家具の法則
蓋を開けたままのラージウッドコンテナを再び家の中に運び込む。
やはり変化は見た目にわかりやすく表れた。
蓋が勝手に閉まったのだ。持つ両手からも重みがなくなり、わざわざ下から支えなくても、右手に吸い付くようにくっついて簡単に持ち上げられる。
そして、やっぱり蓋を開ける事はまたできなくなってしまったけど、ダブルクリックでウィンドウを開く事はできる。
なるほど、なるほど。
この家の中では、俺の中のセコンドテラオンラインの法則は強くなるらしい。
家を建てる時に精霊さんに無理を言い、資材をドット絵かさせたまま保持しておくための魔法、なんてものを作ってもらったが、この家の中ではその魔法は必要ない。
と、あ!
箱をダブルクリックで思い出したぞ。家の詳細画面の呼び出し方だ。
ハウジングなんてもう何年も触ってなかったからなぁ。
他の人たちは気分によって模様替えをしたり、方向固定の見下ろし型でット絵なゲームの特性をいかした遊び方で、自分の家を好きに装飾して楽しんだりもしていたけど、俺はそういう才能が一切なかった。
他人のマネを続けても才能は開花しなかったので、そのうち必要最低限の機能以外は触らなくなってしまった。
と、まあ俺の才能の無さについては別にいいだろう。
プレイヤーハウスには、《プライベートアクセス》と《パブリックアクセス》の二種類がある。
建てた直後の家というのはデフォルトで《プライベートアクセス》に設定されていて、家主と、家主が許可したプレイヤーしかその家に立ち入る事はできない。
許可をするのも家の詳細設定画面からなので、これが開けないと本来は他の誰も入れる事はできない筈だ。
これを操作するには、自分の所有する家の中に入っている状態で、自分のキャラクターを一回、左クリックする。
一秒もないくらい微妙な時間差があるけど、これはダブルクリック入力との差別化をするための間だそうだ。
それを待つとガイドメニューが現れる。
選べる項目は、本来なら
《メインメニューを開く》
という一つだけなのだが、特定の条件化ではこのガイドメニューで選べる項目が色々増える。上で述べたような、家主が自分の家の中に居る時なんかがその特定の条件の一つだ。
今も、俺の目にだけ映るガイドメニューにはしっかり選択肢が増えている。
《メインメニューを開く》
《自分の家を操作する》
《家から出る》
この最後の、《家から出る》だけは他人のプレイヤーハウスの中に居ても現れる。うっかり他人のプレイヤーハウス内に閉じ込められてしまった場合の救済処置だ。
「よし開いた。……あれぇ?」
プレイヤーハウスの詳細画面は開けたのだが、しっかり《プライベートアクセス》に設定されていて、首をひねる。
プレイヤーハウスが《プライベートアクセス》の時は、その辺に自然発生する野生動物の形をした中立モブも入ってこられないはずなのだ。
そのせいで野生動物がよく湧く地域に家を建てた人は、ログインしたとたんに家の前に野生動物がすごい数出待ちしてて驚いた、なんて話も聞いたくらいだ。
ちなみにその人はゲームの中だけでなく現実世界でも動物愛護の精神なんて持ち合わせていないと公言していたので、出待ちしていた動物たちがどうなったかは……お察しである。
ともかく、この家はそういう仕様のはずなのに精霊さんも謎ミミズクもこうして当たり前のように家の中に入れているのはどういうわけなのだろう。
今ぱっと考えられる説は二つ。
ゲームの仕様に則った上で入れてる説と、この世界の住人にゲームの仕様なんか関係ない説。
前者は、精霊さんも謎ミミズクも仕様上ではすでに俺の“所有物”として扱われているという事になる。
仕様の上での所有物はなにもインベントリ内に収められるアイテムだけじゃない。
《テイマー》という《ジョブ》について《調教・畜産》スキルを使いこなすプレイヤーも居た。その“ペット”もプレイヤーの所有物として扱われるわけだ。
所有物だったら、いちいち個別に立ち入り許可を与える必要なんかない。
が、これは考え辛い。謎ミミズクには以前、テイムを試みて失敗しているし、精霊さんに挑戦する気もおきないほど明らかに無理だとわかる。ゲーム中でも喋れるタイプのモブにテイムは完全無効だったはずだ。
というわけで後者、セコンドテラオンラインというゲームの仕様はこの世界で生まれ育った彼らには通用しないという説。
ゲームの仕様はこの世界でただ一人、俺だけの中にあって、俺が直接触れたり、何かの形で関わっている相手にしか現れない。
どうやら魔法の一つとして落とし込まれているようで、一部だけなら再現もできたが、コスパも悪けりゃ再現できた機能も一部だけというものだった。
ゲームの中の仕様と、この世界の現実の法則と、すり合わせというか、せめぎあいみたいなものを感じてしまう。
ふと、じゃあこの世界にとって俺とはどういう存在なのだろう、なんて所まで想いが飛んでしまったが、今考えてもしかたない事なのですぐ頭の片隅からも追いやった。
とにかく、今は神様たちからおおせつかった使命を果たさなければいけない。
骸特点、だったか。
決意を新たにした所でさらに外から現実に引き戻される。
『リオン! 大変大変!』
「ん? どう精霊さん」
『箱! 箱が!』
「箱が?」
『消えちゃった!』
「え?」
消えた?
見るとさっき作って積んだままにしておいた《ラージウッドコンテナ》が全て消滅していた。
あるぇ?
なんでぇ?
見ると、さっき実験に使って一度外に出した奴だけは残っている。
「もしかして、二十分経ったか?」
アイテム腐り、そうだアイテム腐りだ!
マジで内装とか久しぶりだからすっかり忘れていた。
証券をダブルクリックして設置するタイプの家具以外、はじめからドット絵のアイテムとして生産されるものは、二十分間地面の上に放置しておくとサーバーの処理軽減のために消滅する。これはプレイヤーハウスでも同じで、設置する時はきっちり自分の家の家具ですという、一種の手続きみたいなものをしておかなくてはならないのだった。
「まあ中身何も無かったし、作り直せばいいか」
失った物がこっちの世界に来てから新たに作った《ラージウッドコンテナ》だけですんだというのは不幸中の幸いだろう。
もしゲームの中から持ち込んだアイテムを整理するといって保管していたら、中身ごとなくしていたかもしれない。
一部、《蜘蛛の巣》のように新たに手に入れられる事がわかっているアイテムもあるが、ほかは基本的に手に入らないと考えておいた方がいい。
そういうのを失うのは、あまりに痛い。
「はぁ……ほんとによかった。あと俺、ウカツすぎる」
家具を固定する方法は簡単だ。設置したい場所にアイテムを置いて、右クリック、出てきたメニューから《固定する》を選択。以上。
設置したいものを一つ一つすべてやらないといけないもんだから、引越しとか模様替えはこの作業がすごい面倒だった。
これもあって俺は内装にほとんど手をつけなかったんだよな。忘れてた。
失敗から学ぶ事は多い。
今回は少しの犠牲だけでド忘れを思い出してもう二度と忘れないぞという気持ちにさせてもらった。
こうやって、俺は着々とこの世界での足場を固めていくのだ。
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