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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第一章 不遇の伯爵令嬢編
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好きじゃないんですか?

「チャールズ様がベアトリス様をお好きでない、とは」


 どう言う事? まず大前提として、殿下の婚約者であるベアトリス様に臣下にあるまじき情を抱いてしまい、裏切りと知りつつ物にする計画を立てた。そして私はそのターゲットに間違えられた…と言う話だったわよね。

 それが根底から覆るんですけど。


「貴女、わたくしたち周辺の噂には詳しくないとおっしゃいましたわよね? わたくしと殿下の仲が冷え切っている事も、殿下にお気に入りの娘がいる事も」

「ええ、まあ……」


 揃いも揃って超有名人、それぞれ個人に関する逸話は時折耳に入ってくる。が、これに惚れた腫れたが絡んでくると、途端に右から左へ素通りしてしまうのだ。…今後は今日のような危機管理的にも、もう少し他人に興味を持たなくては。


「わたくしとチャールズ様の関係を一言で言えば、そうね――『犬猿の仲』」

「はっ!?」


 そうだったの!? 片や婚約者、片や従兄兼側近。殿下を巡って火花を散らすのも、確かにありそうではあるけれど。

 だったら、私がされた事は何だったの? ただの嫌がらせだと言うのか。それにしては、胸やけするくらいあっまい口説き文句聞かされましたけどね。


「あの、普段の素振りとは裏腹に実は…と言う線はないのでしょうか」

「確かに……嫌よ嫌よも好きの内とも言いますし。では…」


 ベアトリス様が、チャールズ様の頬に手を伸ばす。唐突な行為に彼はビクッと竦み上がり、警戒から後退る。


「何を…!」

「あら、照れなくてもよろしいのよ? 貴方、わたくしを物にしたいのでしょう? でしたら今ここで、わたくしに口付けてごらんなさいな」

「っ!!」


 チャールズ様の顔がみるみる強張る。私は何を見せられるんだ。確かにキスくらい、この人なら何て事なさそうだけど。何ならもっとすごい事をついさっきされましたけど。


「ほら、どうしたの? わたくしが良いと言っているのだから、殿下に遠慮する事もないのよ。わたくしが好きだと、殿下との誓いに触れてでもわたくしが欲しいのだとおっしゃったでしょう? なら証明しなさい、さあ!」


 あの、ベアトリス様……威圧感が半端ないです。大変よく通るお声を張り上げるものだから、部屋がビリビリ言っている。

 動かない様子に業を煮やして彼女から顔を近付ければ、チャールズ様は思いっきり顔を(しか)めて全力で逸らした。


「…………豚とした方がマシだ」


 ええええぇぇぇぇ……


 小さな呟きだったけど、確かに聞こえた。そこまでか! そこまで嫌いか! それなら尚更、私の時はどうして……


「…とまあ、チャールズ様個人の本音は、こんなものよ。

だけど貴女は、そんな彼に抱かれた。わたくしの身代わりとしてね」

「は、はい…あの、そんなはっきりとおっしゃらなくても」


 私の力なき声はさらりと流された。居た堪れない…チャールズ様が眉間に皺を寄せて睨み付けているのに、彼女はどこ吹く風だ。


「つまり彼は、いくら嫌な相手でも、いくら目障りでこの(アマ)死ねと思っていても、条件付きであれば抱きもするしクサい口説き文句も囁けると言うわけ」


 そ、そこまで言う……? 麗しい唇からきっつい言葉がボロボロ零れ落ちるのに眩暈がしてきた。本当に、これが本来の二人の関係性だったの?


「その、条件と言うのは……」

「そんなものはない。この計画は私一人で考えたのだ」


 聞こうとする私をチャールズ様が遮る。これは、何かを誤魔化している感じだ。そんな彼を面白そうに見遣ると、ベアトリス様の視線はチラリと殿下が出て行ったドアに向かう。


「では、あの媚薬は一体誰が用意したのかしら?」

「……知らないな」

「香水タイプは直接飲むのとは違い、確実に吸わせられる反面効き目は薄いのです。アイシャ嬢に対しては過剰なまでの催淫効果があったにも関わらず、わたくしは気分を害する匂い以外まったく感じなかった。ここまで違う結果となったのは、単に個人差と言うよりは、やはり殿下のおっしゃったように魔法付与の可能性が……」

「あ、あの、その事で少し気になっていたのですが、殿下は魔法薬学の先生に見せるとおっしゃってましたよね…? 魔法なんて授業、うちの学校にあったんですか?」


 ぶった切ってしまったが、媚薬の話題が出たので思い出したタイミングで聞いてみる。あの時は、あまりにもさらりと言っていたものだから聞き流していたが。


 ここ、スティリアム王国では「魔法」と言えば御伽噺(おとぎばなし)などの創作物か、国外で扱われている技術と言った認識だった。存在するのは分かっている。ただ「魔法使い」や「魔女」と聞けば特定の人物を示すほど、その使い手は限られていた。


「貴女、魔法はこの国では禁術だと思っていたの? 名称こそ違うものの、様々な形での恩恵はあるわよ。例えば、殿下とチャールズ様の双鷹(そうよう)の剣に()め込まれた宝玉……あれも魔石でできているわ」


