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死体の検証

 およそ三十体ほどの節足動物たちの死体を前に、俺はつい、両手を合わせる。


 生理的嫌悪感をさそう形の生き物ばかりだったが、中にはカブトムシとかカナブンとかクワガタとか、子供があこがれるような形の甲虫もそこそこ混じっていて、中でもカブトムシは地球にもいたそれがそのまま50センチほどまで大きくなったような見た目だった。


 はたしてこの虫たちに本当に仲間意識があったのか、なぜ集まっていたのかは謎だが、やっぱり平和な日本から来た俺は生き物を殺したという事に罪悪感をおぼえてしまう。

 それが、自分の糧とするためではなく、ちょっとした実験のための殺戮なのだから、罪悪感もより一層だ。


 甘いんだろうなあ、俺は。


「Pyi?」

「おう。大丈夫だ」


 頭の上にのった謎ミミズクが器用に俺の顔を覗き込んできた。ほんとに器用な奴だ。いや、っていうかほんとどうなってんのお前、地味にすごい体勢じゃね?


「Pi!」


 俺の感想は口には出してない筈なんだけど、謎ミミズクは微妙に誇らしげだった。


 よし。気持ちを切り替えよう。


「ルーク君もありがとうな。ちょっと時間制限あるからさっさと実験を終わらせるよ」


 まずはデスコンテナの有無の確認だ。これは単にデスコンテナ化の有無だけじゃなくて、俺の中のセコンドテラオンラインというゲームの仕様が完全に俺の中だけで収まるものなのか、それとも他者にも影響を及ぼす事がありえるのか、これを確かめる実験でもある。


 背中から矢で首の後ろを貫かれて絶命している角の立派なビッグカブトムシの死体をダブルクリックする。

 次の瞬間、目の前に新たに現れたウィンドウを見て俺は小さくガッツポーズをとる。


「デスコンテナはあった」


 漆黒の棺型のウィンドウの中にぽつんぽつんと二つだけ点在するドロップアイテム。

 これで、特定の条件下ならセコンドテラの仕様は他者にも及ぶ事がわかった。


 ちなみに中身は《セイレーンオオカブトの魔石》が一つと《矢》が一本。このでっかいカブトムシも立派な魔獣の一種で、名前はセイレーンオオカブトというらしい。

 デスコンテナ内の《矢》を回収すると、刺さっていた矢も消滅した。

 うんうん、仕様どおりだな。


 では次の実験だ。


 ゲームだった時のセコンドテラでは、デスコンテナはその場で固定されてプレイヤーが動かす事はできなかった。

 この世界では違う筈だ。


「よっ……うん。やっぱり動かせるな」


 虫は見た目より軽い。もしくは俺の筋力値が高いせいで軽く感じるのか。持ち上げた上体でもデスコンテナを開く事はできた。

 ……けど、デスコンテナを丸ごとドット絵化してインベントリに収める事までは、できないようだ。


 死体を丸ごとインベントリに入れて持ち運べれば楽だったんだけどな。残念、そう上手くはいかないか。


 よし、さらに次。


 ちょうど都合よく、この場には三種類の死体が存在している。

 一種目は、俺一人の力だけで殺した虫の死体。これが最も多い。

 二種目は、死に至るまでのダメージに俺が全く関わってない死体。ルーク君がやった二体だ。

 三種目は、死に至ったダメージに一部だけ俺が関わっている死体。俺が一撃で仕留め損ねて謎ミミズクがトドメを刺した一体と、同じく仕留め損ねて謎ミミズクが応戦したが更に粘ったから俺がトドメを刺した一体の、計二体だ。


 結果、ルーク君が殺した二体は両方ともデスコンテナを開く事ができず、謎ミミズクがトドメを刺した一体はデスコンテナを開く事はできたが中身がカラ。俺がトドメを刺した奴もデスコンテナを開く事ができ、中身もあった。

 《クモスオオムカデの魔石》というのが入っていたから、この百足蜘蛛はクモスオオムカデという名前のようだ。名前からしてたぶんムカデベースなんだろうな。


 ……あれ? サイズが違うだけで同じ種類の魔獣かと思ったけど、ボス百足蜘蛛から出てきたやつは《赤い魔石》だ。単にサイズが違うだけじゃなくて、種類も違うのかな?


