プロローグ2
なんだか小難しい言い回しでいろいろと説明されたが、暫定・女神の言っていた事をざっくりまとめるとこうだ。
自分たちの世界にある文明が様々な要因からなかなか発展しなくてやきもきしている。
俺たち、隕石の直撃を受けて死んだ学生たちと、数名の会社員。そして作務衣のオッサンとコントのお兄さんは向上心あふれる人々なので、その影響が世界にじわりじわりと浸透する事を期待して、暫定・女神さまたちが管理・運営する世界に来て文明の発展に協力してほしい。
だけど、必ず発展させなければペナルティーを課すとか、そういう話はされなかった。
「あの」
そこまで聞いて、さっきも喋っていた学級委員長か図書委員でもやっていそうな見た目の女子がおずおずと手を上げた。
周囲の視線が彼女の集まり、暫定・女神のシルエットも彼女の方を向く。
「なんで、私たちなんでしょう。さっきは私たちに素質があるからといいました。向上心があるから、とか。それはわかりましたけど、べつに向上心にあふれる人なんて、私たちだけじゃなかったでしょう? それとも、私たちだけが持ってる特別な力があるとか? ですか? それこそ、私たちと同じバスに乗っていたほかの人たちだって」
ああ、そういえば、バスに乗っていた受験会場へ向かう学生は今の倍以上いた筈だ。
『あなた方がお持ちの素質は、あなた方本人が思っているよりも大きなものです。そしてわたくしたちがあなた方に求めた向上心は、一つの前提条件に過ぎません。同じくらい重要であるのは、記憶や人格をそのままに異なる世界へと訪れてもその有り様を受け入れられる者である事。わたくしたちはあなたがの向上心を求める一方で、わたくしたちの世界とは異なる条件で発展した世界からの知識や技術をも欲しておりますから、記憶と人格の保持も重要です』
「はあ……」
噛み砕いて細かく説明ようとしてくれているのだろうけど、要は
“異世界転移やら異世界転生やらにアレルギーを持ってない人”
って事だろう。
ともあれ、彼女をきっかけに、空気に飲まれるばかりで、この状況を飲み込みきれていなかった人たちも少しずつ冷静になりはじめたみたいだ。
それで、なんとも不思議な質疑応答タイムが始まった。
まずは、絶対にかの神様たちの管理するという世界にいかなくてはならないのか、という質問。
答えは、NO。これはあくまで頼み事でしかなく、立場や力関係の差など気にせず、気に入らないようならこの頼みを断ってもいい。
次に続いたのは断った場合どうなるのかという質問。
答えは、どうにもならない。普通に死んだ時と同じに戻るだけであるという。
その、普通に死んだ時の後が具体的にどういうものなのか、という質問も続いた。
どうやら複雑かつ壮大な話になるというので大幅に省かれてしまったようだが、俺たち日本人の場合は大きな割合で“輪廻の渦”というものの中に戻るだけだろうという話だった。
そこから更に、その“輪廻の渦”というものに戻った場合、暫定・女神さまたち三柱の神々が管理する世界の住人に生まれ変わる事はあるのだろうか、という質問。
答えは、NO。暫定・女神さまたちが管理している世界にも“輪廻の渦”は存在するものの、俺たちが住んでいた地球のある世界とは完全に切り離された別個の“渦”であるらしく、よほどの強運や天変地異や強力な魔術などで異常がおきなければ、それまで属していた“渦”から違う“渦”へと飛び移るような事はないという。
ここで強力な魔術という言葉に超反応したのはいかにも普通っぽい普通な見た目の男子だった。俺の通っている高校と同じ制服を着ているのだが、まったく見覚えがないくらい普通な印象しか受けない。ザ・モブ。
彼は暫定・女神さまの世界には魔術が存在するのかと尋ねた。
答えは、YES。正確には俺たちがいた地球にも魔法や魔術といわれる超神秘的なエネルギーを利用した術理はあるらしい。ところが世界そのものを構成する要素がどうのこうのと途中でまた大きく省かれてしまった気がするが、とにかく難易度が高すぎるらしく使える人間はほとんど居ないだろう、との事。
つまり俺たちがそういう人たちと出会ったことがなかっただけ。あるいはそういう人たちが世間で有名にならなかったせいで存在しないんだと思い込んでいただけだという。
じゃあ、魔法とかを使いたいだけなら異世界にいかなくてもいいのか、という呟きが聞こえた。
それを言ったのは見るからに気弱そうな女子で、はやくも帰りたいという気持ちが出始めているようだった。
そんな彼女の空気が少しずつ伝播し、なんとなくしんみりした空気になりかけた。
が、ここであの同級生モブ男子はこの空気に流されなかった。彼は続けて尋ねる。
じゃあ、あなた方の世界に行けば、地球にいた頃よりも簡単に魔法を使えるんですね?
