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魔の火の法則

 家に帰った頃にはもう辺りが薄暗くなっていた。

 ちょっとのんびりすぎたかとも思ったが、天眼を得てからの俺は明るさ暗さなんか関係ないので今からでも十分作業できる。


 それに道中、この世界にしか無い独特な草花の話も聞けたし、実際に目にする事もできた。


 動く草のローパーや動く木のトレントは俺も知っているわりとメジャーなモンスターだ。けどこの世界では一口にローパーやトレントと言っても、元になった植物の種類によってだいぶ性質が変わってくる。


 この精霊樹の森に生息するウツボカズラのローパーは俺もしってるウツボカズラがそのまま巨大化したような見た目でいかにも「人とか余裕で食います」みたいな見た目だった。ところが見た目に反して実際にはほとんど動かず、この森の中でならぶっちゃけ太陽光と水と土からの養分、そして森の中に流れている魔力だけで生きていけるらしい。

 しかも袋部分に溜まった溶解液の酸は皮膚をもつ動物にはほとんど無害で、寄生虫がつきやすい鳥や小動物なんかがわざわざ虫落としのために水浴びならぬ溶解液浴びをしにくる。


 動物は体にひっついてくるかゆみの元を落とせるし、ウツボカズラ・ローパーは消化しやすい小さな虫が運ばれてくる、という見事な共栄関係だ。


 ローパーといわれるくらいなので動く事もできるのだが、こいつらが活発に動くのは、外部から攻撃を受けた時か、花を咲かせて受粉相手を探す時くらい。

 動けるようになると植物でも動物でも繁殖期の行動はあまり変わらないらしい。


 ちなみにセコンドテラのローパーも見た目は草っぽいモンスターだったけど、倒すと何故か丸太をドロップするという不思議な奴だった。



 さて、今は家の設備を充実させなければならない。


 あのまま、あの場で《石のピックアックス》を作り足して採掘を続けるというのも手ではあったかもしれないけど、この家を住み安くする事は今後この家を拠点にするのだと考えると重要だと思う。


 というわけでまずは採ってきた《鉄の鉱石》を《鉄のインゴット》に精錬するための、“炉”を作らなければならない。


 この炉も何種類か用意されているが性能はどれも同じ。見栄えは気にしないので最初から最も小さいタイプの《スモールラウンドフォージ》を作る。

 これの素材は《鉄のインゴット:50》と何かの木材が丸太なら《200》、板なら《600》。


 木材はいくらでも調達できるが、問題は《鉄のインゴット》だ。


 《鉄の鉱石》から《鉄のインゴット》を作るための“炉”を作るために

《鉄のインゴット》を要求されている。という矛盾が発生しているが、初心者が最初に行う精錬はNPCが経営する街の鍛冶屋に備え付けられたものを使ってやるものだった。


 この“炉”はNPC宿屋の範囲のように厳密に座標が決められていたわけではなく、物が置かれていればその周辺に立っているだけで《フォージ》を使っている判定が生まれる。


 おそらくこの世界でも、俺の中のセコンドテラオンラインというゲームの仕様が

“炉”だと判断してくれるものをおいている場所がきっとあるのだろうが、わざわざそれを探しに行く必要はない。


 なんせ、俺はもっと簡単な抜け道を知っている。


 これはセコンドテラオンラインのベテランプレイヤーの間でもあまり知られていないような小技だが、ある特定の条件下で継続的な火を出現させるタイプの《スペル》を使うと、その出現した火には一時的な《フォージ》としての判定が発生するのだ。


 具体的には、《瞑想》と《同調》と、《祈祷》か《侵蝕》のどちらか、この三つの

《スキル》が全て《100》である時が条件になる。


 《瞑想》は本来、《MP》の自然回復速度にボーナスを与えるだけの《スキル》で、

《同調》は《スペル》を使った際に消費する《MP》の量をおさえる《スキル》。

 そして《祈祷》は主に白魔術系の《スペル》の、逆に《侵蝕》は黒魔術系の《スペル》の威力を強化するためのものだ。


 これらが全て《100》になっている時というのは、大抵が生産系の《スキル》なんか興味ないというプレイヤーか、とっくに鍛冶設備を全てそろえている時なので、実用性があまりなく、だからこそあまり広まっていないちょっとした小技である。


 あの場でこの小技を使わなかったのは、きっちり《スキル》をセットしていなかったという単純な理由だが、まだこの世界で《スペル》を使った時にどんな事が起きるのかをまったく検証できてない事に気づいたというのもある。


