仕様のおさらい
足の裏から全身に伝わった鈍い痛み。それとともに視界の上の端に浮かんだ《50》という赤い数字。
俺の今のこの姿、というか装備も含めて、俺はもう木々の枝葉に隠れてほとんど見えなくなってしまった空の遥か上の方にいたときに閃いた一つの可能性と、閃きと同時に乗った賭けに勝った事を確信した。
と、いう事はだ。
「ステータス」
む、無反応。ダメか。じゃあ。
「Stats」
ネイティブっぽい発音でもダメ。とにかくそれっぽい事を並べて唱えてみる。
「メニュー、Menu、Main Menu、メニューオープン、ヘルプ、Help!」
ぐっ、全滅か。
えーっと、ゲームの時はどんなかんじに操作してたっけ。
完全見下ろし型2Dの視界では、必ず自分のキャラクターアバターがプレイ画面の中心にあり、その周囲に常に《ステータス》や《装備欄》、《インベントリ》なんかも表示させっぱなしだったから、改めてそれらウィンドウを開くという動作を半年はやっていなかった。
それに、メインメニューは《装備欄》と一体化していて、そこからマウス操作で各種ウィンドウを開く事ができた。
……うーん、マウス操作の、とりわけクリックの代替をどうするかはなんとなく想像できる。右手の、人差し指だよな。
で、確か装備欄兼メインメニューの開き方は確か、自分のキャラクターアバターのダブルクリック、だったか。
「あっ」
きた!
自分の体、試しに心臓の辺りを自分の右手人差し指でトントンとたたいてみると、ぴょこんと目の前に立体化した自分の体が現れた。
ほとんどセコンドテラオンラインをプレイしていた時の《装備欄》兼メインメニューのままだが、少し変わっている。
全体の装備と体つきはセコンドテラ内の俺のキャラクターそのものだ。けど顔面だけは地球に居た時の俺とほぼ同じのもので、等身そのままでフィギュアサイズになった無表情の俺が微妙なモデル立ちをしながら装備の見本を身に着けている。
あ、よく見ると髪の色だけは若干違うか。元は黒髪だが、こげ茶になっている。
うわあ、なんか改めてみると気持ち悪いな。リアルな人間の形のフィギュアとか、違和感はんぱねえ。ハリウッドスターのフィギュア化とか、あったけどさ……。
ま、まあ、この見た目の気持ち悪さには慣れるしかないとして、これで各種ウィンドウが開けないという問題は解決した。
同時に、上空で閃めいた一つの可能性は完全に的中したのだと確信する。
つまり俺は、セコンドテラオンラインの自キャラの肉体を得て、更に言えば落下による被ダメの法則もセコンドテラオンラインの仕様に帰順した分しか受けないようになった、という事だ。
セコンドテラオンラインは見下ろし2Dでありながらも、高さという概念自体はサービス開始からずっとあった。
正式な高さの単位は公表されていなかったが、プレイヤー間では最小単位を一オブと称されていた。
これは一オブジェクトの略で、最も小さなアイテムを地面に直接置き、同じ座標に別のアイテムを載せた時の、一個目と二個目の高さの違いから決められていた。これがセコンドテラオンラインでの高さの最小単位になる。
そして四オブで一テーブル。この一テーブルは、ちょっと大きめのアイテムオブジェクトの多くがこの高さで統一されていたため使われるようになった。
さらに、プレイヤーのみならず、NPCも含めた人間族の身長はすべて、三テーブルと同等になるよう統一されていた。
つまり一二オブで一ヒューマンとなる。
これらの単位はさっきも言った通り公式ではなく、プレイヤーが勝手に作った単位でしかない。
無数にある無駄アイテムを重ねてなんか上手い感じにゲームの仕様上には存在しない筈の別のアイテムに見せかける、通称:内装屋さんばかりが気にする単位だったのだが、かつてこれら見かけだけから読み解かれた単位から、落下ダメージ計算の法則を導き出した猛者が現れた。
三テーブル、もとい一ヒューマンで固定《10》ダメージ、それ以下ではダメージなし。一ヒューマンから一テーブルあがるごとに《5》ダメージずつ上昇していき、合計ダメージが《25》を超えると誤差が生じるようになってランダムに《±4》される。
