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今までの考察と、ひとつの懸念

 デスコンテナの実験も終わり、装備欄を兼ねたメインメニューを睨み付けながら次の実験の候補を吟味する。


 精霊さんも俺と同じように精霊樹のてっぺんにかえってきてから再び何かに集中している。


 この世界について俺が精霊さんから学ぶべき事はまだまだいっぱいあるはずだが、勉強会、というより、生徒が教師の家に住み込むという変わったタイプの家庭教師はしばらく延期みたいだ。



 さて、これまで試してきたメインメニューは《装備》《ステータス》《インベントリ》《スキル》《チャットログ》の五つ。


 残りは《ジョブ》《クエスト》《パーティー》《ギルド》の四つと、《その他》の項目の中から《ログアウト》と《GMコール》と《オプション》の三つ。


 だが、《クエスト》と《ギルド》は灰色に暗転していてクリックしても反応がなく、《その他》の《ログアウト》ならびに《GMコール》は押す事で若干のアニメーションはするのだが、いくら連打してもそれ以上の反応は何もない。


 また《オプション》に関しても天眼視点からの視野範囲の設定と、新たなマクロコマンドを組む事だけは可能だったが、コントラストやFPSフレームパーセカンズ設定などは項目が丸ごとなくなっていて、他にもNGプレイヤー設定などの項目は

《ログアウト》と同じ、アニメーションはするけど反応はない、という状態になっていた。


 というわけで《クエスト》と《ギルド》と《その他》の項目は検証対象からは除外する。


 マクロコマンドについては……見てみないフリをした。


 セコンドテラオンラインというゲームの“マクロ”はキャラクターの操作に色々な動作が必要とされていたゲームの仕様としての救済措置みたいなものだったんだと思う。実際のところどうなのかは、このマクロという仕様が追加された経緯までは調べてないのでよくわからない。


 例えば俺が何気なく装備を斧に変えてちょっと斧の先で木を小突くだけで自然にできてしまった樵の動作。これをゲーム中の動作にして細かく分解すると、

 斧をダブルクリック

 カーソルの形が変化したのを確認

 対象となる木をクリック

 一秒待つ。

 という四つのステップを踏まなければならなかった。

 この動作が、意外に面倒くさい。


 伐採は木材を得る為の動作であり、木材は消耗品なのだから、何度も何度も同じ動作を繰り返さなければならない。そのたびに、マウスカーソルを斧と対象の木の間で行ったり来たりさせないといけないわけで、大量の資材を集めようとするとかなりめんどうな作業になる。


 ここでマクロの出番だ。

 マクロは言ってみればプログラミングの初歩の初歩みたいなもので、あらかじめマクロコマンドに用意されていた動作を組み合わせて設定する事でこういう手順を短縮させる。


 樵の場合だと、《ユーズハンドオブジェクト》というコマンドで装備している最中のアイテムを使用させ、最初の一回だけは手動で対象の木を設定。あとは《ラストターゲットオブジェクト》という最後にターゲットしたアイテムにターゲットを合わせるコマンドを選択する。

 この二つのコマンドを含む一つのマクロを、キーボードの何かしらのキーに設定しておくだけで、樵だけじゃなく鉱石の採掘や漁獲なんかにも応用が利く便利なマクロの完成だ。


 ところが、ゲームでいちいち細かい操作を要求された色んな行動がすべて現実になってしまったらどうだろう。

 しかも《スキル》とか《アクション》とかはちょっと視線を動かして意識するだけで可能になってしまった。


 すると、マクロは完全に用無しだ。


 いや、ひょっとしたら使いようで、コンマ一秒が勝敗をわけるようなシビアな戦闘では活用できるタイミングもあるのかもしれないが、……今のところそういうマクロは思いつかない。

 マクロというのは性質上、どういうタイミングでどういう効果がほしい! という明確な目的がないと組めないものだから、今は手のつけようがないのだ。



 というわけで、次の検証対象の候補は《ジョブ》と《パーティー》の二つなわけだけど、じつは、現状どちらも難しい。


 なにせ《パーティー》メニューは対象がプレイヤーでなければ使えない。この世界に、セコンドテラのキャラクターとして落ちてきた異世界人が俺のほかにもいないと全く役に立たない。


 《ジョブ》メニューは……いちおう今までに取得して鍛えてきたジョブを見て懐かしむ事だけは今でもできるのだが、肝心の《ジョブチェンジ》と、アクティブな《スキル》の付け替えは今の環境下ではできないのだ。


 べつに“ダーなんたら神殿”とか、そういう特殊な場所にいかなければ《ジョブ》の付け替えができないというわけではない。そもそもセコンドテラにそんな場所は存在しなかった。

 条件さえ整えられれば例えダンジョンの中であろうとも《ジョブチェンジ》は可能だったが、この条件というがけっこう厳しい。


 まず“安全な場所である”こと。“最後に戦闘してから五分以上経過している”こと。文言を並べてしまえばこの二つだけで、二つ目の条件は簡単なのだが、一つ目の条件である“安全な場所である”というやつが非常にめんどくさい。


 この“安全な場所”は三種類あり、一つははじめからゲーム内に用意されているNPCの街の宿屋の中だ。

 それだけ言うとやっぱり簡単に聞こえるのだが、これは、東経何時何分何秒、北緯何時何分何秒から、東経何時何分何秒、北緯何時何分何秒までの範囲内、という感じに、びっくりするぐらい厳密に座標が決められていた。

 その範囲から一歩でも外れてしまうと、システム的には宿屋の範囲であるとは認識されない。

 プレイヤーを害する要素が一切見つからず、リアルな人間の感覚としてここなら安全だろうと思えるような場所であったとしても、そこがシステム上で宿屋と定義されていない場所なら“安全な場所”ではない。


 漢字がいっぱいでわかりづらい? 東経とか北緯とかいわれてもわからない?

