった。


「昔も今も、わたしは普通の女の子なんです。好きな人と……結ばれたい」


 救国とか戦争とか、そんな大きな責任は背負えない。ただイケメンに愛されて、素敵な恋がしたいだけ。


「恋がしたいか」

「は、はい…」

「なら、俺の物になれ」

「え……ええっ??」

「そのために近付いたのだろう。俺を手に入れるために」


 俯こうとすると、またベッドに押し倒される。ガヴたそが腕からぴょんと逃げ出した。ああ行かないで、ガヴたそ!


「…カーク様はいいんですか? わたしは、卑怯な手を使って貴方の婚約者を陥れようとしたんですよ。全然、聖女なんかじゃないんです」

「お前は勘違いしている。俺がリリーに興味を持ったのは、心優しいからでも清らかだからでもない。俺について来れるのは、貪欲で、怖いもの知らずの野心家だ」


 ええ――何か色々ショック…心が汚いみたいに言われてるのも。全然ゲームと違うんだけど、それでも「はが姫」の知識は役に立つの?

 微妙な表情を浮かべているのを、クスッと笑われ、髪を一房掬われる。


「褒められている気がしないか? だが、お前が本当に聖女であれば、こんなに興味を惹かれる事はなかった。俺は、つまらん女は嫌いだ」


『お前、面白い女だな』


 入学式で出会った時、カークに言われた事を思い出す。あたしは、婚約者のベアトリスとは正反対なのだと。

 ひょっとしたら、カークにとってベアトリスこそが聖女だったんじゃないだろうか。穢れもなく真っ直ぐで、女ではなく未来の王妃として。そんな彼女だから、カークは愛せなかった。リリー(あたし)を選んだ。


 あたしも、譲りたくない。鳩狐のカップリングもだけど、転生前よりずっと、カークの事が好きになってる。


「俺は、第二王子派を裏切って王太子候補を降りる。そんな俺に、ついて来る気はあるか?」


 カークの瞳が、さっきよりも強い光を帯びた。もう彼は、知っている。あたしが特効薬を開発し、第一王子の病を治す未来を。あとは、あたしが選択するだけ。


「どこまでも……ついて行きます。カーク様、貴方に…っ」


 言葉ごと飲み込むように、唇が重ねられた。夜の自室でベッドの上。好感度の低い攻略キャラが夜這いしてくるなんて、この先のネタバレを知ってしまうなんて前代未聞だけど。


「任せろ、俺がお前に最高の結末を用意してやる」


 不敵に笑うイケメンっぷりに、心臓を鷲掴みにされた。


(ああ、彼にならもうどうにでもされちゃいたい……あたし、カークが好き。カークに恋してる、リリーなんだ)


 その後、カークが再び窓から退室した後も、あたしはベッドに寝転がったまま、ぼーっと唇を弄っていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 それから夏休みの間中、あたしたちはイベントの遅れを取り戻すように一緒に過ごした。時にはチャールズも一緒に。そしてたまにベアトリスが苦言を吐きに。

 鳩狐が目の前で嫌味の応酬を始めた時は、萌え過ぎてハアハアしてしまった。


 ある時はカークに招待された避暑地の別荘で、二人っきりでボートに乗った。早期に好感度を高くしていれば見られるイベントだが、目的はゲームの話題だ。


「婚約破棄後のトリスの処遇を、国外追放にしない理由? ……お前は恐ろしい事を考えるな。ローズ宰相は第二王子派の筆頭だぞ。滅多な事では婚約破棄も継承権放棄も認められない。もしこの計画が漏れれば……全力で洗脳教育を受けさせられた後、お飾りの王太子になるだろうな」

「そこは逆に王太子にされてしまうんですか……」

「まあ俺も兄上(キリング)も所詮、派閥の駒だからな。それに、あいつの母方の実家は隣国に本家筋がある。国外追放なんぞでそちらに駆け込まれたら厄介だ。だから囲い込む必要があるのさ」


 なるほど……ゲームでは単に宰相の機嫌を損ねないためと幽閉を兼ねての鳩狐の結婚だったのだが、実情はもっと複雑に絡み合っていた。

 確かにベアトリス様はハイスペックだしフットワークも軽いので、身分剥奪されようが国外追放されようが平気で生きていけそうなんだよなあ……あたしが悪役令嬢の方に転生していたら、そう上手くいけたのか自信はない。



 あたしの知らなかった事は、まだまだあった。例えばカークとチャールズの代名詞「双鷹(そうよう)の誓い」。二人の絆を象徴するキーワードとして作中何度も言及されていたこれが、実際には命懸けでお互いをガッチガチに縛り上げる誓約だった。

 そりゃ腐女子も滾るよ……男女の恋愛より濃厚にエンゲージしてるんだもん。プレイしてた頃は「何かかっこいいな~」くらいにしか思ってなかったけど。


 そうか、チャールズルートでベアトリスが亡命を邪魔してきたのも。カークルートでチャールズが想いを飲み込んで二人を祝福したのも。


 お互いの命に関わるからだったのか……


 でもチャールズがベアトリスと結婚しようが斬り付けようが誓約がまったく発動しないあたり、カークの彼女への扱いが透けて見えるな。破滅までは望まないけど、心底うっとおしいってところか。


「チャーリーもベアトリス様を嫌ってますよねぇ。仮にも主君の婚約者なのに『女狐』なんて呼んじゃってますし」

「基本的に女性には優しいが、俺のトリス嫌いがすっかりうつってしまったからな。まあ、元々相性が悪いのもあるだろう」


 なるほど。ここであたしは、前世から気になっていた事を聞いてみた。ベアトリスがチャールズに対し、事あるごとに言っていた呼び名だ。


「ところで、『鳩公(はとこう)』とはどう言う意味なんでしょう? 政治用語か何かですか?」

「ああ……あれは()()()()じゃなくて()()()だ。チャーリーは伯母のパメラ神官長に育てられたから従兄と呼んでいるが、俺との血縁関係は、正確には再従兄弟(はとこ)に当たる」


 ハトコ……再従兄弟(はとこ)!?

 おおおい、シナリオライター! 変な字当ててんなよ!



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