 最初に使う《スペル》は辺りに影響が少なそうな風系か水系の防御スペルかな、と帰り道では考えていたけど、この家の中は外よりも強くセコンドテラオンラインの影響を受けているっぽいので、ここでならいきなり火系の《スペル》を使っても大丈夫だろう。


 でも、念のため。


「二人とも一旦離れて。特に謎ミミズクはそこ、階段のとこに隠れてな」

『何をするつもり?』

「火をおこす」

『火? この家、全部木でできてるみたいだけど、大丈夫?』

「仕様どおりなら大丈夫だ」


 だめなら大惨事になりかねないが、なんとなく、失敗は無いという確信がある。


 アクティブな《スキル》の付け替えもジョブチェンジと同じように“安全な場所”でしかできない。


 手早く《スキル》を操作すると一度振り返って精霊さんと謎ミミズクがちゃんと対角線上にまで避難している事を確認した。


 魔術系スキル《風水術》のキーアイテム《八卦炉》をダブルクリックし、現在の状況から使用可能な《スペル》のリストを呼び出す。そこから目的の《スペル》を選び出すと、ふっと何か不思議な手ごたえを感じた。


「風水術、《烈火円陣》!」


 発動させる場所をここだと睨み付けて指定すると、同時になんとなく技の名前を叫ぶ。


 狙い通りに《スペル》が発動し、同時に九本の火柱が突如として床から吹き上がった。


「Piyッ!」

『うわあ!」


 後ろから悲鳴が聞こえたが構っていられない。《祈祷》スキルで補強されているとはいえこの《スペル》の効果時間は短いのだ。


 急ぐが慌てず慎重に近づいて、確保していた《鉄の鉱石》を精錬し《鉄のインゴット》を作り出す。


《卓越した技術によって目的の金属を精錬した:114》


 よし、一括成功でもってきた《鉄の鉱石:57》は全て《高品質な鉄のインゴット:114》になった。


 《スモールラウンドフォージ》を作る時はインゴットの品質は何にも関わってこないんだけど、装備して使うタイプの何かを作る時は、品質はけっこう重要になってくる。このインゴットで《鉄のピックアックス》も作るつもりだったから、かなりありがたい。


 と、満足している端からもう《烈火円陣》によって出現した火柱が次々と消えていく。

 火が消えたあと、床にも天井にもその跡はなく、煤の一つもついてない。


 採掘とか樵とかですら地形の破壊が無いんだ、ただの攻撃魔法で床や壁が壊れるわけがないじゃないか。


『な…何が起きたの? 何も無い所から火の元素が現れて、そして消えた……。恐ろしく強力な火だったのに、跡形も無く……』


 何も無いってわけじゃない。ちゃんと俺の《MP》は消費されてる。


 けど、いくら精霊さんでも俺の《MP》まで感知するすべはなかったのだろう。呆然とした顔で火柱があがっていた場所を見つめている。


 謎ミミズクは何も言わず仰向けにひっくり返って完全にのびていた。


 いいや、ほっとこう。


 次は《ウッデンハンマー》をダブルクリックして《木工・土木》の作成ウィンドウを呼び出す。そこから、鍛冶カテゴリの中の目的のもの、《スモールラウンドフォージ》を選択。


 ウィンドウから作成するタイプの生産物にシステムメッセージは無く、あっさりと完成し、資材と引き換えに証券化された状態のそれがインベントリの中に発生する。


 あとは、これをまたダブルクリックして、指定の場所に、


「ぽん」

『わっ!』


 直径がぴったり一メートル、高さも同じくらいの円筒状の炉の完成である。


 “炉”の設置が完了した事でさっきのようにいちいち《スペル》を使わなくても鉄を溶かせるようになった。これを利用して、《アンビル》、日本語で言う金床をつくり、鍛冶の準備は完璧。

 金床はどうやって成形したんだ、という野暮なつっこみは無用である。元になったのは所詮は古いゲームなのだ。


 金床は炉の隣に設置し、さあツルハシやら何やらを作るぞ! と意気込んだ所でインベントリの中を見て止まってしまう。


 しまった、あまりに初歩的なミスだ……炉と《鉄のピックアックス》に必要な鉄の量にばかりばかり気を取られていて、金床を作る時の鉄を計算していなかったのだ!


 気絶した謎ミミズクと、《烈火円陣》で火柱が上がった部分を入念に観察している精霊さんを置き、俺はなかば涙目になりながら薄暗くなり始めた森の中を走るのだった。


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