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新希望ヶ丘青春高等学校物語  作者: 大橋 むつお
22/53

22・新入部員さくや・2

新希望ヶ丘青春高等学校物語・22

『新入部員さくや・2』     



 乙女先生の最初の授業は一年生だった。


 生徒は全員教室に着席、指示もしないのに、日直とおぼしき生徒が「起立! 礼! 着席!」と号令をかけ、みんなが一糸乱れずやったことにカルチャーショックを受けた。

 入学式で、まあ、大人しめの子達だと感じたが、規律心が高いのに感心した。


 しかし、よく見ると、多くの生徒が、不安で落ち着かない気持ちを抑え込んでいることがよく分かった。先日来の学校の混乱を、一年生なりに敏感に感じているのだろう。

 乙女先生は、サラサラと黒板に図を書いた。



     >  A  <



      < B > 



「AとBのカッコで括られた空間、パッと見い、どっちが広いと思う。ハイ、どっち!?」

 生徒に手をあげさせると、Aが広いとするものが圧倒的に多かった。

「ほんなら、日直。ここに来て、このメジャーで測ってごらん」

 日直の男子は、赤い顔をして計りに来た。

「……え……?」

「5ミリ以下は誤差と考えてね」

「どっちも同じです……1メートル」

 生徒達から「ええ……!?」という声が上がった。

「あんたらは、<とか>いう記号のせいで騙されてるんです。<をどっちむけに付けるかで、見え方が全然違う」

「ああ……」という納得した声が上がった。中にはノートに図を書き、自分で確認する生徒もいた。


「ええか、勉強いうのは、こういうことや。世の中のことは、たいがい<が付いてる。むつかしい言葉でバイヤスという。このバイヤスを見抜く力を、あんたらはこの三年間勉強するんや」

 それから、乙女先生は、サラサラと世界地図をフリーハンドで描いた。

「おお~!」

 というどよめきが起こった。これは、生徒達が、これが世界地図だと分かり、それをフリーハンドで描いた事への、素直な驚きであった。前任校の生徒は驚かなかった。世界地図であることが分からなかったからである。

「あんたらは、世界地図と分かったから驚けてる。この半島はなんていう?」

「はい、C半島です」

「このC半島の国では、日本の評判が、チョト悪い」

 すると、あちこちで、C半島のことを噂する声が上がった。

「うん、あんたらの気持ちも、よう分かる。悪口言われて喜ぶアホはおらんもんなあ。せやけどな、このC半島にある国は、過去一回だけの例外を除いて植民地になったことがない、世界で一つだけの半島国家や」


「へえ……」


 静かに感心した声が湧いてきた。

「いま、ここにある国は、反日であることで、民族やら国家の統一やら団結を維持しよとしてる。そない分かると、ちょっと反日の聞こえ方が変わってくる」

「ああ……」

「と、簡単に納得すんなよ。たとえ、そんな理由があったとしても、ちゃうことはちゃうと言わならあかん。ただ、どういうとこにバイヤスがかかって、そないなるんかという理解は必要言うこっちゃ」

「な~る……」

 生徒は、完全に乙女先生のペースに巻き込まれた。

「大阪は、150年ほど前までは、日本一の街やった。東京ができてから、値打ちが下がった。特に教育において、その傾向が強いと言われてる。それで、『特色ある学校づくり』とか『人間力のある教育』やら言い始めてる。で、君らは気の毒に、その真っ最中に、この希望ヶ丘青春高校に入学した。今、大阪の高校はバイヤスがかかってる。君らは、そのバイヤスを見つけ、また、逆に利用して勉強したらええ。バイヤスこそが勉強の活力になる!」


「「「「「「「ハイ!」」」」」」」


 生徒達は、乙女先生のロジックにひっかかり、入ったばかりの学校の混乱や自分たちの不安さえ、前進する力に替えてしまった!


 始業の時は、チャランポラ~ン チャランポラ~ンと聞こえていたチャイムも、しっかりキンコンカンと聞こえて授業は終わった。


「すみません、佐藤先生」

 かわいい女子生徒が寄ってきた。

「なに?」

「これ、演劇部の入部届です。先生顧問やから、受け取ってください」

「え、ウチ、演劇部の顧問?」

「はい、そないなってますよ」

 乙女先生は、バレー部の副顧問だと、思っていたが……たしかにオリエンテーションのパンフには、乙女先生が演劇部の主顧問になっていた。こういう事には頓着しない性格なので、あっさりと受け取った。

「先生の授業、とても分かり易いです。ほんならよろしくお願いします!」

 ペコンとお辞儀して、女生徒は行ってしまった。


 あらためて見ると、墨痕鮮やかに「石長さくや」と書かれていた……。



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