建築許可申請
あれから色々と考えてみたが、家を建てる事自体に多少のリスクはあるがデメリットはない。
一定時間以上たてば同じ樹木からでも再び木材を得られるようになる事はわかっているので、精霊樹という大樹の上であるここでは、だいたい二○分に一回、二二○本の丸太を得られる。
仮に建てるのがウサギ小屋だとして必要となる木材は全部で一,二○○本だから、必要最低限の素材なら一時間ぐらいで集められる。
あとは平坦な土地を見つける事だが、これもおそらく問題ない。
まだ俺はこの精霊樹の森の全てを歩きつくしたわけではないから断言はできないんだけど、この森の中は木と木の間が狭すぎて家を建てられるほどの隙間が無かったり、ちょっと広くても地面が木の根のせいで盛り上がっているせいで平坦じゃなかったりと、ゲームの仕様上では家を建てられない土地ばかりだ。
ところが一箇所だけ例外がある。
精霊樹の周辺の10メートルくらいの範囲が、他の木々がまるで精霊樹に遠慮してるみたいに枝葉も根も伸ばそうとしていない。
生えているのは薄い天然芝だけで地面も平坦だ。
けどもまあ、文字通りに精霊さまのお膝元にいきなり勝手に何かを作るのは、さすがに不躾すぎるだろう。
樵の動作を見せた時もいきなりやってちょっとだけ怒りを買ったし、一応、許可はもらっておかないと。
「精霊さん、ちょっといい?」
『ちょうどよかった。リオン、私も少し話があるのよ』
お? なんだろう。
「えっと、じゃあそっちからどうぞ」
『そう? けっこう重要な事だけど』
いつになく神妙な面持ちの精霊さん。
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
『私なりにあなたに与えられた異世界の加護を調べて、研究してみたのだけど、やっぱり私では全てを解き明かす事はできそうにないの。だから、あなたにはこれを渡しておく』
「これは?」
手渡されたのは、方位磁針のようなものだった。ただしケースは木製で、本来針があるべき部分は葉っぱになっている。
『精霊のパスの一種よ。それは特別製で魔力計も兼ねているけど』
「精霊のパスとは」
『私たち精霊が、この星の魔力の流れを管理する役割を帯びている事は教えたわね?』
「うん」
『だけどこの広い星全てをたった一体の精霊で管理しきれるわけがない。だから私と同じくらいの力を持った精霊が何体もいて、もともと魔力が集まりやすい場所を選んで分担して管理を行っている』
「あっ、じゃあこれは精霊の一人が俺を認めたという証拠になると?」
『そういう事。神からじきじきにあたなを助けるように言われたのはおそらく私だけだから、それを見せれば私が仰せつかった神の言葉を共有できる。魔力計でもあるのは、ある程度力を持った精霊はたいてい魔力の多い所に居るものだからよ』
なるほど。強い精霊が魔力を管理する役割なら、魔力が多い所に精霊が居るのは道理か。聞くぶんには、居る可能性が高いという程度の話みたいだが。
『管理といっても、大抵の精霊は私みたいに、集まってきた魔力を木々に吸わせて元素化を早めたり、集まりすぎて悪さをしないように意図的に散らしたり、魔力を使う事しかしてないんだけどね。あなたのようにわずかな魔力を倍増させるような魔法は神々か、ごくごく一部の人間にしかできない事だわ』
「へえ! 人間にもできるのか」
『……ええ。それでここからが本題なのだけどね』
単純に感心していたら精霊さんの顔がよりいっそう神妙になる。
「な…なんだよ」
『私たち精霊が使う魔法と、あなたが使う異世界の加護による擬似的な魔法の効果は、あまりにも違う。私なりに研究した結果、それを作れたから、その精霊のパスもあなたの加護の中に収められると思う。試してみて』
「う…うん」
うながされるまま試してみると、本当にドット絵化した。インベントリにも入った。見た目はそのまんま色違いの方位磁針で、名前は《樹精霊のパス》となっている。
『だけどねリオン。それ以上の事は私には難しいの。おそらくできない。ううん、私だけじゃなくて、私と同じように精霊に属する者には不可能なはず』
「おう」
これ以上は力になれないという話だろうか。いや、そんな事はないと思うんだけど。いやでも、精霊さんの話はまだ終わっていない。
『だからねリオン、あなたはそろそろこの精霊樹の森を出るべき。人里を巡って、有能な魔法使いを探して協力を仰ぐの。どうしても私たち精霊の力が必要な時はそれを使って、話のわかる精霊を探しなさい。きっと悪いようにはしないはず』
「えっ」
突然の出て行け宣言。いや、見たところ、精霊さんも追い出すのは心苦しいみたいで、それがすごく顔に出ている。
『私だって寂しいんだよ! こんなに対等に会話できる相手は始めてだったし、この精霊樹の他にまともにふれられる相手だって始めてだったから……』
うおお。なんか急に普通の女みたいな事いいはじめたぞ! 内容が人間離れしてるけど!