答えは、当然のようにYES。
彼は畳み掛ける。
自分たちはどのような形でそちらの世界に行くのだろうか。一度死んだ身なのだから現地の人間の子供として新しく産まれるのか、それとも何らかの手段、それこそ魔法でも使って生前の肉体をそのままに降り立つのか。
答えは、どちらでも大丈夫。選択してくれれば望んだ形で個別に迎え入れる事が可能である。
では、どちらの形での“生まれ変わり”にしても、そちらに行った事による“特典”を得る事は可能だろうか。
彼がこの質問を口にしたとき、周囲の地球人の何人かがざわついた。
さらに今まで一度も淀みなく答えていた暫定・女神が、少し返答をためらったようだった。
たっぷり数秒ほど間を空けた後、女神は答える、YESと。
しかし同級生がガッツポーズを取る間もなく但しが続く。
『あなたが求めているのは、いわゆる、転生ちいと、というものですね。正直に申しまして、あなたがたのうちのただ一人を相手にでも、十全なそれを与えるわけにはいきません』
「なぜ!」
同級生男子が吼えた。
『過去に力を与えすぎたことから増徴し、大陸の一部に命ある者を寄せ付けぬ魔境を作り上げてしまった者がいたからです』
おっと! これは重大発言じゃないのか。
つまりこの神様たちは過去にも同じように異世界から招いた誰ががいたって事だろう。
そしてそいつが、与えられた力で無茶苦茶をして、神様たちの大目的である文明の発展とは真逆の事をしてしまった。
「そ……それは」
同級生男子もとっさに反論できないらしい。自分はそんな事しない、なんて言える自信はなかったようだ。
ところがここで意外な援護射撃が入る。
「あなたは我々に素質があるというが、我々は生まれてからこのかたずっと文明の利器に囲まれ、それに頼って生きてきた。あなたの世界がどのくらい文明がある場所なのかは知らないが、こんな我々が送り込まれる事で文明の発展が見込める世界なら、地球よりも遅れた世界だという事、治安だってどんなものなのかわからない。そんな場所に、何のアフターケアもなしに放り込むというんですか?」
なんとスーツ姿のお兄さんだ。
襟元にキラリと光る弁護士バッヂ。まだ二十代くらいで若く見えるが司法試験をパスしたエリート(?)らしい。
エリートって使い方あってるか? これ。
『無論、何もして差し上げないわけではありません。いくつか、ご希望にそった補助的な加護と祝福は授けます。過分な力を与えられないというだけの事です』
言質は取ったぞ、とばかりに弁護士バッヂの目が光る。
ここから弁護士のお兄さんが少しでも自分たちに有利な条件を引き出すため、神様相手に壮絶な舌戦を繰り広げるのか、と思いきや、なぜかそれ以上つっこまずに俺の同級生男子のところにトコトコと歩み寄って、ポンと肩をたたいた。
あ、こいつこれ以上何もしない気だ。試験は通ったけどダメな奴だこれ。
「あ、ああ。ありがとうございます。えっと、じゃあどのくらいのチート……いや、加護をもらえるんでしょうか」
『これ、と定まった形の枠はございません。お一人ずつご希望をうかがって、わたくしたちが各々に与えて問題ないだろうと判断した最大限の加護と祝福を差し上げます』
まだ説明の途中だが、俺にはさっきから少しずつ、シルエットだけだった暫定・女神が半透明な色つきで見えるようになってきた。
あれは……もう暫定をとってもよさそうなくらい女神している。
「もうちょっと具体的に、何がもらえるとか教えてもらえませんか」
『そう、ですね。たとえばあなたは先ほど魔術に大きな興味を示されましたが、既にお持ちになられている魔術の資質を少し底上げし、上乗せするだけでも、相当な技術を自力で編み出せるほどになるでしょう』
