第十話
「……この場所では、誰もが私を嘲り敵視する。私はそんなに悪いことをしたの? 私は侯爵家のために必死に動いて来たのに、何で?」
もう私は、感情を制御することが出来なかった。
今まで心を蝕んでいた嘆きが、言葉となって嗚咽と共に溢れ出す。
「もう一人は耐えられない! 私は貴族になんかに産まれたくなかった! こんな孤独で誰もが私を敵視する世界にいたくなんてなかった!」
私の口から溢れ出すのは、あまりにも情けない弱音。
貴族社会で疎まれようが、家のために商会を立ち上げると決めた時、もう弱音ははかなず、生まれを嘆かないと決めたはずだった。
私は、そんな決意さえ守れない。
そんな自分をどれだけ軽蔑しようが、私の口が言葉を紡ぐのを辞めることはなかった。
「……私は全てから逃げ出したい」
……そして、とうとう致命的な言葉を、私の口は告げてしまった。
こんなことを言っても、マリーナの心に負担をかけるだけ。
ありえるわけがない望みだと、必死に口を閉じようとする。
でも、私のぼろぼろの心には、そんな命令を実行する体力さえ残っていなかった。
「私を下僕のように扱う侯爵家から! 私を道具だとしか思っていないお父様から! 私を強欲だと罵る貴族社会から!」
止まれと叫ぶ私を無視して、私の口はどんどんと言葉を重ねていく。
「お願いよ、マリーナ。──その全てから、私を全てから逃がして!」
その致命的な言葉を言った時、私の胸に浮かんだのは自己嫌悪だった。
マリーナの胸の中、嗚咽と涙を流しながら、私は強い後悔を抱く。
マリーナは私を逃がすと行ってくれたが、本当にそんなこと出来るわけないのだ。
それを分かりながら、彼女の心の負担しかならないことを言ってしまった。
弱い自分が、どうしようもなく情けない。
不可能だと分かりながら、なんでこんなことを言ってしまったのだろう。
……こんなこと言っても、マリーナの心を無駄に縛ってしまうだけなのに。
「お嬢様、ようやく私を頼って下さいましたね……」
「……え?」
そう思っていた故に、次の瞬間マリーナが耳元で囁いた言葉に、私は驚いた。
「お嬢様、今までお独りにしてしまって本当に申し訳ありませんでした。でも、もう私は貴方の側から離れません!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた私を、マリーナは身体が痛くなるほど強く抱きしめた。
「そのために、私はお嬢様と離れて2年間の日々を過ごしてきたのですから!」