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二度目の戦闘はまるで

 俺は今、珍しく精霊さんと別行動をとっている。


 理由はやっぱり、俺の中の異世界の加護をよく知るための実験をするために精霊樹から降りて来たわけなんだけど、精霊さんは珍しく、ここ二日間かけて口頭で伝えた俺についての話を、ひいては、セコンドテラの仕様についての話をまとめたいといって精霊樹の上に残った。


 かといって、同行者が居ないわけでもない。すっかり懐いてしまった謎ミミズクと、この精霊樹の森の空の長にしてテイオウキジバトのルーク君だ。ルーク君からもなぜだか気に入られてしまった。


 かなりの重役なんだと思うけど気安く一人の人間を気に入ってしまってもいいのか、という疑問は感じたものの、言ってみればこの森では彼らが法なわけで、その法に疑問を感じるほど賢い動物はほとんどいない。

 疑問を感じ長たちに反旗を翻すようや獣が現れたところで腕力で押さえつければそれでいいというのが野生の掟みたいなものだ。


 精霊さんという高度な知性をもった存在が本当の頂点にいるとはいえ、その精霊さん自身が弱肉強食の理に手を加えようと思ってもいないんだから、ルーク君が俺と同行してもいまさら問題になる事なんか、ないんだろう、きっと。



 さて、今回の遠征の目的は、前回の実戦の時に確かめられなかった、……確かめるのを忘れていたデスコンテナの確認だ。

 他にもいくつか確認したい事はある。


 かといって、食事の必要性が薄くなった上に食料のストックも大量にある俺が、凶暴でもない生き物をただ実験のためだけで無闇に殺すのは心苦しい。


 そこで俺はルーク君に道案内を頼んだ。斃していい相手がどこにいるか知らないか、と。


 精霊さんという通訳がいないのでルーク君の言葉はさっぱりわからんのだが、首の振り方でYESとNOだけは憶えてもらったし、あっちはこっちの言葉を理解してくれているようなのでコミュニケーションに支障はない。

 ちなみに、《動物学》をルーク君にも使ってみたのだが、やっぱり名前以外の項目は全て文字化けしていて完全に判読不能だった。


 さて、そんなルーク君だが俺をどこへ案内してくれるんだろう。


 《マジカルマップ》や《気配探知》の効果による肉眼と天眼の二重視点のおかげで現在位置はだいたい把握できている。仮に急に置いてかれて自力で帰れと言われても帰る自信はあるくらいだ。


 たぶん、百足蜘蛛が巣を張って陣取っていた方角へ進んでいる。


「もしかしてこの間の百足蜘蛛のところに行くのか?」

「Kr」


 背中から見ていてもわかるほどはっきりした頷き一つ。


「まさかあいつ、死んでなかった。生きてるのか?」

「Kuur」


 こんどもわかりやすく首を横に振って否定。

 だよな。目の前で頭がグチャーってなって、中から魔石とかいう大事なモノっぽい石が取り出されてた。その魔石はいま《赤い魔石》という名前のアイテムになって俺の拡張インベントリの中だ。


「ええ……じゃあなんなんだ」

「Krrr Po Krupy!」


 いや、わかんねえんだってば。


「ええと、あいつ自身は間違いなく死んでるわけだよな?」

「Kr」


 じゃあなんだ? 考えられる可能性と言えば……そういえば、全長20メートルを超える個体だったとはいえ、たった一体の虫だけで直径1キロを超える範囲の巣なんて必要となるだろうか。


「もしかして、奴の子供が残ってたか?」

「Kuu……Kuur」


 少し迷った後の否定、って所だろうか。結局は否定なわけだが、なんで迷ったんだ?


「子供では、ない? じゃあ仲間か?」

「Kr!」


 そうか、奴に仲間がいたのか。


「え、それってまずくないか?」


 俺の《気配探知》スキルには引っかからなかったぞ? や、確かにあの蜘蛛の巣が張った領域全部を探索できていたわけじゃないけど、精霊さんはとんでもない速さで動き回ってあの巣の領域をほとんど回ってたはずだ。


 ……いや、精霊さんだからなあ。巣にかかった生存者を探そうとは言ったけど、百足蜘蛛の仲間なんてあの時は思いつきもしなかった。仮にあの段階で精霊さんが気づいていたとしても、あんな怪物でさえ“あの子”扱いする精霊さんが、その仲間を見つけたところで問題視するとは思えない。

 多くの人間が蟻一匹一匹の動きなど気にしないように、精霊さんもあの百足蜘蛛より下の存在なんかいちいち気にしないんだろう。


 ううむ。なんか、生物しての格というか、存在そのものの格の違いを感じるなあ。


 俺にいろいろよくしてくれるのも、神様から命じられたからなんだと思うし。


 そう考えると、ちょっと寂しい。


「Kurrpi!」

「お? ああ、着いたか」


 天眼視点の範囲にはまだ入っていないけど、肉眼では蜘蛛の巣が張り巡らされた木々が見え始めた。

 前回来た時だけではさすがに取りきれなかったのだ。


「蜘蛛の巣掃除もぱぱっとやっちまうか。そんで、百足蜘蛛の仲間がどこにいるのかはわかってるんだよな?」

「Kr!」


 力強い返事をもらった。ここは信用するするしかないだろう。


 蜘蛛の巣を手当たり次第に撤去回収しながらルーク君についていく。


 体が大きいルーク君はやっぱり歩くだけであっちこっちに蜘蛛の巣やら木の枝やらがひっかかって歩きづらそうだったけど、自分の体の大きさはきっちり把握しているらしく、明らかに狭い木々の合間などには無謀な挑戦なんかしないではじめから迂回している。