「! おっ……僕にも魔術の資質があるんですね!?」
今あいつ、俺って言いかけたな。別に言い直す必要もないと思うんだが。
『はい。どのくらい底上げし上乗せするかは、申し訳ありませんがこちらですべて判断させていただきますが、決して原住民には劣らず、わたくしたちが求める文明の進歩を助けられるくらいにはいたします』
女神さまたちの大目的は自分たちの世界の文明を発展させる事だ。
俺たちを招くのだってたぶんタダじゃないんだろうから、そりゃ成功率を上げるためのアフターケアくらいはやるだろう。
つまり、彼らの質疑応答のていをとった交渉ははじめから用意されていたプランなわけで、完全に手のひらの上で転がされ……いや、目の前で勝手に騒いでるだけ、という感じがしてきた。
さすがは神様だ。
同級生男子もそれに気づいたのだろう。完全なチートではないにしても、とりあえず何かしらのアドバンテージをもらえると悟りそれ以上は何も言わずに一度だけ頷くように頭を下げた。
使えない弁護士バッヂは同級生が満足したのだと思ったらしく、自分も満足げにうなずいているがはっきり行ってお前はたいした仕事はしていない。
『もう他に、質問はありませんか?』
この場にいて、初めから今まで一言も発さなかった人たちははじめから抗議するつもりなどなかったのだろう。
それでいて、何も考えずにボーっとしていた人もいなかったようだから、ここに招かれた人たちは全員とも、したたかな人たちだったみたいだ。
自分から積極的に質問する事はしないけど、聡く周りを観察して抜け目無い。現代日本人って意外とそういうとこ、あるよね。
質問が続かないと判断した女神さまは、ここに呼ばれた地球人の一人ひとりに対して丁寧に、順番に意思確認していった。
さすがは最初から三柱の神々が選りすぐった人材で、ここでいまさら地球に帰って死にますなんて言い出す人は一人も現れず、多くがエウディコッツという世界に、地球で死んだ時の直前と同じ姿をした、新しい肉体での転生を望んだ。
望んだチート、もといアドバンテージは人それぞれで、神様たちも宣言どおりにそれぞれの望んだ方向性で最大限の譲歩をした上での祝福をしていたのだと思う。
俺はというと、神様たちが祝福を与えた地球人が三人目を数えたところで、まず女神様の姿を完全に見られるようになった。
何をやっているのかは、なんかおぼろげな光というか波動というか、よくわからないものを頭の上から振りかけているな、という事だけを見る事ができ、ちゃんと宣言どおりの祝福が与えられているのかどうかまでははっきり見えなかった。
だから「していたのだと思う」どまりなわけだけど、あの神様たちはなんとなく人をだましたりするようなタイプの神様じゃないな、と根拠もなく感じていた。
祝福を与えられた地球人はすぐに向こうの世界に送られるらしく、着々とこの謎のマーブルカラーの空間にいる地球人の数は減っていく。
最後に残されたのは、この空間に来た時にもっとも取り乱していた、サチカとアキという女子生徒二人。
この二人もやはり死ぬ直前の姿での転生を望み、そして二人そろって同じ時、同じ場所に降り立つ事を望んだ。
そういえば、この二人の他に友達同士っぽい人たちがいなかったのは偶然なんだろうか。
まあ細かい事は気にしない。
アキは“守る力”という漠然とした祝福を、サチカは“癒す力”というこれまた具体的でない祝福を与えられ、望みどおりに二人仲良く同じ場所に送られていく。
そうして、本当の最後の最後に残されたのは、俺一人だった。
プロローグは3まで




