魔石、それはメジャーなアイテム
謎のミミズクの事はいったん保留にして、俺たちは適当に蜘蛛の巣を撤去・回収しながら百足蜘蛛の死体の場所まで戻ってきた。
精霊さんはまた俺の背中を指定席にして、謎のミミズクは俺の頭の上を指定席にしやがった。
布製のバンダナだがしっかり防御力があるのでミミズクの爪があたっても痛くない。仕様さまさまである。
その巨体から俺を指定席にできないルーク君は、巨体でもベースがハトだからか歩くのが上手くぶっちゃけ陸上でも俺が歩くより早く歩けていた。
が、やはりその巨体からちょいちょい蜘蛛の巣や木の枝に引っかかって煩わしそうにしていた。今もからだのあっちこっちにいろいろついていて、仮にもこの森に住む動物たちの取りまとめ役のいちっぱしを担っているとは思えない。
あとでちゃんと手入れしてやろう。
『それで、何をするの?』
「うん。ちょっとドロップアイテムの確認とかを、な」
戦闘がゲーム仕様になるなら戦闘後のドロップもゲーム仕様になるんじゃないか。そんな考えは実はこの百足蜘蛛と戦う前からあった考えだった。
けど、実際に自分の体を使った戦いが、そして初めて明確な意思をひしひしと感じさせる大きな相手を殺したという感覚が、思っていたよりもずっと俺の精神に負荷をかけていたようだ。
いつもの俺ならコイツを倒したあとすぐにドロップを確認するために死体をダブルクリックしていたと思う。
背中の後ろの精霊さん、頭の上の謎ミミズク、そして少し離れた位置にいるルーク君に見守られ、もとい興味津々に観察されながら、長い胴体の半分だけでとぐろを巻いた百足蜘蛛の死体を右手の人差し指でダブルタップする。
「………」
『………うん?』
反応は、ない。
うーん。どういうことだろう。今俺が考えられるのは二つだが、まずセコンドテラでの戦利品の獲得についておさらいしないといけない。
きょうびのMMORPGでも戦利品の獲得方法は主流と呼べるものがいくつかあった。
敵を倒せば自動でインベントリの中に放り込まれるオートルート制。
倒されたモンスターはすぐに跡形も無くなって消え代わりに戦利品を地面の上に残す
アイテムドロップ制。
など。
ところがセコンドテラオンラインは、倒したモンスターは死体としてしばらく残り、その死体のところに倒したプレイヤーが自分で拾いに行くセルフルート制だった。
この場合のルートはRootではなくLoot、根っこではなくて戦利品とか獲得品という意味の方である。
倒した動物モブやモンスターなど、クリーチャーは《HP》と《ST》の両方が同時に《0》になってようやく死亡扱いになる。
ドロップしたアイテムは、死亡したクリーチャーの体がそのままその場に固定されインベントリのようなものに変化した“デスコンテナ”と呼ばれる容れ物の中に入る。
倒したあとはこのデスコンテナを漁って戦利品を得るわけだ。
ちなみにプレイヤーが死ぬのも同じ条件だし、死んだ後も装備品や所持していたアイテムは一部の例外を除いてほぼ死体に残る。
このセルフルート制が面倒くさいといって離れていくプレイヤーも多かったと聞いたけど、こういう仕様の方がリアルでいいよね! という人も同じくらいいたんじゃないだろうか。
俺は初めてプレイしたネットゲームがセコンドテラオンラインだったのでとくに疑問を感じなかったし、コンシューマーゲームなどで戦闘後の勝利画面で表示される裏にはこういう行為が行われているんだろうなと勝手に脳内補完していた。
で、このデスコンテナは誰でも自由に中身を出し入れできるというわけではなく、そのクリーチャーを倒すのに貢献した者だけが中身をチェックして取り出せる、という仕様になる。
例えば、俺が倒したモンスターのデスコンテナには、五分間は俺だけがアクセスできるタイマーが設定される。
逆に、他人が倒したモンスターのデスコンテナなら俺は五分間アクセスできない。これをルートする権利、そのまま“ルート権”といっていた。
パーティープレイをしていた場合は、パーティーを組む時にその辺りを設定できるが、ほとんどがパーティーでルート権を共有する。
ルート権の五分タイマーが過ぎると誰でも中を覗けるし、アイテムの出し入れも自由にできるようになって、そこからさらに一五分、クリーチャーを倒してデスコンテナが出現から累計で二○分経つとデスコンテナそのものが中身もろとも消滅する。
というわけで、俺がこの百足蜘蛛を倒してから二○分以上経ったからデスコンテナが消滅して現実の死体のみが残った、という可能性。
もうひとつは、攻撃のダメージ量がゲームの仕様のように数値化できなかったように、この世界の動物がデスコンテナ化なんかするわけないだろ、という可能性だ。
できれば前者であってほしいが、後者だったらどうしようもない。
『何か考え込んでるけど、大丈夫?』
「あ、ああ。うん。大丈夫だ」
どっちであっても目の前の百足蜘蛛の死体をデスコンテナとしては扱えないわけだし、どっちの説が正しいのかを確かめるにしても、この百足蜘蛛を利用する手段はない。
試しに、頭に刺さっていた矢を二本引っこ抜いてみるとそのままアイテム化したので、おとなしく矢筒に入れてルーク君の方に向き直った。
「どうにもならないみたいだから、もうルーク君の好きにしていいぞ」
「Kurry?」
今のは通訳なしでもわかったな。
「ああ、ほんとほんと。好きにやっちゃって」
ハトでも疑問系にする時は語尾を上げるのか。面白い事を知った。
俺からだけの許可では心もとなかったのか、ルーク君の視線がなんとなく俺の背後に向く。その視線の先からも許しをもらったのだろう、ルーク君はその瞬間に凄まじいハッスルを見せた。
「Krrrrrrrrrrrrrrrrr」
クルルルと鳴きながら首を仰け反らせ力を貯めるような様子を見せる。何をするつもりなのかと見守っていると、突然。
「pouououououou!」
ポウオウ言いながら凄まじい勢いで百足蜘蛛の死体を突っつき始めたのだ!
