果物をドット絵化させるためだけの機械
出て行け、と言われたそばからここに家を建てたいといえる神経は我ながらすごいと思ったが、これも今後を考えたゆえの実験なので仕方ない。
それに、これがジョブチェンジへの唯一の希望なのだ。なりふり構ってなどいられない。
許可はもらったのですぐにでも建築作業に取り掛かりたいところだが、まずは建設候補地と建てる家の形を吟味したあと、材料を集めないといけない。
現実の丸太を大量に背負う事を考えれば常識外れな大容量だが、セコンドテラのインベントリはどんなアイテムでも無限に収納できるわけではない。種類だけは一応理論上無限に収納できる事になっているが“重さ”はそうもいかない。各キャラクターにはステータスから算出される限界積載量というものが設定されているのだ。
現在の俺のステータスは、この世界に来た時と変わらず、こう。
《
Name:Lion Road
MainJob :エクストラレンジャー Level:100
SecundJob:アサシン Level:100
TrtiusJob:ランバージャック Level:100
HP:395 MP:210 ST:290
FOR:300 INT:100 VIT:190
DEF:150 MIN:823 ANI:999
》
限界積載量は《FOR》値を二倍してから《50》を足した数字だ。ただし、
《FOR》《INT》《VIT》ははじめから《10》あってそれ以下にはできないので、実質の最低限積載量は《70》だ。
俺の現在の《FOR》値は《300》だから、限界積載量は《650》。そして、現在の荷物の重さは、《432》だ。かなり、色々持ってきてしまっているし、こっちに来てから新たに取得したアイテムの中に重い物もはいっている。
いくつかは使い切ったが。
荷物の中でも重い物というのは《シャインウッドログ》だ。
木材と皮革には加工可能な素材としてのアイテムに二つの形態があった。
木材なら《ログ》と《ボード》。皮革なら《ハイド》と《カッティングハイド》という二つの形態だ。
木材の《ログ》というのはつまり採ったばかりの丸太の状態で、《ボード》は簡易的に加工して板材にした状態の事だ。
それぞれ長所と短所があり、丸太の状態では一本から作れるアイテムの量がボードの三倍もあるのだが、十倍重い。逆に言うと板材からは同じアイテムを作ろうとしても丸太の三倍の量必要になるが、一度に丸太の十倍の数を持ち運べるというわけだ。
ごく一部に、丸太からしか加工できないアイテムがあったが、九割がたのアイテムはどちらからでも加工できるので、たいていは現地で《ログ》を《ボード》に加工してから持ち帰るというのが大工の常識だった。
冷静に、現実に置き換えるとおかしな計算である事は間違いない。
重量の奇妙なところはこれでは終わらない。
《ログ》なら三本、《ボード》なら十枚使って作成する《スクエアテーブル》というスタンダードな形のテーブル型の家具があった。
作成時の素材の重量は《ログ》なら《30》、《ボード》なら《10》と元になった重量には三倍の差がある。どちらで作っても同じものができる、と考えるとこの時点で十分におかしいが、これは、一応は仕様どおりだ。
ところが完成した《スクエアテーブル》の重量は《2》になる。
《2》だ。
どれだけ材料を無駄に使ってるんだ!
《ボード》ですら同じテーブルをあと四つ作れるだけの質量が無駄になっている。
《ログ》で作った場合の十五倍の質量はどこに消えたのか!
