第六話
「……いつの間に、私はこんなに弱くなっていたのかしら」
冷たい床を感じながら、蹲った状態の私は小さく呟く。
少し時間が経ったのもあり、今なら私の体は普通に動くだろう。
だが、起き上がろうとする気力は私にもうなかった。
胸を支配するのは、自分に対するどうしようもない情けなさだった。
ソーラスに殴られたあの時、今までの私であればきちんと反撃していただろう。
やられるままでいれば、商人としての成功などありえはしないだろう。
なのに今回私は、何もできなかった。
殴られ突き飛ばされ、挙句の果てには嘲られた。
そんなことをされれば、許せるものなんていない。
だったら、ここで惨めに倒れている私は一体なんなのか?
「…………っ」
情けない。絶対に堪えなくてはならない。
そんな私の想いを無視して、目から涙が溢れ出す。
嗚咽を堪え、必死で涙を拭う。
こんな所で泣いている場合などではない。
今から私は、あの公爵家を相手にしなければならず、それにはもう一刻の猶予もない。
それに、こんな姿を私を馬鹿にする使用人達に見られるのだけはゴメンだった。
……そう思っても、涙は止まらなかった。
目から溢れ出た涙が、冷たい床の上に小さな水たまりを作っていく。
「なんで、私は一人なの……?」
もう私には、弱音を胸に押し留め続けるだけの気力など残ってはいなかった。
今まで身体を蝕んできた孤独感が溢れ出す。
私の数少ない味方、マリーナや商会の人達が頭に浮かぶ。
縁談の際、お父様の名義で引き継がれた商会の人々は今何をしているのだろうか?
彼らと過ごした日々が頭によぎり、哀切が胸を締め付ける。
「……マリーナに、商会の人達に会いたい」
「お嬢、さま?」
──聞き覚えのある声が耳に聞こえたのは、その時だった。
「──っ!」
そんなことありえるわけがない、そう囁く声を無視して私は身体を起こし周囲を見回す。
「嘘……」
部屋の中、窓の近くに立っていたのは、2年ぶりの再会となるマリーナの姿だった……。