樵の検証
斧の刃が精霊樹の枝に食い込んだ時、スィン と澄んだ音がした。金属と樹木がぶつかった時の音とは思えないが、確かにした。
「な…なんだ?」
『リオンこそ……何をしているの?』
うご。
精霊さんから伝わってくるのは、今まで感じた事のないほどの威圧。怒気。
「ま、まてまて。よく見ててくれ」
さすがに自分が宿っている樹を傷つけられるのは嫌だったらしい。確かにこの世界の人間が、というか俺以外なら異世界人でもこんな事をすればこの立派な精霊樹を傷つけてしまっただろう。けど安心してほしい。
枝に食い込んだ斧をはずして、刺さっていた場所をよく見てくれとアピールする。昨日、蜘蛛の巣だらけの森の樹で試した時と同じく、斧が刺さっていたはずの場所にその痕跡はない。
たっぷり数秒間、さすがの精霊さんでも何がどうなっているのかをすぐには飲み込めないでいた。
その間にアイテム入手のシステムメッセージが響く。
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
おや、さすがに精霊樹だけあって難易度が高い方の樹木として判定されたか。
『え? どういう事?』
「これもどうやら俺の魔法、性質らしい」
ほんと、便利な言葉だ。
適当に説明しながら基礎インベントリの中を確認する。
《シャインウッドログ:22》というアイテムを発見した。
なるほど、これまたそれっぽいな。
セコンドテラでは木材が全部で六種類あった。
これまた公式での解説は一切されていなかったが、プレイヤー間では便宜上、通常四種、上位二種と呼ばれていて、通常四種は《オーク》《アッシュ》《ブランチ》《パイン》。
《オーク》は耐久値と攻撃力にボーナス。日本だと樫や楢がオークと訳される。
《アッシュ》は攻撃速度にボーナス。これは日本語だとトネリコだかトルネコだかいうあまり聞かない種類の木だったはずだ。
《ブランチ》は装備条件緩和。これは白樺。真っ白な樹皮が特徴的な木だと知識では知っているけど実物を見たことはない。
《パイン》は重量が増える代わりにより高い攻撃力ボーナス。これは松…か、杉か檜か、どれかだった筈だ。針葉樹だって事だけは確かなんだけど……。ちゃんとおぼえてない。
通常四種を実用するんだったら、
弓を作るなら《オーク》か《アッシュ》。
木製の杖系武器を作るなら《オーク》か《パイン》。
各武器スキルの上げ始めに使う武器を作る時は《ブランチ》を使う。という感じで使い分けられていた。
特殊二種は《アンブラウッド》と《シャインウッド》。
《アンブラウッド》はオーク以上の耐久値、パイン以上の攻撃力上昇に加えて、一定確率で狙った状態異常を与える物理戦闘向けの木材。
《シャインウッド》は装備者の魔法系スキルにボーナスを与えて、《MP》の自然回復速度にボーナスを与える魔法使い向けの木材だった。
通常種は《伐採》の熟練度が《10》の時点から木材を得る可能性がでる。その場合、入手できる木材の数は《ランバージャック》のジョブボーナスがあっても《1》だけだ。
熟練度が《20》《30》と十刻みで上がるたびに、《伐採》に成功した時に得られる木材の量が《1》ずつ増えていき、《50》になって初めてジョブボーナスが効果を現してくれるようになる。
ところが上位二種は《伐採》のスキル値が《85》以上ないと《伐採》が成功しない仕様だったうえに、入手できる場所が非常に限られていた。
特定のダンジョンの内部で襲い来るモンスターをしのぎ、隙を突いて伐採するか、地表全体の伐採可能な木々のうちのどれかが低確率で変化する《怪しい木》を発見するか、どちらかだった。
前者の入手法は生産ジョブをメインにしたプレイヤーがソロで採りに行くのは事実上不可能とか言われていたし、後者は戦闘のリスクこそ少ないものの広大な森林の中から一本を見つけ出すだけでも非常に困難だったし、一度でも《伐採》して木材をとると、その木の伐採可能回数が回復した時に一定確率で《怪しい木》から普通の木に戻ってしまう。
上位二種は通常四種と比べて一度の《伐採》で入手できる木材の数が二倍という得点があるが、そんなものは気休めにしかならないくらい、レアな木材だった。
『うーん、やっぱり興味深いわね』