端材なども残らないので完全に消滅した事になる。
と、まあ、古いゲームにこういうツッコミは野暮というもので、話に出る時はいつも笑いの種にされるくらいで、本気で悩んでこんなの不自然だからゲーム止めます、なんて人は一人も居なかった。
っとと、また意識が過去に向いてしまった。
重量について考え始めたのはもともと、今持っている分の木材では家を建てるための分には全く足りてないという所からだ。
必要なのは、今持っている伐採に必要ないアイテムたちを一時的においておく場所だ。さらに、今インベントリに入っている余分な荷物をカラにしても家一件分の木材は収まりきらないから、集めてきた木材を一時的においておく場所も確保しないといけない。
……で、ここで問題になるのは、インベントリから物を出した時に、ゲームの時のようにドット絵の状態のままでおいておく事ができないって事だ。
今まで何度も実験して、ドット絵の状態で取り出したアイテムは俺の体から離した瞬間に俺の意思にかかわらず実体化してしまうという事がわかった。
ドット絵の状態のまま外に保存できればかさばらなくてよかったんだけどなあ……。
『それで、私の所に来たわけ?』
「そう。精霊さんはかなり複雑なアイテムを、俺がインベントリに収められるように作ってくれた。つまり、精霊さんは完全じゃないと言うけどある程度俺の性質について、なんていうか、こう、この世界の魔法に近づけられる形で俺の中の異世界の加護を理解しているわけだ」
俺には完全にセコンドテラの仕様が現実に落とし込まれる過程で変化したモノ、という風にしか理解できないんだけど、精霊さんは確実に違った形で見えている。
『そう、かもね』
「それで相談なんだけど、この《精霊のパス》を作ったみたいに、俺の加護の一部だけでも再現できないだろうか」
『……具体的にはどの辺りを?』
問われたので、ちょうど近くにあった精霊樹の果実を手にとって、手の中でドット絵に変えた。
「この、モノがドット絵化している状態を保持する方法を」
精霊さんは俺の手の中で小さくなったそれをじっと見つめながら、尋ねる。
『まず、そのドット絵とは何かという所から、聞かなければならないわ』
……そっからかぁー。
俺は、ドット絵という単語の意味をはじめ、思いつく限りのゲーム用語、セコンドテラ用語をおさらいし、その途中で精霊さんからは俺がやることなすことがどう見えているのかを聞いた。
こっちからの用語説明については、いろいろと回り道をしたが、前にもネットゲームについて一から百まで説明した事があったのでわりとすんなりと理解してもらえたと思う。
ところが今度は俺の方が理解に苦しんだ。俺の行動は精霊さんからは、大きな魔力を繊細に運用している、という風にしか見えないらしい。
いまさらだけど、俺は未だにこの世界の魔力というものを体感できずにいる。だから、魔力が大きいとか小さいとか、大胆とか繊細とか言われてもさっぱりわからない。
この世界のあらゆる物質が、突き詰めると魔力でできている、という事は前にも聞いた。理屈で捉えるならば、魔力とは素粒子や量子にとってかわるもので、元素化というのは魔力が集まって原子や分子を構築する事、なのだと思う。
だから、大きな魔力の塊であるらしい《シャインウッドログ》をそのまま完全に魔力化させるというのは、一本の普通の薪で火力発電所を動かして都市一つの電力をまかなえ、というくらい無理難題な事だ。
この解釈はだいたい合ってると思うんだけど、感覚的にとらえられないからいまひとつ理解できない。
ついうっかり夜中まで話しこんでしまった俺と精霊さんだったが、もともとの目的である、物体をドット絵化させた状態で保持する手段、改め、元素化している物を一時的に純魔力化させて保存しておく方法、を再現すべく、話の路線を元に戻した。
『仕方ない。人間が使う魔術は本当に不得意なんだけど、できるだけ早く必要なら私がやるほかないようね。見た限りでは不可能というほど難しくもないみたいだし』
精霊さんもなんとか納得してくれた。
『じゃ、よく観察するから、私がいいって言うまで今のを何度も繰り返して』
その後は、その具体的にどういう風にすればそれが可能なのか、理論立った案を出せない俺の代わりに、どういう形で加護が働いているのかを徹底的に解析するべく本気になった精霊さんのために、俺はただひたすら、《精霊樹の果実》を実体化させ、ドット絵化させ、を交互に繰り返すだけの機械になりきった。
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