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旅立ちに鐘を・種撒きのフォートレス

「はぁ…………」


 長身の女性冒険者が溜息を吐いて街を歩く。

 今現在の心境が現れているのか、燦々と照らす太陽の下ではなく、影側を。


 とぼとぼと足取りに力なく、表情は当然冴えず。

 何処をどう通ったのかも解らないまま…………気付けば、教会の前。

 ――――を通り過ぎて、近くに植えられた大きな樹の下へ。


「先輩…………大丈夫かな?」


 木へ背中を預けつつ、呟いたのは心を占める悩みごと。

 今もきっと西の砦で戦っているであろう、先輩に当たる人物。


「西の砦が襲われて、今日でもう三日だろ? 今頃、どうなっているんだか」


 砦が魔物の群れ…………いいや、軍勢と言って差し支えないほどの物量に襲われたと聞いたのは早朝。

 冒険者としての依頼を果たし、今日は一体何を食べようか――――――――なんて。

 暢気に考えながらギルドに併設された酒場へ赴いた時だ。冒険者達のひそひそ話を聞いたのは。


「(居ても立っても居られずに依頼を出したのは良いけど…………)」


 結果はご覧の有様。報酬が払えないのでは話にならない、と。

 普通であれば、正式な砦の救援依頼が国からギルドへ出てもおかしくはない。


 ――――が、遠く離れた辺境の地に、緊急事態への即座対応可能な設備も人員も居ない。

 平和に慣れすぎたのか、それとも…………既に自国ですら防衛出来ぬほど国力が衰えているのか…………。


 仮にそうだとしても、今まで何とか出来てしまっていたことも原因の一つかも知れない。

 元々、王国からの援助が少ない土地柄。住み着いた住民達が警備団を設立し、魔物を討伐し、徐々に発展していって…………。


 気付けば、冒険者ギルドやトランジェスター斡旋協会なんかも進出してきて、戦力を運用する構図と基盤が固まった。


「――――“辺境一の冒険者の街”…………。こんな、肝心な時に動けないくせに、何が…………」


 きつく唇を噛み、拳を握って悪態をつく。

 憧れの、今は王国騎士団の一員となった先輩が、かつて滞在していた街。

 此処に来ることになった経緯は、やはり先輩の一言がきっかけで…………。


「――――諦めていないのなら、また来年頑張りなさい。それまでは冒険者として腕を磨いてみるも良いかも知れないわ」


 ――――私もそうだったから。

 入団試験に落ちて、そう励まされてから三ヶ月前……。

 

 目を瞑れば、その間に起きた様々なことが脳内を巡る。

 

 どんなに弱い魔物であっても油断したら、痛い目をみると言う教訓。

 誰かへ手を差し伸べること、助け合うことの大切さ。

 冒険に挑む勇気。人々と触れ合い、想いを共有し合う喜び。


 そして、今…………今は孤独だけれど。

 それでも、想い出は今までの経験を“強さ”として彼女の心を補強してくれた。

 だから――――――――。

 


「――――はい、諦めません先輩……。もしもの時は、私一人でも――――」


 悲壮な覚悟と、前向きな決意を固めた時…………だった。


「――――お探しですか?」

「――――えっ」


 真横から聞こえた声に、慌てて顔を向けると、そこに居たのは。


「…………シスター?」


 黒い衣装に白い被り物、首から下げた十字架の少女…………だろうか?

 長身故に、女性冒険者は自分より背丈の低い相手の年齢を測るのが苦手であった。

 顔や身体つきを見ればまず間違えることはないが、今回は特に戸惑った。


 背は低くはない、女性としては平均的な部類。

 体付き…………全身が黒い衣装で覆われている為、正確なところは解らないが――――胸は大きい、明らかに。

 一瞬だけ真顔になり、悔しさと虚しさに苛まれそうになったが…………首を振って正気を呼び戻す。


「お探しですか?」

 

 一人で葛藤する彼女をよそに、シスターはもう一度訪ねた。

 声は若い。これが一番、少女っぽさを醸し出している。


 そして、初めて彼女の顔をハッキリ覗き込んで…………困ってしまった。


「お探しですね?」


 返答していないのに、そう言って微笑む修道女。

 顔つき…………綺麗な顔立ちではある――――――――両目を覆う灰色の布がなければ、そう断言できたとも。


「あの…………私に何か?」


 困惑が必要以上に表へ出てしまわぬよう細心の注意を払いつつ、女性冒険者は僅かな違和感から警戒心を覚えていた。


 ――――こんな子が、教会にいただろうか?

 僅か三ヶ月、依頼で街を空けることも多かったから、実質二ヶ月とちょっとの滞在期間。


 それでも、教会にこれほど特徴的な人物が居て、噂の一つも聞いた事がないなんてあるだろうか?

 胸の大きいシスターなんて、男性冒険者がする猥談で的にされそうなものなのに。


「お探しなアナタに、贈り物」

「――――っ」


 聞こえているのか、いないのか。淡々と一方的に話しかけてくる彼女は得体が知れない。

 反射的に後ずさりしようとするが…………背後は木。

 逃げ場を喪った自身へ、黒い腕が伸びてきて――――その白い手に。


「これ、何……?」


 少女の小さな掌を覆い尽くすほどに、黒く分厚い…………六角形。

 表面には各々、形も大きさも、色も違う石…………いや、宝石だろうか?

 嵌め込む為に加工を施した訳でもなく、無理やり埋め込んだと言う印象を受ける意匠。


 数は…………七。七色の宝石。台座となる六角形の黒を含めれば八色。

 異様な雰囲気を放つそれに警戒心を覚えるべきなのに、何故か目を奪われて…………気付けば、両手でそれを受け取っていた。


「――――“トランジェスター”」

「え――――――――あっ」


 囁かれた“単語”に釘付けの呪縛を解かれて、台座から少女へ視線を戻すも――――――――そこにもう誰の姿もなく。


「それの名前」


 ただ、声だけが質問に答えるのを耳は確かに聞き取っていて。


「トランジェスター…………これが?」


 力を借りたかった“召喚疑似傭兵(トランジェスター)”……。

 全く同じ名前を持つ六角形の台座を、唖然とした表情で、一体何の関係があるのかと、彼女が思索にふけようとした――――――――瞬間。


 ――――――――ドォォォォォンッ!


 遥か西の空より、轟音と土煙が舞ったのを合図に――――――――彼女は駆け出すのだった。





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