 こっちの言葉を完全に理解している時点でわかっちゃいたんだけど、そういう細かな動作からも知性を感じさせられる。


 迂回路もきっちり計算した上で、ルーク君の案内には迷いが無い。


 なんとなく振り返ってみると、俺が蜘蛛の巣を撤去してきた、というよりも、ルーク君に絡み付いて蜘蛛の巣がはずされたラインがはっきり見て取れた。面白い。


「Kuurpy!」

「お?」


 ルーク君がひときわ大きく鳴いた。俺の頭の上の謎ミミズクも若干緊張している。


「着いたか?」

「Kr!」


 肉眼からではよくわからなかったが、天眼で見るとその場所がはっきりわかった。


「《マルチロック!》」


 さらに《アクション》を発動させると、《マジカルマップ》に灰色のマーカーがぽつぽつと浮き出てきた。その数、およそ三十。灰色という事は一応は攻撃可能な中立モブ扱いだが……。


「Krrry!」


 ルーク君の声色が変わった。明らかに警戒を促す音色だ。

 即座に武器を展開するが弓が無い。しまった、斧を装備するために一度はずしたんだった。

 あわてて弓を装備しなおすと即座に一矢を放ってしまう。


「Gyyyy!」


 命中したのは最も近くに居た灰色の個体。

 しまった、と思ったが時すでに遅し。灰色のマーカーが次々と赤く変色していく。


「くっ。二人ともうかつに動くなよ! 《マルチロック》《マルチショット》!」


 初撃で解除されてしまった《マルチロック》をかけなおし、ノータイムで《マルチショット》を発動。矢を番える右手が自分でも信じられない速度で動き、ロックしていたマーカーの分だけオートマティックに次々と、天へ向かって矢を放つ。


 大きく仰け反ったせいで謎ミミズクが俺の頭から転げ落ちたが気にしていられない。


 ゲームの時の《マルチロック》《マルチショット》の“マルチコンボ”はどれだけの的があっても一瞬で全ての矢を放ち終えていたが、現実になるとこういう動作になるらしい。


 そして、俺は次々と放ち続ける矢のほとんどに、必中の確信を得ていた。


「Gi!」

「Pgya!」

「Ggggggg」

「Gobo」

「Dadddd」


 一見、真っ直ぐ上へと放たれたように見えていた矢はそれぞれ鋭い弧を描いて狙った標的へと降り注ぐ。

 そのほとんどが一撃必殺。


 あの百足蜘蛛ほどの巨体をもつ個体はいなかったようで、胴体の真ん中を矢に貫かれただけでも普通の虫ならば死んでしまうものらしい。やっぱり、あの百足蜘蛛が特別に生命力の強い個体だったんだろう。


 とはいえ、二十ちょっと居た蟲たちの中には一撃で仕留め切れなかった者や、そもそも矢が外れてしまった者を数体出してしまった。


「ルーク君! あそことあそこを頼む! 謎ミミズク、お前も働け! アイツとアイツなら既に瀕死だ!」

「Krru!」

「Py!」


 ゲーム時代の癖が出た。一度攻撃を加えたモブはすぐに殺しきらないとすぐに反撃が来る。第三射を放つには少し時間がかかる、その間をつなぐために同行である二羽に協力要請と、命令を飛ばした。


 二羽ともすぐに答えてくれた。


 ルーク君はさすがに長を張るだけの貫禄を見せ、でっかいタガメみたいな虫とでっかいカマキリみたいな奴を瞬殺。どちらも矢が外れてしまって無傷だったが本当に一瞬だった。


 謎ミミズクは一匹目は本当に瀕死だったようで胴体の真ん中を射抜かれ枝に縫いとめられていた巨大カブトムシの頭を脚で握りつぶしたが、同じく矢によって枝に縫いとめられていた小さな百足蜘蛛を相手に梃子摺っている。


 全長1,5メートルほどだろうか。あのボス百足蜘蛛と比べればだいぶ小さいが、ムカデにしたってクモにしたって1,5メートルはだいぶデカい。

 そんなのを見ても動揺しなくなってしまった俺は、だいぶこの世界に慣れてきたと思う。


「ミミズク離れろ! ルーク君、俺がやるから!」


 今度こそトドメを狙う。


「《ポイズンアロー》!」


 頭を潰されてもまだもがいていたあの巨大なボス百足蜘蛛を一瞬で静かにした毒矢だ。それより小さな百足蜘蛛ではひとたまりもなかった。


 未だ蜘蛛の巣が残る白く薄暗い森の中、俺の眼前には俺が斃した節足動物の死骸が広がるのみ。


 俺にとっての二度目の戦闘は、まるで意図せず相手をいじめてしまったような後味の悪さが残った。


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