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木登りは仕様外

 俺は今、順調に雲より高い大樹に登っている。

 登ってはいるのだが、凄まじい違和感が、ある。


 まず、足を使っていない。

 そして、どこか引っかかりなどがなくても、掴もうと意識している間は手が吸い付くようにしてピッタリと動かなくなる。


 その状態でこの大樹を俺より下に移動させよう、と思いながら腕を下げると、当然大樹が動くわけはないのだが、代わりに俺の身体が持ち上がって、相対的に大樹が俺より下に移動した事になる。


 屁理屈、もしくはトンチを体を使ってやっている感覚だ。


 ただし、右手と左手で同時に大樹を掴む事が出来ない。右手では吸い付くように大樹に触れている時、つまり掴んでいる時、左手でも大樹に触れる事はできる。しかし掴もうとすると急に同じ磁極どうしを強引に近づけている時のように反発されるのだ。

 どうやら左手でもマウス操作の代わりを行えるようで、それが原因になっているのだろう。


 これは右手で大樹を下ろす、もとい自分を持ち上げた場合、左手で大樹を掴む直前に一瞬だけ右手を離すという力技で解決した。

 おそらくだが、そういうソフトを後から追加しなくてはパソコンの処理の上でマウスカーソルを同時に二つ以上置く事ができないという、ゲームとかよりも根本的なパソコンの仕様の弊害だと思われる。


 えらく微妙なところまでいろんな仕様を、というかパソコンの動作まで細かく現実の身体に落とし込んできているが、不便だったのは操作……ではなく、体の動作に慣れない最初のうちだけだった。


 違和感はまだ消えないものの、先にも述べたとおり掴んでいると意識している間はどんなにありえない平面を掴んでいても吸い付いて離れない。

 手を滑らせる、という事が一切ないのだ。


 そして右と左で持ち替える為に手を離すのだって、一瞬だけでいい。俺の肉体が自由落下を始める前に持ち替えてしまえばそれでいいのだ。


 あとは左右の手で交互に大樹を持って下ろす、と意識をしながら自分の身体を持ち上げていけば、見た目上でも実質上でも木登りが完成する。


 セコンドテラというゲームの仕様、パソコンの仕様を踏襲したせいでついた行動制限のハズなのだが、逆手に取ればむしろ便利だ。

 上下だけでなく、左右に移動したい時もこの応用で簡単だ。なにせ両腕は地球に居た時とまったく同じ可動域なんだから。


 こんな調子ですいすい登ってきて、既に森に生えている他の木々のてっぺんは越えてしまったが、まだ川らしきものは見えていなかった。

 角度的にも、もっと上へ行かないとみえなさそうだし、この巨大樹のてっぺんに居た緑色の人型の事も非常に気になっている。


 しっかし……もう一○○メートルは登ってきてると思うんだけど、雲の層さえまだ遠いなあ。まだ雲まですら半分も来ていない。どれだけ高いんだこの木は。

 やっぱりこの木を知っている者には世界樹とかと呼ばれてるんだろうか。


 そんな事を考えながら巨大樹の根幹からわかれたなかでも一際太い枝の横を通り抜ける。


 通り、抜けたところでふとその枝を見下ろして、思いついた。


 この枝には、乗れそうだ。

 じゃあ、地面や床ではないけど、人が乗れる場所というのはどういう扱いになるんだろうか。


 俺がこの世界に落ちてきて、心はともかく身体が完全にこの世界の住人になっているのなら、人が乗れるサイズの枝に乗ったというだけの話なのだろうが、俺はどういうわけか知らないがセコンドテラオンラインというゲームの仕様を抱えてこの世界に爆誕して――爆誕? いや、どっちかっていうと、生れ落ちて、しまった。

 その場合、俺の中のゲームの仕様はこの枝を床タイルとして認識してくれるのだろうか。


 試してみたい。

 俺の中の探究心がうずく。


 ここまで登ってきた距離はけっこうなものだが、すいすい登れる上に疲れた感じはまったくしないので、ここまでの苦労は惜しくなるほどのもんじゃない。

 どうせ落下死もしないとわかっているんだし。


「えいっ」


 両足はすんなりついた。もちろん、ダメージも無い。


「おっおっおっ」


 やばいぞ、なんだか急にテンションが上がってきた!


「ふっひひ」


 自覚できるくらい気持ち悪い笑い声を漏らしながら飛び跳ねてみる。枝はびくともしない。


 よしよし、こういう場所にも乗れる。床パネルとして認識されているのか、そもそもこの世界に来た事で床パネルという縛りがなくなったのか、どちらなのかはわからないが、ゲームの仕様に縛られて他の人は行けるのに俺だけは行けない場所があります! なんて事はなくなったと言えるだろう!