しかし、落下する高さが三ヒューマンを超えるとどれだけ高い位置から落ちても
《50》ダメージが確定し、落下ダメージがそれ以上あがる事はなくなってしまう。
まったくもって理由が謎の仕様だったが、そこはまあ、サービスを継続する数少ないレトロネットゲームという事で、深く追求するプレイヤーはいなかった。
それに、この落下ダメージ計算、雑学として知っておく分には面白かったが、意識して実戦に活用する機会はほとんど無い。
最大《HP》が《50》未満の間はそれほど最大落下ダメージを負うような場所では戦わない。
最大落下ダメージを受けるかもしれない環境に行けるようになった時には、キャラクターの最大《HP》はだいたい《200》を超えるのでいちいち気をつけなくても《HP》を一定以上に保つよう心がけていれば落下ダメージが原因で死亡するような事態にはまず陥らない。
たまに事故ったけど、そういうやらかす時というのは強敵か多勢に追い詰められている時なので、落下死を回避できてもたいていはその後、敵に殺されてしまうものだった。
ああ、懐かしきかな無駄な落下ダメージ計算。
けどこの計算式がしっかりと存在してくれていたおかげで、俺は成層圏から地表に激突しても死ななかったよ……ありがとう!
「ありがとう!」
生存の喜びを全身でかみ締めながら、メインメニューについているボタンを左から順に押していって主要なウィンドウをすべて表示させる。
予想通り、クリック動作は右手人差し指でいいみたいだ。という事は右クリックは中指になるのかな。今のところ右クリックを要求される動作を必要としていないので確かめていないんだが。
っとっと。
ああ。うん。そうか。
メインメニューから直接操作しているのだから操作が間違っているという事はないハズだが、どれだけクリック連打しても動作しない項目がいくつかあった。
《クエストログ》《ギルド》《GMコール》《オプション》内のいくつか、そして
《ログアウト》だ。
ログアウトは、まあ、できないよな。
この瞬間、俺はもう元の世界には帰れないのだなと、実感した。
つい直前まで感謝の気持ちを叫ぶくらいハイテンションだったのに、人間ってのはほんの一瞬でこうも落差をつけられるものかと、心のどこかに残っている冷静な部分で感心してしまう。
それとも単に情緒不安定なんだろうか。
受験に対して不真面目で、結果如何に関わらずすぐバックパッカーとして海外に旅に出る事を、その準備を黙認してくれていた父。
ガミガミクドクドいいながらもなんだかんだで俺の事を心配してくれていた母。
受験に対する温度差のせいで少し距離はあいてしまったものの、旅に出る前には必ず一度は挨拶をしておきたかった幼馴染や友人たち。
はて、その友人の何人かは俺と同じバスで隕石に直撃されて亡くなっているハズだが、そういえばあのマーブルカラーの空間には居なかったな。
あの神様たちのおめがねには適わなかったのか、それとも奇跡的に生き残れたのか。
自己中心的だとはわかりつつも、願わくば俺の友人たちだけでも生き残っていてほしいと、そう思ってしまう。
受験に対して四苦八苦していななかった俺はあいつらに対しても一方的に優越感をおぼえていた。自分でも性格わるいなと覆う。
でもあいつらは真面目に勉強してたんだ。せめてそれは報われてほしい。
なんてな。
ひとりでしんみりしていても何も進まない。
考えてみれば、どうせ俺はあのあとすぐ一人旅に出るつもりだったんだから、旅に出る期間が早まって、ついでに旅の期限が無くなった、そう考えれば前向きになれるかもしれない。
神様たちからの頼まれ事はあるがそれを目的にしたって結局は旅をする事になるだろう。
予定としては俺が見たかったのは日本とは違う情緒、というか、要は源流の違う文化という奴を見たかったんだ。それは当然、異世界であるここにもあてはまる。
異世界なんだからただの外国とは違う形の文化を見られるかもしれない。
そう考えると、うん! 前向きになれる!