 じゃあ、言い換えよう。


 宿屋の中に見えるけど、設定してある範囲からは外れてるからそこは宿屋じゃないよ。見た目上はどう見ても宿屋の中であったとしてもそこは宿屋ではないよ!

 だからそこは安全じゃない!

 モンスターどころか中立モブどころか、味方になるNPCの姿すら影も形もないからプレイヤーに害を及ぼす存在なんて一個もなかったとしても、

 そこは設定された範囲じゃないから安全じゃない!


 理不尽を感じてもゲームのプログラムは絶対に、一切、全く妥協してくれない。


 この世界の中に、セコンドテラの開発・運営スタッフが定めた宿屋の範囲なんぞあるわけがない。だから“安全な場所”の一つ目の定義は使えない。


 二つ目は、一時的に狭い範囲だけ“安全な場所”を作り出せる《結界石》を使用する事。これはプレイヤーが主導で“安全な場所”を作り出せるので開発・運営スタッフが決めた場所を気にする必要はない。

 しかしながら、これもまた問題がある。


 まず俺はこの《結界石》のストックが一切無い。


 仕様上は《錬金術》スキルで作れる事になっているが、素材を持ってないので事実上

作成不可能だ。

 単純明快で、だからこそ解決困難な大問題。

 持ってない、手に入らないなら使えない。


 消去法で最後となった三つ目だが、唯一これだけが可能かもしれないという希望を残している。

 三つ目の“安全な場所”は、プレイヤーが建てた家の中だ。


 セコンドテラではサービス開始から七年目にしてやっとハウジングシステムというやつが導入された。

 導入直後はたいへんなお祭り状態で、建設可能な土地を巡ってプレイヤー間で熾烈な争いが行われたのを幼心におぼえている。

 人間って、大人って醜いなあ、とその熾烈な争いに喜々として参加している父親を見て思ったものだ。


 プレイヤーが自分で家を建てるのに必要なのは、まず家が建つだけの平坦な土地。五メートル四方あれば通称ウサギ小屋と呼ばれる最小サイズの家が建つ。

 サイズがウサギ小屋でもその範囲内なら仕様上は“安全な場所”だ。


 プレイヤーの家を建てるために必要なのは《大工》スキル。幸い、俺は《大工》スキルをセットしたままだ。


 欲を言って大きなサイズの家が欲しいとなれば、今度は《製図》スキルが必要だが、これもやはりセットしたまま。どちらもスキル値《100》まで育ててあるので、仕様上で作成可能ならば、理論上で建てられない建物などは無い。


 ただし素材調達の問題があるので、《結界石》と同じように実際には作れない家屋がほとんどだが、《製図》スキルによる《家の設計図》が必要になるレベルの建築でも、現時点で既に手に入れられる事を確認したものだけで建てられるものが何種類かあるので、ある程度の広さがある家を建てられるだろう。



 だが、プレイヤーの家を建てられたとしても《ジョブチェンジ》できるようになるかについて、最後に一つ大きな懸念がある。

 この《ジョブチェンジ》が可能になる条件という奴が、安全な《ログアウト》の条件と同じなのだ。


 俺は木に斧を入れて素材をとってもその木を切り倒す事はできない、ひいては地形を破壊するような行動は取れない。


 現実になったのなら可能になっていてもおかしくない仕様を無視した連続射撃や、移動しながら射る事も《アクション》を併用しないと行えない。そもそも攻撃対象として認識できる相手でなければ矢を射掛ける事もできない。

 例えばただの木の幹に矢を試し撃ちする事すらできないのだ。


 移動に便利な《スキル》を使った時も完全に仕様どおりに《ST》を消費し、足りないとそれは発動しない。


 明らかに一度停止して、階段を数段飛ばして降りたくらいの勢いしかなかったのにけっこうなダメージを負う。


 そもそも移動する時は前にしか歩けない。


 これらは全て、そういう形でプログラムが書かれていたからであり、そのプログラムどおりに俺の中の異世界の加護が働いているせいで現れた現象なのだろう。


 ひじょーに細かい所を気にする事になるが、今までも俺の行動は細かく細かくセコンドテラオンラインというゲームの仕様によって縛られてきた。その縛りが細かすぎるおかげで仕様の穴を突く行動もとれたとはいえ、穴を見つけられなかった動作の方が数は多い。


 古いゲームの古いプログラムだ。プログラム上、どのタイミングでチェックが行われているのかがわからない。


 だから、“安全な場所”を確保できたとしても、《ログアウト》が不可能なこの世界で、《ジョブチェンジ》だけは可能になるという保証は、どこにも無い。


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