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そこは紛れもなく二つ目の地球だった

 もっとちゃんと、この世界について知るべきだと再確認した所で、こんどは精霊さんの方から質問が来る。


『ところで、リオンあなた、自分自身の魔法についてよくわかってないと言いながら、自分の次の行動によって何が起こるのか、だいたい予想がついているみたいじゃない?』

「え? ああ、まあな。だいたいの法則性はわかってる。人生の半分以上触れてきた事。いや、一度死んで魂だけの状態でここの世界の神様に拾われたわけだから、前の人生の半分以上を、って言った方が正しいのかな」


 享年十八歳。父親の助けを借りて五歳の頃からずっとプレイしていたセコンドテラオンラインというゲームの仕様だ。たいがいのデータは計算式まで暗記している。


 わからないのは、見下ろし2D型の古いMMORPGがそのまんま一人称視点に作り変えられてしまったような操作感の違い。

 そして、この異世界の現実の法則がセコンドテラオンラインというゲームの仕様や世界設定とは全く違う、というところから来る、仕様と現実のすり合わせ。

 言い換えると、この世界の法則による事によって変わってしまったゲームの仕様がどのくらいあるのかだ。


 完全にゲームのままだったらどんだけ楽だっただろう。

 と、思う反面、もしそうだったら、意外と退屈だったかもな、という現状への、なんていうんだろう、迎合、かな? そういう気持ちもある。


『あなた、そういう所あるわよね』

「うん?」

『自分が知っている情報を他人と共有しようとしない。情報だけじゃない、気持ちも、人間ってそういうの、大事にするんじゃないの?』


 うん?


「いや、そんなつもりはないけど」

『そう? じゃあ単純に精神が未熟なのかしら……』


 どういう事?


『あなたが知ってる事を、私も知っているわけじゃないのよ? それとも、あなたはあなたの性質を知る事を、自分一人の力だけで成し遂げないといけないと思っているの?』


 え。


 ……あ。


 目から鱗だった。


 そういえば、俺は、この世界に来てからほとんどずっと精霊さんと一緒に居るけど、俺は俺自身の事を精霊さんに話した事が、ほとんど無い。


 この世界の事を教わってばかりで、自分から何かを伝えようとは、してないかもしれない。いや、してこなかった。


「なんか、ごめん」


 自分の事を一切話そうとしないくせに馴れ馴れしく質問だけは多いガキの相手を、精霊さんは根気強く続けていてくれた、という事か……。


『いやいや、なんで落ち込んじゃうの。顔に出る子ねえ。そういうつもりじゃないのよ。自分の過去は話したくない? それならそれでもいいのよ。あなたは異世界から来た人間で、同時に神の使途。異世界人にしても変わった性質を持っていて、私たち精霊がじかにふれる事のできる数少ない存在。これだけわかっていれば、私たち精霊にとってあなたという人間を信用するには足りるのだから』


 なんだか、ひどく優しくて柔らかい笑顔を向けられてしまっている。


 慈愛の表情とはこういう事を言うんだろうか。


 でもたぶん、それに甘えてちゃダメなんだよな。


「いや、話すよ。この世界の魔法について詳しい精霊さんが居るんだから、初めからもっとちゃんと協力を仰いでおくべきだったんだ。俺が知る限りのこの魔法、性質についてちゃんと話した上でさ」