あんなに凄まじい勢いで頭をぶんぶん振り回して目が回らないのか心配になるほどの見た目のインパクトと同時に、凄まじくけたたましい音が森の中に響き渡る。
鋭い金属で平たい金属を強引に削り取る時の音だ。ギャリギャリギャリと耳にやかましい。
見た目と音と同時のインパクトで見ているこっちがどうにかなってしまいそうだが、ある瞬間にバギャンと弾ける音がして、それを境に音の質がグチャグチャと湿っぽい、というか生っぽいものに変わった。
「うおお……」
こ、これは……なんというグロテスク……驚きの汚さだ。
表情を取り繕えなくなって、とうとう視線をそらそうと首を振ると、頭の上から謎ミミズクが転げ落ちた。反射的に受け止めると、なんと気絶している。音のせいだろうか。
『よしよし。じつはルーク君もあの子に一度ちょっかいかけられて、相当頭に来てたみたいなのよね。一応は陸の長の管轄の子だったけど、なんていうかこう、骨の代わりに殻を持って体を支えるタイプの子達はあんまり私たちの言うことを聞いてくれなくってねえ。地面の中に巣を設けて大きな群れを作るタイプの子達は、かなり話が分かるんだけどねえ』
ああ、蟻かな?
っていうか、この騒音の中で精霊さんの言葉だけは普通に聞こえるのは、じつはそういう魔法を使っていたから、とかなのだろうか。
『うん? なあに?』
不思議に思って横目に精霊さんの顔を見ていたら、首をかしげながら微笑まれてしまった。やっぱり美形だなあ。
「いや、なんでもない。あんなおぞましい光景を見続けるよりは綺麗なものを見ようかと思って」
なんつってな。何言ってるんだか俺は。
『あらあら。しかたないわね。でもそのおぞましいのも終わったみたいよ』
「お?」
確かに音がやんだ。
視線を戻すと、思っていたより更に凄惨な状態になった百足蜘蛛の残骸と、百足蜘蛛の体液で顔中を汚したルーク君がいた。
「うおお……」
百足蜘蛛の方は頭が完全に潰れて蜘蛛要素が無くなってしまっている。これだけ見ると、完全に頭を潰された百足だ。ただし巨大だが。
「ん? どうした?」
心なしか呼吸が荒い状態だが、目にはしっかりと正気を宿したままルーク君がこっちに向く。嘴に、何かを咥えている。
「Kurっ!」
鳴いたとたんに嘴からそれが落ちてしまった。焦った様子が実に人間くさい。顔が汚れてなかったらこれはこれで可愛かったのに。惜しい。
「……Kurry Po!」
『あなたにあげる、ってさ。そこに落ちてるのは、その子の魔石ね』
「魔石?」
セコンドテラには無かったアイテムだが、ファンタジー世界では非常にメジャーな名前が飛び出た。
『ある程度、強い魔法を使える生き物は必ず体の中のどこかに魔石を作るのよ。そうするともっと上手く魔法を使えるようになるからね』
「それって、人間にも?」
『人間も例外じゃないわ。けど、人間は個体差が大きいのよねぇ……自前の魔石をもってないけど上手く使える人もいるし。そういう人はたいてい体のどこかに自前じゃない魔石を隠し持っているのだけど』
この世界の人間は体のどこかに石を持つのか。それって病気じゃないんか? 胆石とかにょう……いや、やめておこう。
「たいてい、って事は?」
『自前でも自前じゃなくても魔石を持たないのに魔法が達者な人は、肉体に宿る魂が半分くらい私みたいな精霊になってる人ね。これはほんとに稀よ』
「なるほどねえ」
面白い話だ。
『それより、受け取ってあげたら?』
「え、いや、だって直前までそれの中に入ってたものだろ……?」
と、思ったのだが、再びルーク君が咥えなおしたその魔石はさっきと違い汚い体液がほとんどついていなかった。地面に一度落とされたせいだろうか。
「Piy……」
ちょうど意識が戻った謎ミミズクを頭の上に戻すと、俺は両手を差し出す。ルーク君は上手い具合に俺の両手の上に魔石を落としてくれた。
まだ表面がすこしぬめっとしていたが手の上に落とされた魔石は、そんな事もきにならないほど美しい、真っ赤な正八面体だった。
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