 ベアトリス様は話の腰を折られた事に気を悪くする様子もなく、丁寧に教えてくれる。…と言う事は、これは必要な事項なのだ。


 媚薬に関係あるのは、魔法なのだと。


「学園の入学要綱にも『魔法』の文字はないから、普通は気付かないでしょう。でもアイシャ嬢、二年生からの選択科目である『特殊科』はご存じよね? 魔法薬学は……いえ、魔力を扱う授業のすべては、この特殊科で行われるわ」


 私は普通科を選択したので、特殊科については闇稼業のスキルだとか人体実験が行われているとか、とにかく怪しげな噂しか聞いた事がなかった。まさか、魔法を学ぶ授業だったとは。


「二年時には魔法の概念や一般的な医学との違いの他、薬草に関するあらゆる知識を詰め込まれる。そして学年が上がれば実践……己の魔力を操り、ただの薬草を魔法薬(ポーション)へと昇華する(すべ)を、学ぶのよ」


 魔法薬(ポーション)

 国外を舞台にした冒険小説によく登場する魔法の液体だ。多くは回復のために使われているが、そんな物が実在したのか。そしてうちの生徒が作るのか!


「と言う事は、あの媚薬は魔法薬(ポーション)であると殿下はお考えなのですね?」

「魔法が付与された薬と言うのは、通常よりも遥かに融通が利くのよ。例えば、ある条件下でないと効果が出ない、とか」

「不特定多数に効いてしまったらまずいですからね」

「それとわたくし、王妃候補などやっておりますから当然敵は多くて、劇薬への耐性をつけていますの。もちろん、自分から怪しい物には近付かないよう心掛けていますけれど」


 王妃教育の一環でチートな訓練を受けている……ベアトリス様の強さの一端と、王家周辺の物騒な事情に戦慄してしまった。


「そうなると睡眠薬や麻酔のような、場合によっては必要になる薬も効果がないのですか?」

「そのための魔法薬(ポーション)よ、魔法なら体質や耐性に関係ないでしょう? もちろん対策も用意できない事はないわ。ただし……普通の薬ではわたくしに効果がないと知っているのは、極々限られている。本来ならチャールズ様も知らない()()のトップシークレットですの」


 その極秘事項、私が聞いちゃっていいのかしら?

 ベアトリス様がニヤリと不敵な笑みを浮かべながらチャールズ様を覗き込み、チャールズ様は射殺さんばかりに睨み返す。もう、この二人に恋愛関係を見出すのは不可能な光景だった。


「催淫効果のある魔法薬(ポーション)の発動条件は恐らく……アルコールの摂取でしょう。アイシャ嬢は何杯も飲まれたとおっしゃいましたし、貴方も殿下やリリオルザ嬢と乾杯されていた。

けれど、わたくしは……一滴も飲まなかった」

「何だと!? 貴様、殿下が手ずから差し出したシャンパンを、飲んでいたじゃないか!」

「礼儀ですから、受け取りはしますわ。ただ、どうにも酔いたい気分にならず……飲むふりをした後はずっと手に持っていただけです。

何せあの方、普段とは違い妙に上機嫌で、『今日はきっと素敵な夜になる。君にもぜひ味わってもらいたい』なんて、らしくもない事おっしゃるんですもの。

いつも侍らしている小娘は遠くからチラチラ(うかが)ってくるし、何かあると疑っても仕方がないと思いませんこと?」


 ちょっと、待って……小瓶を仕掛けた犯人は、ベアトリス様の薬物耐性を知っていて。彼女を好きではなかったチャールズ様が、一線を越えるに至る事情があって。そして…媚薬の発動条件である飲酒を、ベアトリス様に勧めていたのは……


「まさか……殿下が?」

「ご命令なのかはともかく、少なくとも計画の共犯者ではあるはず。お節介のつもりで用意したのが裏目に出たのでしょう。媚薬を回収したのは証拠隠滅のため……事情をどこまでご存じかは分かりませんけれど、ハロルド先生も協力者と言ったところかしら?

そもそもあのベンチ、敷地内では実に中途半端な場所に一つだけ置かれてましたけど、まだ王国では出回っていないタイプの物でしたわ。恐らくまだ商人ギルドが市場に出す前に所持していたのを直接買い取ったのでは…? だけど貴方個人の権限では、それは不可能なのよね」


 ベアトリス様は自分にとって残酷な推理を、よくこんな冷静に告げられるものだ。よりによって、婚約者が部下に自分を穢せと命令していただなんて。私だったら絶対耐えられない……と思って彼女がチャールズ様に向けた扇子に何気なく目を向けると、僅かにカタカタ震えている。


(ベアトリス様……!)


「違う、私が殿下を裏切ったのだ! あのベンチは……元々殿下がリリオルザ様と愛を語らうために特別にご用意された物を利用させてもらったんだ」


 うわ、それが本当なら嫌だな……いくら親しい間柄でも、お気に入りの娘といちゃつくために用意したベンチを部下が勝手にしけ込むのに使ってたら……もったいないけど、あの使用済みベンチには座りたくない。


「いいえ、貴方は殿下を()()()裏切れない。それがどうしてなのか、貴女にも分かるわね? この往生際の悪い男に説明して差し上げて」

「あっ、はい……その、カーク殿下とチャールズ様は五年前、『双鷹(そうよう)の儀』を執り行われました。これは王家の者と選ばれた従者が互いの魂を懸けて誓う、血の契約なのです…よね」


 え……尋問の次は授業の時間ですか?



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