 うーん。これは帰ってから精霊さんに聞くか。


 実験はまだまだ終わらない。


 五分経ってルート権がフリーになる前に謎ミミズクとルーク君にも少し協力してもらう。


 一種類目の、俺一人で殺した甲虫たちの死体を一箇所に集めてもらうのだ。


 謎ミミズクはまだ俺の頭に乗れるくらいの大きさしかないため、死体の運搬には苦労しているようだったが、ルーク君は大きな体と大きな嘴を使って難なく運んでいる。


 なるほどなるほど。ルート権がフリーになっていなくても死体ごとデスコンテナを動かす事は他人にもできるわけだな。これは将来、どこかで狩りをする時に注意しないといけない。獲物の横取りとかされたら腹立つもんな。


 運んでもらっている間に五分経つ。ここで二種目と三種目の死体に再度アクセスする。

 結果、二種目の死体はやっぱりアクセスできなかった。

 三種目の死体は、謎ミミズクがトドメを刺した方には《カゼミカナブンの魔石》というドロップ品が追加されていた。


 ルート権の割り振り計算は与えたダメージ量とファーストアタックとフィニッシュアタックとでそれぞれ計算されていた。ファーストアタックは俺が取ったが、与えたダメージ量とフィニッシュアタックで謎ミミズクに上品質なアイテムのルート権が割り振られたと考えると、納得できる。


 一方でルート権がフリーになる五分という時間が経ってもデスコンテナを開けなかった二種目の死体。


 斃されたクリーチャーがデスコンテナ化するというセコンドテラの仕様は、やっぱりその死にほんの少しでも俺が関わらないと成立しないんだろう。この事から、セコンドテラの仕様は俺の体を通さなければこの世界に影響を及ぼせないという事が決定的になった。


『お、やってるわねー』

「あ、精霊さん」

『どう? 実験の進み具合は』


 進捗、ないです。


 ………じゃなくて、順調です。


「だいぶ色々わかったと思う」


 ちょうどいいタイミングでこちらに合流してきてくれた精霊さんに、これまでにわかった事を説明する。


『なるほどなるほど。……コレとコレがルーク君が倒した奴ね?』

「えっ、うん。見てたのか?」


 《気配探知》のおかげで、そんな筈はないとわかっていてもつい聞き返してしまう。それくらい、ピタリと言い当てられた。


『私も、あなたの持つ異世界の加護の性質をなんとなく理解できるようになったわ。あなたのそれは、私たちが使う精霊の魔法よりも人間が使う理論だった魔法に近い。だから、魔法を使った後の残滓が、残るみたいなのよね』

「ざんし……?」


 なごり、とか、残り香、みたいな事だろうか。


『うーん。むしろその二つ以外の骸に入ってる魔力は、未だに魔法を使っている最中、と言った方が近いのかもしれないけど。骸に魔法をかけているのに、操るでもなく、縛るでもなく、使われている魔力は小さなものだけど、それでいてとても強力で。不思議な魔法だわ』

「死体を操るとか、恐ろしい事いうなあ。いや、でもそういう魔法もあったぞ。今は、使えないけど」


 《スキル》を付け替えないといけない。

 けど、今はできる環境じゃない。


『ふーん……なるほどねえ。やっぱり、いくつもの種類の魔法を一つにまとめる事で加護としている、っていう感じなのかしらね』


 一人で勝手に納得した精霊さんは、そのままするんと定位置に収まった。すなわち、俺の背中の後ろだ。


 すると、ルーク君が精霊さんに向かって何か鳴く。


「Krrru」

『うん? わかった』


 何をわかったのか。背中の後ろと頭の上で俺を差し置き会話がなされた。なんなんだ。


『リオン、この集めた骸はどうするの?』

「ああ、もうちょっと待ってくれ。精霊さんが言うところの、骸を操るでも縛るでもない魔法が自然に解けるのが俺の予想だとあと……二分くらいだ。結果を確かめたら、この前みたいにルーク君の好きにしていい」

『だってさ』

「Kur!」


 じつに嬉しそうに鳴いたルーク君。


 このときは何がそんなに嬉しいのかわからなかったが、ルーク君はボス百足蜘蛛の一件が原因で節足動物が大嫌いになってしまったらしいと、精霊さんが教えてくれた。


 謎ミミズクだけは助けられたが、他の多くの鳥が百足蜘蛛の巣にかかり命を落とした。空の長としてそれが許せなかったらしいのだが、弱肉強食、という奴じゃないんだろうかと思うのは俺だけじゃない筈だ。


 その後、死体は残っているのにデスコンテナを開けなくなった事を触って確かめ、精霊さんからも死体の中にあった魔力の残滓とやらが消えた事を確認したあとで、もういいよと合図を送ると、ルーク君は執拗に虫たちの死体を痛めつけ始めた。


 特に、一定以上の大きさを持ち、羽を持たない種類は一切、原型を残さなかった。


 本来なら節足動物たちもこの森の住民で、陸にも水にも空にも居り、領域によって管轄が違うというのだが、以前にも聞いたとおり節足動物たちの多くが他者と会話できるほどの知能が無く、ちょっとしたきっかけで無駄に増えて無駄に暴れて森を荒らす事が多い。

 そういう事もあって、精霊さんは空の長であるルーク君の特定の種族への攻撃をゆるした。


 だが死んだ者をさらに痛めつけるルーク君の姿を見て、俺はただただ微妙な気持ちにさせられたのだった。


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