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新希望ヶ丘青春高等学校物語  作者: 大橋 むつお
16/53

16・乙女先生のデビュー

 新希望ヶ丘青春高等学校物語・16 

『乙女先生のデビュー』    



 結果的に順序が逆になってしまった。


 生徒の懲戒に関しては、補導委員会の決定を校長に報告して了解を得てから、保護者を呼び出し懲戒内容を伝える。しかし、今回は、その前に保護者である手島和重がやってきて、さんざん拗れたあとの報告になってしまった。

 梅田と教頭の誤算であったとも言える。指導忌避による停学三日なので、懲戒としては軽いもので、保護者も簡単に受け入れ、事後報告で済むと思っていたのだ。


「この懲戒内容は撤回してください」


 校長は落ち着いて(はらわたは煮えくりかえっていたが)指示した。

「停学三日程度の懲戒で、校長さんが異議差し挟むことは前例がおまへんけど」

「しかし、本人も保護者も、この懲戒には納得していないんでしょう」

「しかし、指導忌避の事実は……」

「道交法の進行妨害、刑法上の威力業務妨害、傷害、逮捕監禁、証拠隠滅まで、言われてるんですね。証拠写真まで付いて、相手は本職の弁護士だ。勝ち目はありませんよ」

「そやけど、センセ」

「メンツなんて、どうでもいい。これ以上言われるなら、職務命令にしますが」


『いや、分かって頂ければいいんです。名前に負けない、希望ある青春の高校にしてください』

 梅田が不承不承かけた電話の向こうで、栞の父が明るい声で言った。

『娘に代わります』

『もしもし、梅田先生。じゃ、わたし、明日から学校に行きますから』

「ああ」

『建白書は改めて、父と連名で、直接校長先生に内容証明付きの郵便で出しますので』

「ああ」

『えと、それから、懲戒については校長先生ご承知だったんですか?』

「あ……ああ、むろんや。懲戒は、学校長の名前で行うもんやからな」

『そう……念のために申し上げときますけど、これ事務所の電話なんです』

「それがあ?」

『事務所への電話は全て録音されてます。それでは乙女先生によろしく』

 梅田は、栞が切るのを待って、忌々しげに電話を切った。


「あら、立川さん、電話の調子悪いんですか?」

 朝一番に来た乙女先生は、自分よりも早く来て、電話をいじっている技師の立川に驚いた。

「はあ、事務から、生指の電話が通じないて言われましてね」

「だれかが、乱暴に扱うたんとちゃいますか」

「ハハ、この学校、名前は新しいですけど、施設はS高校のまんまですからね、どれもこれもポンコツで……こりゃ、交換だなあ」

 立川は、手際よく電話を交換しにかかった。

「まあ、終わったらお茶でもどうぞ」

「こりゃ、どうも……乙女先生……」

「どないかしました?」

「いや、まるで、新採の先生みたいですなあ!」


 今日は、午前中始業式。午後は入学式である。着任初日は校長から保険のオバチャンと間違われたので、精一杯のおめかしである。二十二歳の新任のころからスリーサイズは変わらない……と自認する乙女先生は、新任のころから勝負服にしているピンクのスーツ姿であった。地元岸和田の小原洋裁店であつらえたもので、「本人の心がけ次第では一生もんだっせ」と、女主人に言わしめた一品である。


 新転任紹介では、真美ちゃん先生と同じくらいのどよめきが生徒達から起こった。


 ただ校長の一言が余計だった。


「新任の天野真美先生は『新任ですでビシバシ鍛えてください』でしたが、佐藤先生は、こう見えても、本校が三校目というベテランです。諸君ビシバシ鍛えられてください。一年生の生指主担と、三年生は日本史の授業でお世話になります」

 仕方がないので、乙女先生は習慣で一発かました。


「全員……起立!! 気を付け!! 休め!」


 ドスの効いた声で号令をかけた。まるで本番前に円陣を組んだAKBのたかみなのように気合いが入っていた。なお「たかみな」と言うのは本人の意識で、校長などは若作りの天海祐希ぐらいに思った。

「ウチは、岸和田生まれのバリバリの河内女です。乙女なんたらカイラシイ名前やけど、意味は六人姉妹の末っ子で、オトンが『また女か』言うて落胆して、腹いせに「とめ」とつけよった。あんまりや言うんで、上のネエチャンが、「お」を付けてくれて漢字にしたら乙女てなカイラシイ名前になりました。岸和田でほったらかされて大きなったよって、多少荒っぽいで。まあ、よろしゅうに……着席!」


 生徒もビビッタが、真美ちゃん先生の顔がひきつったのにはまいった。早く免疫を持ってもらわなければと思う。


 思ったより当たり前の生徒たちに見えたが、目に光がないような気がした。

 その中で、ただ一人、二年A組の中頃からオーラを感じた。チラ見した乙女先生は、それが手島栞であることが、すぐに分かった。



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