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第四十三話

「……は?」


 アルフォートの言葉を私は信じることができなかった。

 エレノーラと公爵家に何か関係があったなど聞いたことがない。

 だからこそ、一瞬私は聞き間違いである可能性を疑う。


 だが、アルフォートの護衛と思われるフードの男が私へと差し出した書類に、私は自分の耳が正しかったことを知ることになった。


「提案を飲むならば、この書類にサインと刻印をお願いいたします」


 アルフォートが差し出したその書類は、貴族が離縁する時に記入する書類だった。

 その書類にエレノーラの名前は既に記入されおり、それを見て、ようやく私は理解する。


 アルフォートが本気でエレノーラの離縁をすれば、弁償額まで免除すると言ったのは、本気であることを。

 それを理解したからこそ、私は混乱を隠せなかった。


「……他家の人間のために、どうしてここまで?」


 エレノーラを離縁させるために、アルフォートがここまで手を尽くす理由が分からなかった。

 エレノーラの離縁が弁償額に見合うとはとうてい考えられない。

 だからこそ、疑念を隠せない私に対し、アルフォートは笑って告げた。


「そんな深い理由はない。ただ、マルレイア辺境伯に頼まれたことがあるだけさ」


「……っ! そういうことか」


 アルフォートが今までエレノーラを気にしてきた理由、それに私はようやく気づいた。

 あの忌々しい辺境伯の顔が私の頭によぎる。

 私が尋ねた時、あの男はしらをきったが本当はエレノーラに関して情報を知っていたのだろう。

 いや、あの男がエレノーラを匿っていたに違いない。


 そのことに思い至った私の胸の中、隠しきれない怒りが溢れ出す。

 いいようにされたこと、馬鹿にされたことにたいする怒りで、目の前が真っ赤に染まる。

 が、その怒りは、アルフォートから渡された弁償額の記された書類の前に霧散することとなった。


「……くそ」


 どれだけ辺境伯に復讐したいと考えても、今はそれどころではなかった。

 今はこの莫大な借金をどうにかしなくてはならない。

 そして、その手段は一つしかなくて……それでも私は決断することができなかった。


 エレノーラがいれば、いずれはこの金額以上を手にするのも難しくないだろう。

 それに、貴族社会から疎外されている今、エレノーラを失うのは避けたかった。


 しかし、もう私に選択肢は残されていなかった。


「なんで私がこんな……!」


 数分間の躊躇の後、私は震える手で書類にサインし、刻印を書類に押す。


 ……そして、私はエレノーラとの離縁が成立した。


 言葉にできない不安が私の胸に押し寄せてきたのは、その時だった。

 今まで何があっても侯爵家が大丈夫だと思えていたのは、エレノーラの存在があったからだった。

 それを失う喪失感は想像以上のもので、やり場のない感情を怒りに変えた私は、乱雑に書類をアルフォートへと投げつけ叫ぶ。


「これで思い通りか負け犬の末裔が! 気が済んだなら早くここから……え?」


 が、その私の言葉は途中で中断することとなった。

 そんな私にまるで気を使うことなく、アルフォートは床に落ちた書類を掴みあげる。

 そして、小さな笑みを漏らす。


「……ああ、ようやく。ようやくここまできた」


 そんなアルフォートを前にして、一瞬私は何が起きたのか分からなかった。


 いや、正確に言えば自分の前に誰がいるのか、分からなかった。


 ……それほどに、アルフォートの表情や雰囲気が、激変していた。


 何が起きたのか分からず呆然とする私を冷ややかに見つめながら、アルフォートは口を開いた。


「──これで、なんの遠慮もなしに侯爵家を潰せる」

次回からアルフォート視点となる予定です。

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