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旅立ちに鐘を・今こそ役者は舞台の上に

「はぁっ……!、はっ…………見えたっ!」


 ――――徒歩で二日の距離を、後先考えずの全力疾走で半日にまでの短縮に成功。

 息を切らし、木々の上を飛び跳ねながら、遂に目的を視界に収める。

 夜闇が一層深く、妖しさを纏い、人々の隙を魔が付け狙う時間帯…………深夜。


 駆け出し三ヶ月の女性冒険者が何故そのような荒技を行使可能で、かつ成功させたかは一先ずおいておくとして…………。


「…………! そんなっ――――」


 月と星々の僅かな灯りで映し出された光景は、彼女に絶望を予感させた。

 街に通じる方面は無事なものの、砦は半壊。一体、いかなる攻撃、どれほどの物量で押し入られ、破壊されたのかは不明。


 砂の城、積み上げた石、木組みの玩具…………。辺境の、さりとて堅牢を謳う砦がこうも蹂躙されている。

 か細く立ち昇る煙が、既に手遅れなのではないかと不安を駆りたて、心臓をきゅうっと締め付けた。


「――――先輩っ!」


 それでも。それでも、敬愛する彼女であれば。

 一縷の望みに縋って、まだ諦めるなと己を鼓舞し、物見の為に登った木から飛び降りて。


「ふっ――――――――熱っ!?」


 見惚れるほどに綺麗な着地を決めたと同時、腰に下げた革袋に異変。

 革越しから伝わる激しい熱に驚いて、中身を漁れば…………。


「これ…………トランジェスター?」


 手にはずっしりとした六角形の台座。

 彼女の求めていた“召喚疑似傭兵”と同じ名を関する謎のアイテムが発熱する本体。


「何で…………あっ」


 革の手袋をしていても尚、肌を刺激する温度。

 闇夜の中でしげしげと眺めれば、異変はそれだけではないと気づく。


「光ってる?」


 黒い六角形の台座。表面に嵌め込まれた七つの宝石。その内の一石。

 中央に堂々と居座る朱色が、煌々と、燃ゆる焔の如く激しい光を放っている。

 他の六つは何の反応も示していないのに。


「…………」


 女性冒険者はその朱に暫し魅入られ、動きを止める。

 何か、そう何か。遠く離れた何処かから、今この場にいる自分へ。

 語りかけて来るような…………呼び掛け。物理ではなく精神的な干渉を感じて――――――――。


「――――ッ!?」


 ――――ドォンッ!

 もう少しで取っ掛かりを掴みかけたその時、轟音と供に砦から煙が上がる。

 彼女は即座に台座を革袋へしまい込むと、焦りを抱きつつも躊躇なく走り出す。


 ――――どうか、間に合いますように、と。


――――――

――――

――


「――――()ッ」


 意味をなさなくなった天井から射し込む月光。

 神秘的な輝きは舞台上の配役を照らす。崩れた砦の中、未だ心折れぬ鋭き刃を。


 銀の刃を操るは、これまた銀で武装した女性騎士。

 ――――と言っても、三日…………いや、そろそろ四日に到達する戦闘時間。

 四日も持たせたと言えば聞こえは良いが、立派だった全身鎧は損壊し、邪魔になるのならと、使えぬ部分は脱ぎ捨てていた。


 ――――兜ももうそろそろ限界か。


 軽装になって防御力が落ちた変わりに得た身軽さで、彼女は舞う。

 迫りくるは大小様々な獣。この世界において“魔物”と称される生物。


 魔物は名の通り“魔”の物。先天的に“魔術”を行使可能な肉体を持ち、変異した生物の総称。

 石畳を蹴る二足歩行の獣と、淡く発光しながら飛ぶ鳥の群れ。

 各々が強くなくとも、“身体強化”や“弱点克服”に“魔力”を振り分けて襲いくれば、それは“災害”に匹敵する驚異に他ならない。


「――――()ァァァァァッ!!」


 騎士は右手に剣を構え、左手を刀身へ滑らせる。

 すると、激戦に次ぐ激戦でボロボロだった刀身は見る見る内に鋭さを取り戻していき――――――――。


『ガァッ!?』

『ギィィっ!!』


 魔物の群れを縫うよう駆け抜けて――――――――響いたのは人外の断末魔。

 二足型は尽く首を刎ねられ、鳥型は見事と言いようが無いほどの真っ二つ。


「ふぅ…………冒険者時代に手に入れた“魔剣”がなければ、今の私はないな全く…………」


 女性騎士がやれやれと、残心しながらも一息吐く。

 月明かりを反射し煌めくは得物は“魔剣”。魔法を刻み、練り込まれ鍛造された兵器の一種。

 

 彼女が携える剣に込められしは魔法は“再生”。

 刃が欠ける度、魔力を代償として何度でも治る“鍛冶屋泣かせ(すぐれもの)”。

 加えて、一時的ではあるが、刀身に魔力を付与し属性を与えることも可能。


 代わりの代償として、剣としての強度はそれほどでもなく、“名剣”や“伝説の武器”と称えるには些か頼りない。

 ――――だとしても、女性騎士がこの四日を生き延びている理由はまさしく魔剣のお蔭である事に違いはない。


「…………むっ」


 パキッと音を立てて、銀兜の一部が遂に剥がれ落ちた。

 それなりの年月を供にした防具ではあるが、壊れてしまったものは仕方ない。

 剣を持っていない左で無造作に掴み、取り外す。


 夜の冷たさと月明かりにその素顔が晒される。

 真っ青な長髪と裏腹に、真っ赤に燃える瞳。その唇は真一文字に結ばれ、綺麗な顔立ちを引き立て、凛とした雰囲気を醸し出す。


 彼女を慕う未熟な女性冒険者とは違って、成熟した大人の女性だ。


「おっと――――――――」


 カランと。前触れなく、首から下げていた布袋の紐が切れ、壊れた鎧の隙間より中身が零れ落ちた。


「――――これだけは、壊れても捨てられないのだがな」


 落としたそれを手に取り、想い出を慈しみながら微笑む。

 その手に収まるのは――――――――()()()()()()()()


 表面には大きな亀裂が走り、今にも砕けてしまいそうなそれ。

 かつて、冒険者であった頃の彼女が手にした――――――――“希望”。


「――――“プライド”。キミは今、どうしているのだろうか?」


 此処が戦場の只中である事を僅かに忘れ、空に浮かぶ月へ想いを馳せる。


 それが――――――――隙。


 直後に女性騎士と月の間に大きな影が射して――――――――ドォンッ!

 ――――想い出と彼女と、砦を砕く音が轟いた。

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