俺がセコンドテラの仕様を思い出している間、精霊さんは斧があたった筈の場所を入念にチェックしていた。とりあえず怒りは収まったようだ。
「見ての通り、どうやら俺は木とかそういうのを壊したり動かしたりはできない体になっているらしい。そういう魔法、加護、性質、なんだと思うけど、どれが一番適した言い方なのかは未だによくわからない」
『そうね。その斧も見せてもらっていい?』
「はいよ」
手渡してみると、精霊さんは普通にそれを受け取った。
装備欄を見ると斧はきっちり装備からはずされている。
『いま、ごく自然に受け取ったけれど、やっぱりこれもおかしいのよね。私は人間が手を加えた物だとしても普通なら触れる事もできない。なのにこれは、この斧はこうして精霊である私が持って振るう事ができている』
樵をする時の斧の使い方ではなく、薪を割る時のようにまっすぐ振り下ろす素振りをしながらどこか感慨深げに言っている。
「何か違うん?」
『私には、普通の斧とこの斧の違いがどこなのかはわからないわ。大精霊さま、あるいは三柱の神々のどなたかなら詳しく調べる事もできるかもしれないけど、大精霊さまは今どこにいらっしゃるのかわからないし、神々はお忙しい上にとても力の強い方々だから』
「前に言ってたな。ちょっとここに来るだけでもどんだけ影響を残すかわからないとか?」
『うん。私にあなたの世話を頼むといってこちらにいらした数秒間だけでも、この辺りの木々が二年分は早く成長してしまったくらいよ』
木々が二年……逆にピンとこないが。
ふむう。やっぱりなんとか自力で解き明かすしかないのかね。
そのためには、やっぱりこの世界にもともとある魔法の使い方、魔力の感じ方を俺もおぼえた方がいい気がする。
『……あまり気は進まないけど、もう一度やってみて』
「わかった」
精霊さんから斧を返してもらって、俺はもう一度太い幹に向かって斧を振り下ろした。
やはり スィィン と澄んだ音がした。その後、刃を抜いて一秒待つ。
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
基礎インベントリの中では《シャインウッドログ:44》に。
『……うーん。斧が当たると、当たった所だけじゃなくて精霊樹全体の魔力がほんの少しだけ減るみたい』
「え? それってまずいんじゃ」
『ううん。ほんとに、ほんの少しだけ。同じことを百回繰り返してもまだ無視できるくらい、ほんの少しだけ』
百回もか。
確か同じ木から短時間のうちに《伐採》できる回数は十回までだったはずだ。
「もう何回か、試してもいいか?」
『ええ、あなたなら構わないわね』
あなたなら、とか言われるとドキっとしてしまう。
が、これはこの性質を持つ俺なら何度やっても精霊樹が傷つく心配がないから、という意味だろう。
きっとそうだ。
ともかく了承は得られたのだから、そこも仕様どおりなのかを確かめるため、あと八回、俺は同じ事を繰り返す。
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
《あなたは斧で丸太を採り鞄にしまった:22》
これでトータル十回、精霊樹に斧を入れた。
次はどうなるか。
《この木からはもう木材を得る事はできない》
出た! 仕様どおり!
『あら? 魔力が、減らなかったわ』
やっぱり!
じゃあ!
「ごめん、もうちょっと試したい」
『え、ええ』
精霊樹のてっぺんには今実験に使ったくらい太い枝がいっぱい分かれて伸びている。
ひょっとしたらこの枝一本一本が、ゲームの仕様的には幹の一本として数えられるかもしれない。
まあ、精霊さんがこれを切っただけでも精霊樹全体から魔力がどうのと言っていたからなんとなく結果は見えているんだが……
「ていっ!」
なんとなく、願いを込めて気合を入れる。
《この木からはもう木材を得る事はできない》
「ダメだ。……ダメか」
いくら一本一本の枝が普通の木の幹くらい太くても、それはやっぱり一本の樹木の枝としか見られないのだろう。
ここで仕様の隙を見つける事は、できなかったようだった。
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016/3/27 誤字修正