『けど、神々から仰せつかった事は私たち精霊には絶対なんだよ。ほんとはリオンについて行きたいけどここまでになった精霊樹の森を棄てる事なんてできないし、この魔力だまりを管理する精霊が居なくなったら過剰に集まった魔力が次第に悪さをするようになる』
「ま、まてまて」
すさまじく言い訳がましくなってきた精霊さんをひとまず落ち着かせる。
どうどう。
「その、俺もなんていうか、寂しいし辛いよ。最初は、というかさっきまでは、精霊さんはほんとは神様から言われたから俺の相手をしてくれてるだけで、本当は本心から俺に協力してくれてるわけじゃないのかもしれない、なんて思ってたしさ」
もちろんそういう可能性を考えていただけで、そうであると決め付けていたわけではない。けど、ここまで真剣に考えてくれてるとは。完全に予想外だ。
「正直うれしい。その、俺にとっても精霊さんはこの世界にきて始めて言葉が通じた相手だから。今のところ唯一のその相手でもあるし」
神様たちはノーカンで。
「ついてきてくれる事が、もしできるならとは考えてたけど、今まで聞いた精霊さんたちの役割を聞いてそれはできないって事もわかってた。けどさすがに、ずっとここに居て、離れたくないって気持ちはさすがに俺にはない」
魔力は過剰にあると現地の野生動物を魔獣化させてしまうというのもこの間わかった。精霊さんがここから離れられない理由もきっとそういうところから来るだろう。
『うん……そうだよね』
ああ、悲しい顔になってしまった。ちがうちがう、それは誤解だ。
「まてまて。なんかそういう悲しい事を言ってるんじゃない」
俺は、もう精霊さんと会わなくてもいいとか、ましてやもう会いたくないなんて考えてるわけじゃない。考えられるわけがない。
「一度ここから出発したからって、二度と戻って来られないわけじゃないだろ? 可能なら適当に戻ってきて旅の報告をするよ。どこで何があった、とかさ」
言ってみればここ、精霊樹の森はこの世界においての俺が生まれ落ちた土地だ。ここが原点であり始点である。
動物には帰巣本能ってのがあるからいつか強烈にここに戻ってきたくなる瞬間があるんじゃないかな。たぶん。
『……ほんとに?』
息、溜めたなあ。
「うん。本当だ」
さて、せっかくのいい雰囲気をぶち壊すかもしれない事を、俺は今から言わないといけない。
「そのためにも、というのはなんなんだけど、実験のために、この精霊樹の根元に家を建ててもいいだろうか」
言った瞬間、精霊さんはじとっとした目に――は、ならなかった。ひとまず安心。
かわりに一瞬ぽかんとしたあと、やや呆れの混じった笑みを浮かべながら、
『いいわよ』
一つ返事をくれたのだった。
ここからは四時間おきの投稿の予定です
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