第四十六話
アルフォート視点となります。
「ふざけるな!」
顔を怒りで真っ赤にして立ち上がったソーラスが叫んだのは、次の瞬間のことだった。
手に持った書類を握りしめ、ソーラスはさらに叫ぶ。
「こちらが下手に出ていることをいいことに、亡国の負け犬が私を騙したのか? 私の善意に対し、悪意を返すとは、お前には貴族としての誇りはないのか!」
「ふぁ」
「……っ!」
私の知り得る限り一番貴族として最低な屑によるありがたい言葉に、私は欠伸を噛み殺す。
中々上手くかみ殺せたと思ったのだが、馬鹿にされていることには、さすがの馬鹿にも気づいたらしく、ソーラスはさらに顔を赤くする。
が、ソーラスは次の瞬間、嘲るような笑みを浮かべ口を開いた。
「よく見てみれば、ここにあるのは下級貴族との問題だけではないか! そんなものでこの侯爵家を本当に潰せると思ったのか?」
……これだけの量があってなお、強気でいられるソーラスに私は、感心を抱く。
公爵家であってもなお、これだけの書類を見せられれば破滅を覚悟するのだが、ソーラスはどうにかなると信じているらしい。
その勘違いを正す代わりに、私は再度鞄へと手を入れる。
「この程度の問題いくらでも揉み消すことができる! そもそも王家が侯爵家を潰すのを認めるはずが……」
「おっと、まだ書類を取り忘れていたとは」
「貴様、一体何……え?」
そして、ソーラスの会話を中断させて私がわざとらしく突き出したのは、数枚の書類だった。
私の行動に、一瞬ソーラスは怒りを顔に浮かべる。
が、その顔は私の差し出した書類に凍りついた。
その書類に記されていたのは、辺境伯との交易で侯爵家の金の巡りがおかしいことがはっきりと記されたこと。
つまり、言い逃れしようがない不正の証拠だった。
先程までの勢いから一変、ソーラスは急に無言になる。
だが、私の用意していた証拠はそれだけではなかった。
「これも忘れていた」
「──っ!」
悲痛に歪むソーラスの顔を見ながら、私が次に取り出したのは、王家の名を使って侯爵家が他の高位貴族を脅した証拠だった。
王家の名を使う、それは貴族には絶対に許されない大罪。
それを差し出されたソーラスの顔は、青をとりこして白くなっている。
そんなソーラスに、とどめとばかりに私は微笑みかけた。
「ああ、大丈夫。王家にはこれらの書類ももれなく渡している。──安心してくれ」
「……嘘、だ」
たった一瞬の間で、一気に老けたソーラスは椅子に力なく座る。
その様子を見る私の反応は、嘲りを顔に浮かべるでもなく、憎しみをぶつけられることに対する仄暗い喜びを覚えるでもなかった。
ただ、私は冷ややかにソーラスの様子を観察する。
これからソーラスが、どんな対応をしてきたとしても、それらを一から全て封じ込め、確実にソーラスの心を折るために。
二年間という長い間エレノーラを助けられなかった事実に、私は強い悔恨を抱いている。
が、その二年間は決して無駄な日々ではなかった。
全てはエレノーラを侯爵家から完全に解放するため。
そのために二年間蓄えてきた様々な切り札が、未だ鞄の中にはしまわれていた。
しかし、どうやらその切り札は使われることはなかったらしい。
「……頼む、もうやめてくれ。いや、辞めてください」
憔悴を隠せない様子で、机の上に額を浮かべたソーラスの姿。
それはもう完全に反抗する気が失せていて。
──それを認識した私は、ほくそ笑んだ。