 まあ、今のところその“他の人”とはただの一人とも出会ってないわけだがな。


「さって、再開するか」


 自分がひとりだった事を思い出してまた若干テンションを下げながら、また巨大樹を下におろし……じゃなかった、木登りをはじめようとしたのだが、改めて上の方を見渡すと、周囲に俺が登れるくらいに太い枝が増えている事に気づいた。


 ふむ。角度的に床面は見えてないが、あの辺の枝にはここと同じように乗れるんじゃないだろうか。

 だとしたら、あのスキルのあのアクションが使えるかもしれない。



 この巨大樹のふもとに到着した事でおさらいし損ねていたスキルであるが、取得しアクティブにしている《スキル》によって使用可能になる《アクション》と《スペル》というものがある。

 基本的には《アクション》は《ST》を消費するもの、《スペル》は《MP》を消費するものとなり、《ST》は自然回復が遅いが回復アイテムが豊富で安価、《MP》は自然回復が比較的早いものの回復アイテムが少なく高価、という住み分けがされていた。


 そして、《エクストラアーチャー》に弓矢を使っている時のボーナスがあるように、

《アサシン》という《ジョブ》にも“《ステルス》状態からの攻撃成功時に基礎与ダメージを八倍にする”というボーナスがある。


 この“《ステルス》状態”という奴が肝で、単に“誰にも見つかっていない状態”を指すわけではない。というか、古いゲームの、しかも大多数が参加するMMORPGに、プレイヤーや敵モンスターなどに細かな視野範囲なんかがいちいち設定されているわけがない。


 明確に《ステルス》という状態が設定されていて、その状態になるための《スキル》がずばり《Hiding&Stealth》。後に公式で和訳され《隠密》スキルと呼ばれるようになったそれである。


 この《隠密》スキルは、取得した時点でまず《ハイド》というアクションが使えるようになる。

 はじめのうちは全く成功せず、一定値までNPCから習い、そのあとは何度もトライしてようやく《ステルス》状態になる。

 この状態になるとプレイヤーから見えるキャラクターアバターが灰色かつ半透明になり、第三者からは完全にその場から消えてしまったように見える。

 喋ったり攻撃したり《アクション》や《スペル》を使ったりと何かの行動をとれば解除されてしまうが、インベントリの中で荷物を整理するくらいでは解除されないし、スキル熟練度が上昇すれば《ステルス》状態を維持したまま移動する事も可能になる。


 つまりアサシンのジョブボーナスはこの“《ステルス》の状態”からの最初の攻撃に加算されるというわけで、アサシンに《隠密》はほぼ完全な必須スキルだった。


 が、今大事なのはその《隠密》スキルの成長によって使えるようになる、《ステルスジャンプ》という《アクション》だ。

 このアクションは《ステルス》状態の間のみ使用可能で、《ST》を最大値の五分の一消費しノーモーションで一定範囲内の任意の座標にテレポートする。

 ジャンプとかいいつつ、テレポートである。


「では、いざ」


 スキルウィンドウの《隠密》から使用可能アクションを呼び出してクリック。

 俺の《隠密》スキル熟練度はマスター、つまり《100》だ! 目の前で誰かが俺の事を見ていても七割の確率で《ステルス》状態になれる。

 周りには小枝で羽を休めている小鳥の姿があったが、アクションは一発で成功、自分の手足を確認すると、渋い緑を基調としている装備が灰色の半透明になった。これもどうやらセコンドテラオンラインの仕様に帰順するらしい。


 ではいざ本命のっ


「(ステルスジャンプ!)」


 声が出ると一発で《ステルス》解除だ。だから必殺技を唱える時のそれのように、心の中でだけ力いっぱい《アクション》の名前を叫んだ。


 一瞬の浮遊感。そして周囲の風景への違和感。


 ステータスを見てみると、《ST》が確かに消費されている。


 比較対象が似たような形の枝しかないせいでわかりづらかったが、俺は本当に一瞬で狙った位置に瞬間移動できていた。


 よし、これならば!


 飛び乗れそうな太い枝は視界の中にいくらでもある。《ST》は放っておけば回復するから、息切れを起こしたらまた巨大樹を下に運ぶ動作で距離を稼ぎながら回復すのを待てば無駄がない。


 こうして、俺の木登り行動は加速した。


過去のとんち名人を題材にした四コマ漫画を持っています

イトコの家からもらったものなんですが一度トイレに落としたらしくページがパリッパリな上に、すっかり古くなっているので今じゃ読めたもんじゃないんですがね


きっちょむさんとか、繁次郎とか、好きだったなあ。


あ、誤字・脱字などのご指摘

ご感想をお待ちしております


016/3/27 誤字修正

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