『うんうん』


 こんどはなんか、イトコのお姉さんみたいな顔をされてしまった。


 イトコのお姉さんは父親の兄の娘、つまり伯父さんの子で、伯父さんの所にはうちと違って四人兄妹がいた。男、女、男、女、だったかな。


 年に一回、正月に父親の両親の家に集まった時にそこの次男とひどい喧嘩をした事があった。その時に仲裁してくれたのがイトコのお姉さんだった。


 満足げというか、優しげというか、してやったりというか。偉そうな笑顔だけど嫌味がない、色んな要素が混ざったなんとも言えない顔だ。


「それに、言いづらい過去話も無い……と思うし」


 なんせずっとゲーム三昧だったからなあ。


『じっくり聞くわよ』


 またいい笑顔を向けられてしまい、俺は、たぶん精霊さんにはずっとかなわないんだろうなと、そう思った。



 何から話せばいいのかわからなかったので、とりあえず俺の世界の、地球がどんな場所だったのかから話した。


 魔力も魔法も、本当はあったらしいけど大多数の人間はその存在を妄想か娯楽作品の中でしか存在しないものだと思っていた。

 ついでに言うと神様や、精霊さんみたいな存在も似たような認識で、中には神様と交信できるとか、幽霊を見えるとか言う人は居たけど、世の中はそういう人ごとエンターテイメントにして、まるで作り話のようにしてしまっていた。そうじゃなきゃ仲間はずれにしたがるのが圧倒的大多数。それが俺が生まれ育った日本という国だった。


 当然その人たちは魔法なんて使えるはずもなく、だけど魔法なんか使えなくても科学という技術を使いこなす人たちが文明を発展させ、大勢が生き残りやすい社会を作った。


 けど、そう、妄想や娯楽作品の中でなら、魔力や魔法はいくらでも存在していた。


 俺は、セコンドテラオンラインという“遊び”の中でなら、魔法や魔力や《スキル》というこの世界にも無い魔法みたいな法則を使いこなし、活躍する勇者だった。


 そういえば、神様が俺をこの世界に落とす前に言っていた。


 新しく作り出す肉体は魂にふさわしい形にする、と。


 俺は五歳という物心ついてすぐの頃から父親の助けを借りてセコンドテラオンラインというゲームをプレイし始めた。べつに、オタク趣味があった父親からやれと押し付けられたわけではない。

 父の膝の上で、父がセコンドテラをプレイしている画面を見ながら自分もやりたいとねだったんだ。


 はじめはタイピングなんかできなくてコミュニケーションといったらお辞儀を連発するくらいで、しかも五歳児から小学校低学年くらいまでの稚拙なプレイでは周りに迷惑をかけるばかりだったけど、当時既に基本プレイ無料でもっと解像度の高いゲームが現れはじめた中で、月額課金制を貫いたまま十年近い歴史があったセコンドテラオンラインというゲームのプレイヤーさんたちは、ほとんどが大人の人たちばかりだった。


 だから俺のワンマンプレイをみんな寛容に受け止めてくれていたと思う。

 いや、画面の向こうじゃどんな顔をしていたかなんて、わかんないんだけどね。


 精霊さんははじめ、顔を突き合わせずどこか遠い所に居る者同士が大勢で一緒にできる遊び、という奴が理解できない様子だったけど、なんとか説明した。


 地球で隕石に直撃されて死んだのが十八歳で、そのうちの十三年間もずっとセコンドテラをプレイし続けていたのだから、魂がそっち寄りになっていたとしても、不思議じゃないのかもしれない。


 だから、俺はあの、魂と精神だけが訪れる事ができるというマーブルカラーの空間にいた時から、セコンドテラの自キャラ、リオン・ロードの姿をしていたんだ。神様たちがしきりに異質だ異質だといってたのも、今思い返せば納得しかない。


 そういえばあの時、神様たちはなんて言ってたっけか。


 集合無意識の加護、だったか? 集合無意識ってなんだっけ。

 セコンドテラじゃない別のゲーム、それもコンシューマーのやつのどれかで聞いた覚えがあるんだけど。なんだっけかなぁ……。思い出せない。


 ともかく、俺のこれはやっぱり魔法でも性質でもなくて、加護と呼ぶべきなんだな。


 こんな感じで、俺はなるべく順序だって説明するつもりだったのに、結局はとりとめも無いような形で思い出し次第喋り、自分についての事を精霊さんに話した。


 精霊さんも、この加護について参考になりそうな部分とならない部分を分けて聞いていたみたいだし、俺自身もこうして誰かに説明する事で、自分の中で色んな事を整理できた。


 けどこの作業は思いのほか時間がかかってしまった。


 ゲームの仕様を説明するだけじゃなく、十三年間の間に起きたいろんな人たちとのやりとり、起きた事、起こしてしまった事、成功も失敗も交えて、彼らとの繋がりを話してしまったから。


 話し手も聞き手も、眠らなくていいというのはなかなか恐ろしい事だったみたいで、俺が話す事に満足した時には、驚くべき事に丸二日もの時間が経っていた。


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