第二十五話
「エレノーラ様が不正の犯人? よくそんな戯言を口にできるな」
嫌悪感を露わにしてそう吐き捨てた辺境伯の纏う雰囲気に、私はただ呆然とすることしか出来ない。
先程までの気難しい老人の名残さえ、今の辺境伯には残っていなかった。
目の前にいるのは、隣国から戦神と恐れらる英雄だった。
辺境伯から向けられる殺意に、足から知らぬ間に力が抜け、私は地面に座り込んでいた。
今さらながら私は気づく、目の前の男は絶対に怒らせてはいけなかった人間だと。
喉の奥、引きつった悲鳴のようなものを漏らしながら、私は必死にあとずりしようとする。
だが、それを辺境伯は許しはしなかった。
辺境伯は片腕で私の胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせる。
私は反射的に抵抗としようとするが、背中を壁に叩きつけられ息が止まった。
「……ぐっ!」
恐怖のあまり、情けなくも目に涙を浮かべる私に辺境伯は告げる。
「この辺境を救い、その上で自分自身にはまるで対価を求めなかったあの少女が、不正の犯人だと? 貴様らはどれだけエレノーラ様を虐げれは気が済む?」
淡々と、けれど殺意と憎悪が込められたその言葉に、私はただ首を横に振ることしか出来なかった。
そんな私を見て、何を言っても無駄だと判断したのか、辺境伯は私の胸倉から手を離す。
「はっ、はっ」
地面に崩れ落ち、必至に酸素を貪る私を見つめる辺境伯の目には、敵意が満ちていた。
その敵意をむき出しに、辺境伯は告げる。
「私を訴えたければ訴えるといい。だがその場合はこちらも侯爵家の不正を訴えさせて貰うがな」
そして、そばにいた執事達に私達を屋敷から放り出すよう告げた後、辺境伯は部屋を出ていく。
……私とカーシャは、ただその後ろ姿を眺めることしか出来なかった。
次回から2話ほど、辺境伯視点入ります。