そうと決まれば、ずっとここでうつむいて突っ立ってる意味はない。さっそく目的地を決めて移動しよう。
ひとまずの目的地はどこでもいいから人里だ。そこから骸特点らしき物の情報を探して壊しに行く。
壊す方法は、飽和、中和、粉砕とか言ってたか。具体的な方法となるとさっぱり見当もつかないが、その辺は目の前にしてから考えるんでいいだろう。
じゃあ、人里を探すわけだが……こういう時セオリーとしてまず探すべきなのは川だ。
川に沿って下っていけば高確率で人が住んでいる場所がある。海に出てしまっても、こんどは海岸線に沿って歩けば港町の一つくらいとかち合うだろう。
で、川を見つけるには高い所に上るのがいい。
この辺りにある木々も十分に高いが、上から見た限り高さはだいたい同じだったのでそこらへんの木に登るくらいじゃ見つからんだろうし。
あ、まてよ、そういえば上から見た時に一際高い、というかデカい木があったな。
しかもてっぺんに、おそらく人間じゃない緑色の髪と肌をした人型の何かが立っていた。もしコミュニケーションを取れるようなら取りたいところだ。
っていうかあの大樹に宿る何か精霊的なものだとしたら是非お友達になりたい! できる事なら一緒に旅をしたい!
落下の時にだいぶきりもみしたがあの大樹がそびえ生えていた方向はなんとなく覚えている。というか、今も方角だけは直感で理解できる。これもセコンドテラのキャラクターの肉体を得た恩恵なんだろうか。
方角も方向もわかるなら、あとは進むだけ。
確信めいた直感に従って歩き出しながら、開けたセコンドテラのウィンドウ群を改めて見直してみる。
まずメインメニューも兼ねている《装備欄》。身に着けている装備は直前までプレイしていたキャラクター、“リオン・ロード”のものと完全一致している。
次に《ステータス》。
《
Name:Lion Road
MainJob :エクストラレンジャー Level:100
SecundJob:アサシン Level:100
TrtiusJob:ランバージャック Level:100
HP:395 MP:210 ST:290
FOR:300 INT:100 VIT:190
DEF:150 MIN:823 ANI:999
》
これもこれも完全一致だ。
《HP》は生命力、生命値って言った方がいいのか?
《MP》は魔力。
《ST》はスタミナ。
《FOR》は他のゲームでいうSTR、筋力値で物理攻撃力とHPに影響する。
《INT》は知力値で魔法攻撃力と《MP》に直結する。
《VIT》はヴァイタリティー、体力値とでもいうんだろうか、これも《HP》に影響するが《ST》と直結していて、低いとろくに走る事さえできない。
《DEF》は物理防御力。九割九分装備で決まり、ごく一部に《DEF》を底上げしてくれる《スキル》がある。
《MIN》は魔法防御力。これも装備と《スキル》で決まる。
んで、最後の《ANI》というのがちょっと特殊で、アニマ、ラテン語で魂を意味するAnimaという言葉の略らしい。
精神系バッドステータスにかかる時の判定で参照される数値で、一種の幸運値も兼ねている感じだ。なにせ、キャラメイクの時に《0》から《9》の目が刻まれた十面サイコロを三つ使い、振りなおしはできない一発勝負で決められる上、あとからこの数値を上げるためにはけっこうな難易度のクエストを周回しないといけなかった。
ちなみに俺はキャラメイクの段階で理論上の最大値である《999》を叩き出した。
ささやかな自慢である。
次は《ジョブ》だ。
セコンドテラオンラインのジョブシステムは便利さと不便さが両方ある。
各ジョブによって装備できる鎧とできない鎧の種類が設定されてあり、装備可能な鎧でもいろいろと条件が加わる。
防具は重い順に、重金属鎧、軽金属鎧、混合革鎧、軽革鎧、布衣類。
重いというのはアイテムに設定された重量もそうなのだが、布衣類以外の鎧は
