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三題噺・親子の時間

作者: 月咲シン

・出されたお題「トレンチコート」「雨」「透け」 (ぇー




 次の日曜日に、父と遊びに行く約束をしていた。

 父は多忙な職場で家を空けることが多く、一日に食事する回数よりも顔を見合わせる回数の方が少なかった。

 だから私には春休みや夏休みといった学校の長期間の休みでも、父と旅行に行くことはおろか、近場の公園にすら一緒に出かけたことがなかった。

 その原因の一つに、母がいないことも含まれるだろう。私に不自由な生活を送らせないために、夜遅くまで働き、朝早くに出かける。そんな想いもあったのだろうと、自惚れ出なければ父の背中からそう感じられた。

 でも、寂しかった。辛かった。苦しかった。

 切なくて、胸が張り裂けそうなほどに痛くて……母の温もりだけでなく、父の温もりでさえ忘れてしまいそうで、怖かった。

 だから、約束した。

 深夜、睡魔の襲う瞼を懸命に擦りながら父親を待ち、玄関先にいた私に驚いた顔をしていた父に「遊びに行きたい」と初めて我儘を言い、もう一度驚いた父の顔は今もよく覚えている。


――分かった。じゃあ、遊園地に行こうか。


 仕事場では眉間に皺ばかり寄せている父親が、この時ばかりは朗らかに、柔らかに微笑みを浮かべてそう言った。

 そして今日、その約束の日。

 待ち合わせの時刻は、午前九時。

 今現在の時間は……正午、五時。


「……」


 ゲートから僅かに離れた木陰で、私はただジッと父親を待っていた。

 作ってきたお弁当は、昼食はおろか夕食変わりとなっている。

 いや、それすらも最早怪しい状況ではあるが、信じたくなかった、信じられなかった。

 受付の人から既に何度も心配そうな声を掛けられているが、その度に首を振って「大丈夫です」答える愛想笑いも、そろそろできなくなってきた。

 胸に募った不安はすでに溢れんばかり潰れそうで、繋がらない携帯に絶望の色だけが迫っていた。


「大丈夫」


 そう自分に言い聞かせ、待つこと更に一時間――それでも父は、やって来ない。

 やがて神様も待ちくたびれたようで、欠伸でもしたのか、ポツリ、ポツリと涙が雫となって空から降ってきた。


「大丈夫…だよね」


 傘などない。必要ないと思った。アトラクションの中にせよ、帰りの電車の中にせよ、室内で差す必要性などないからだ。

 地面ばかり見ていた視線をゆっくりと空に向ける。まさに今の自分の心境を表現しているような、空虚な黒雲。

 頬を流れる雫は、きっと涙ではなく雨に違いないだろうと、そう思う。


――帰ろうか、な…。


 諦めの踏ん切りがついた所で、踵を返して帰路へと身体を向けた瞬間――くたびれたトレンチコートが頭上を遮った。

 それはまるで傘を差すかのように、見上げれば待ち望んだスーツ姿の父が、私を雨風から守るようにコートを手で覆っていた。


「――ごめん」


 そう父は言った。あれだけ待ちぼうけを受けて、放った言葉はたったの三文字の謝罪。

 会ったらどう言おうか、怒ろうか、殴ろうかさえ考えていた不満が……父の本当にすまなさそう顔を見て、荒れていた心の水面が途端に治まっていった。


「――いいよ」


 だから私も返した。同じ三文字で赦免を。微苦笑を浮かべて。


「ほんとうに、ごめん」

「わかったら、いいよ」


 コツン、と額を父の胸に当てる。

 透けた服から白い柔肌が覗き出て、下着が薄らと腰の括れと共に浮かび上がっていた。

 それに気づいた父が、ギュッと優しく抱き締めてくれる。久しく感じた父親の体温は温かく、忘れていなかったことに安堵した。


「じゃあまずは、お土産屋で服の調達から周らないとね」

「……でも、もう閉店まで三時間しか」

「ううん」


 私は笑って答える。辛い思い出や苦しい思い出は、楽しい思い出を何倍にも輝かせるものだと信じて。

 だからそう、大丈夫。きっとずっと、進んでいける。


「まだ、三時間もあるんだよ!」


 信じていれば必ず――叶うと知って、しまったから。



〈後書きっぽいもの〉


 はちみつシロップよりも甘いがな(′・ω・‵)

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