旅立ちに鐘を・無謀と知りつつも尚、冒険者は動く
利用者の少ない時間帯と言うのは、どの様な店、施設でもある。
「――――どうかっ、お願いしますっ!」
昼下がりの“トランジェスター斡旋協会”も例外でなく。
故に、ラウンジに集まる数名の冒険者達の談笑を、切羽詰った声が遮ったのも無理はない。
焦燥を伴い、真剣味の増した声に驚かされ、受付に目を向ければ、大柄な女性が受付嬢に頭を下げ続けている。何度も、何度も、繰り返し。
お願いします、お願いします…………と。
何やら異常ならざる空気を感じるが、この場に集う者である以上、彼女も冒険者であるのは疑うべくもない。加えて、雰囲気からして熟達しきっていない様子が見て取れるなら、尚更、おかしい事はない。
外見は情報。時に金すら払い、逆に買えぬことすら有る貴重な判断材料。
今回に限れば、彼女の情報はその場に居たものなら誰でも取得できる類のもの。
まず、大柄と言ったがそれは長身と言うこと。男の、大の大人すらも圧倒しかねない背丈。
服装は軽装、革鎧に革靴、革のグローブ……。駆け出しの冒険者が先ず揃えるであろう安価な品。
鉄製の防具が一つとしてないのは、戦闘スタイルの都合上が、さもなくは新人冒険者らしく金欠か。
この場合は――――後者、と考えるのが自然…………。
――――いいや、早急に判断することなかれ。
装備はどれも使い込んだ跡があり、ただの初心者ではなく、ある程度の経験を積んだと推察できる。
最も、それも“おさがり”と言う可能性がある為、もっと観察する必要はあるが。
今尚、必死に頭を下げ続ける長身の冒険者をもう一度見やる。
身長は高く、スラッとした身体付きはキチンと食事をとっているのかも怪しい。
けれども、肌の色や顔つきを見ればそれは心配ない。健康的な肌色、頬も痩けていなければ、隈も見当たらない。
何より髪は艷やかな黒。真横の髪はスラリと伸びたままで、後ろ側だけお団子状に纏めている。
窓から差し込む光が髪を照らせば、その艶やかさは遠目にも鮮やか。
何かと生活に苦しい新米冒険者が、常に身を綺麗にしておくことは、心がけていても中々出来ぬこと。
そして、容姿そのものも中々に良い。
可愛さ、綺麗さ。そのどちらかに寄った顔立ちではなく、絶世の美女クラスは遥か彼方。
しかし、逆に言えばどちらも兼ね備えたいいとこ取りの中間点。
絶世でなくとも、十分異性に限らず同性の目を引くであろう。
次に肉付き。細身の長身だが、痩せ型ではなく、無駄な脂肪は極力省いた構成。
徹底的に最適化と効率化を求めた結果、胸部までもがスラリとしているが、そこは突っ込んではいけない。
最後に声。やや低めだが、心地よい声音。
口にする言葉一つ一つに想いが込められ、聞くものの胸を打つことだろう。
そう――――――――今も。
あまりの真剣さと、申し訳無さで…………受付嬢が申し訳無さそうに縮こまっているほどに。
「か、顔を上げてくださいっ。なんとかっ、なんとか掛け合ってみますから!」
そう言っても頭を下げたまま動かない冒険者に、受付嬢は困り果てていた。
無理難題…………とは、彼女の真剣さの前では口が裂けても言えないが――――。
――――依頼内容。
西の砦にて魔物の群れを押し留めている王国騎士団の救援。
――――依頼報酬。
現在、依頼に見合う“知識”なし。成功時には騎士団に掛け合ってみるとのこと。
「(正直、難しいですよね…………)」
決して表には出さず、内心で溜息を吐く。
“トランジェスター斡旋協会”も慈善事業ではない。
内容と釣り合う報酬を提示できないのでは、“チキュウ”の“キギョウ”と交渉すら出来ない。
ましてや、これは間違いな女性冒険者の独断。
国からの正式な応援要請であるならば、また話は違う。
だが、そう言った書状がある訳でもなくあくまで個人による書類での申し込み。
そうでなくても、依頼が依頼であるのに報酬の支払いが不確定。
おそらく、彼女は“冒険者ギルド”にも同様の依頼を持っていたのだろう。
――――依頼報酬は『成功後、騎士団に掛け合う』と、書いて……。
でも――――――――結果は言うまでもない。
冒険者こそ慈善事業ではないのだ。命を賭けるに値する見返りがなければ、受ける理由はない。
だからこそ、金銭ではなく“知識”でやり取りする“トランジェスター”を頼みの綱にした。
――――しかし、それも見込みは薄い…………が。
女性冒険者の必死な態度を見せられて、何もしないでは受付嬢も寝覚めが悪い。
ましてや、西の砦の噂は彼女の耳にも届いている。
もうかれこれ三日が経過…………。この街から徒歩で約二日だが、砦から王都までは馬でも約一週間。
辺境に配置された砦の弊害、とでも言うべきか? いや、その間に点在する街に、支部や派遣する部隊が無いことも問題を悪化させている。
対応の遅さは平和ボケが続いていた悪影響…………。
それがこんな辺境の地に押し付けられているなど、笑い話にもならない。
「――――よしっ!」
ガタンッと、勢い良く椅子から立ち上がった受付嬢に、女性冒険者が驚きに身体をビクつかせた。
『あっ、ご、ごめんなさい』と謝ってから、彼女の肩を叩き、笑いかける。
「話は解りました。砦の問題を放っておけば、いずれはこの街にも被害が出るかも知れません。微力かも知れませんが、支部長に掛け合ってみますので、時間を頂けないでしょうか?」
優しく、丁寧に。迷える子羊にシスターが語りかけるが如く。
柔和な笑みを浮かべて言えば、効果は二倍。そっと顔を上げた冒険者も、少しだけ安堵した表情を浮かべ――――。
「――――――――よろしく、お願いします」
もう一度、深く、深く頭を下げ、扉へ向かう。
扉を出る前にもう一度振り返り、お辞儀をして――――――――パタン。
「…………ふぅ」
静かに閉まった扉に気が抜けたのか、思わず漏れる息。
厄介、だとは欠片も思ってはない。不安なのは期待に応えられるのか、と言うこと。
それと、もう一つ。警戒しておくべき事がある。
「“違法トランジェスター”に目をつけられる前に説得を成功させないといけませんね」
――――“違法トランジェスター”。
“冒険者ギルド”でも、“トランジェスター斡旋協会”でも力を借りられない場合……。
彼らを頼りにする人々は少なくないし、違反者達もまたそう言った相手につけ入るものだからだ。
「嗚呼、守護の神よ。どうか彼女が“彼ら”に出会わぬよう、巡りを司る神を妨害してくださいまし。特に――――」
――――“フォートレス”とは絶対に遭遇しないよう、取り計らって下さいませね?