《FOR》が一定値以上ないと装備できない、という条件も個別に設定されている。当然重い装備ほど条件も厳しい代わりに、防御性能が高い。
ジョブによっては重金属鎧を装備可能なだけでなく、この必要な《FOR》値を緩和したり、適した装備をつけていると防御性能値にボーナスを加えたり、という効果があ。
ここまでが《ジョブ》が持っている防具、防御面の特性のの話。
攻撃面でもボーナスを与えてくれる《ジョブ》がもちろんある。
この《ジョブ》では装備もできない武器、というのはないものの、たとえば俺のメインジョブの《エクストラレンジャー》は、弓矢の通常攻撃の最終与ダメージを一.二五倍にし弓矢を使った一部の特殊な攻撃の効果を単純に二倍にする。
だから例えば、魔法使いが剣を持って戦う事も可能ではあったけど、剣士職じゃない奴が使う剣はゴミ、なんて煽りもよく聞いたもんだ。
こういう効果を持つ《ジョブ》というものを最多で三つまで掛け持ちできるんだけど、ボーナス効果が一○○%適用されるのはメインジョブだけ。セコンドジョブとテルティウスジョブ、通称二ジョブと三ジョブはそれぞれ七五%と五○%しかジョブボーナスの恩恵を受けられず、しかも同種のボーナスの効果は重複しない。
だから例えば、メインジョブには重金属鎧を装備した時の《DEF》に無条件で
《40》を加える《近衛騎士》をセットし、二ジョブに同じく重金属鎧装備時の
《DEF》に《20》を加える《聖騎士》をセットしても、効果の高い《近衛騎士》の
《40》だけしか《DEF》へのボーナスがつかない。
俺の場合、メインに《エクストラレンジャー》、二ジョブに《アサシン》で三ジョブに《ランバージャッカー》をつけているわけだが、ここにメインと同じような弓矢の攻撃に掛け算する《アーチャー》や《ハンター》などの《ジョブ》をつけていても、ボーナス効果の恩恵があるのはメインジョブの《エクストラレンジャー》のみになる。
《エクストラレンジャー》は弓使い系ジョブの最上位。《アーチャー》や《ハンター》の完全上位互換だからだ。
じゃあ、なぜ二ジョブ、三ジョブを設定するのか、というと、アクティブな《スキル》枠の拡張である。
《スキル》は全部で六○種類以上あり、《スキル》一種類につき最大で《100》まで熟練度を成長させられる。
しかし、《ジョブ》を一つしかセットしていないと、スキル熟練度は合計で《700》までしか詰め込む事ができない。
一度に取得できるスキルの種類数に制限はないので、がんばって時間をかければ全てのスキル極める事も可能ではある、だけどそうした時、同時に効果を有効にできるスキルの数は七種類にしかならない。
一つのアカウントにつきサーバー一箇所に一キャラクターしか作れず、サーバー間のキャラクター移動は不可。
一キャラだけじゃ色々やるにはスキルの枠が全然たりない! という事で、二ジョブはサービス開始から四年目に導入され、二ジョブをセットしている場合は合計熟練度は
《1000》まで拡張される。
さらに三ジョブセット時には、合計熟練度《1200》まで拡張される。
ただ三ジョブの開放は十年目の記念拡張パッケージを買わないと導入できないという仕様で、出た当時は拝金主義とか叩かれてたものだ。
まあ買ったけど。
それに値段そのものはそんなに高くなかった。
三,四○○円だったかな、税抜きで。
当時の俺は十三歳。中学生の小遣いでも十分に手が届く値段だったし、昨今のアイテム課金ゲームと比べたら恐ろしく良心的なお値段だろう。
っと、まだ開けられたウィンドウの確認を全部はできてないが、あの巨大樹が見えてきた。
改めてみると本当に大きい。雲を一層突き破ってそびえ生えている。
「……うん」
さて、登るか。
主人公にとってはおさらい、という事で
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