幻想の鳥たち
バッサバッサと羽ばたいて、航空力学を軽く無視しているんじゃないかというホバリングしながら巨大なハトが降りてくる。
同時に、大量の蜘蛛糸が頭の上から降り注いだ。
パパッと片っ端から手にとっていくと一瞬で《蜘蛛の巣:40》も集まった。これはありがたい。
『なかなか抜け目無いわよね、リオンって』
「おう。これはもう性分だな」
この《蜘蛛の巣》というアイテムに限っては無尽蔵に貯蔵できる。
他の、重量が1以上に設定されているアイテムならばこうはいかない。
『おはようルーク君。でももう戦いは終わっちゃってるのよ』
ルークと呼ばれている巨大なハトは、ハトにありがちなまん丸い目が怖いという印象はなく、むしろコウテイペンギンや隼など猛禽類に近い顔立ちをしていた。けど翼をたたんで地面にいるそのシルエットはまるっきりハトだ。
『そう。そうね、骸ならまだあっちにあるわよ』
……百足蜘蛛の死体について話しているんだろうか。精霊さんの言葉しか俺には聞こえないので、どんな会話をしているのかさっぱりわからない。
『ねえリオン、ルーク君があの子に仕返ししたいんだって』
「ええ……なにそれこわい」
かわいいシルエットのわりに物騒な奴だ。せっかくテンションがあがっていたのに急に駄々下がる。
それにこのルークという巨大なハトは、さっき出会ったこの森の陸の長、水の長と並ぶ空の長であるらしいが、他の二匹、いや、二頭? と比べてずいぶん若く見える。あの二頭に見えた重厚感というか、どっしりと構えた貫禄のようなものが薄い。
『あ…うん。仕方ないわよ。この子は三柱の長の中でも最若年だし』
おっと思考を読まれた。
という事はルーク君とやらにも? と思いルーク君を見てみると、ルーク君は左目だけをまっすぐこちらに向けて、品定めをするように俺を……お? いや、なんか違うな。
『人間が珍しいのよね。この森には人間なんて滅多に入ってこないから。ルーク君は異世界の人とはいえ人間を見るのは初めてじゃなかったかしら』
「それはそれは。初遭遇が地元の人間じゃなくて異世界人とか、レアな体験じゃないか?」
『ふふ、そうかもね』
適当に話をあわせつつ、なんでこんなに見られてるんだろうと考える。
ルーク君の利き眼は左のようだが、交互に見る目をかえて、時には首の位置を変えていろいろな角度から観察してくる。そのしぐさが、実に鳥っぽいというか、おかしい。コミカルだ。
「な…なんなのだろうか」
『ふふふ。興味津々ね。改めて紹介するわね。こちら精霊樹の森の空の長、テイオウキジバトのルーク君』
き…きじばとっ。
『で、こっちは神様たちが異世界から召喚した異世界の人間の一人、リオン・ロードさんよ』
「Kurrrpow」
うわあ……思いのほか鳴き声が可愛い。俺の知るハトの鳴き声の音程を少し下げたような感じだ。
『よろしく、だって』
「あ、ああ、うん。こちらこそよろしく」
ルーク君は一度、長めの瞬きと区別がつかないくらいの時間まぶたを閉じた。おそらく、あれが彼ら流の挨拶なんだと思う。
俺も俺で、会釈かお辞儀かわからないという程度に頭を下げる。
『それで、あの子の骸はどうするの?』
「あの子の骸っていうのはさっき戦った百足蜘蛛の事だよな。何をするつもりなのかはしらないけど、少しだけ確かめたい事があったのを思い出したんだ。それの確認だけさせてもらってもいいか?」
「Kuru」
あ、頷いた。どうやら俺の言葉は理解しているらしい。
『いいって』
「そうか。じゃあ、差し当たりやるべきことは。そうだ、空の長なら、こいつに俺たちの事怖がらなくてもいいんだって言い聞かせられないか?」
ずっと手に持っていたミミズクを差し出しつつきいてみると、ルーク君はただでさえ鳩胸な胸を張った。
「Kurrr Krpy」
「Pyy Pyy」
「Kurpy Krrrpy」
頭上のルーク君と、手元のミミズクの間でなにやら鳴き声のやりとりが交わされている。
「これ、会話、できてるんだよな?」
『ミミズクの子はまだ鳴き声の使い分けを覚え切れてないみたい。危険だ、危険じゃない、助けて、おなかすいた、痛い、苦しい。さっきからずっとそのくらいしか使えてない。
知能もまだそのレベルよ。ルーク君はその子に合わせて鳴いてるから、ちょっと難航してるみたいだけど』
「Krrpi!」
成り行きを解説してもらっている途中で、ルーク君がふたたび鳩胸を張った。
『話がついたみたい。もうおろしても大丈夫そうよ』
「そうか。ありがとうルーク君」
「Pi!」
くそう。でかい図体して可愛いなこいつ。
ルーク君の説得の甲斐あって、ミミズクはもう暴れなくなった。精霊さんが手を伸ばしてももう突っついてくるような事はなく、やはり素通りはするものの、そっと羽の辺りを撫でられると一度だけ大きく翼を広げたが、飛び立って逃げる様子も見せない。
「怪我でもしてたのか?」
『巣に引っかかっている間に肩を痛めていたみたいね。さわっていて、わからなかった?』
「いやあ、俺はあっちの世界で獣医の勉強なんてしてこなかったからなぁ……」
が、獣医と自分で行っていてもう一つスキルを思い出した。《獣医学》スキルだ。目の前で動物が怪我してたっぽいのになんで思い出さなかったのか。あとさっき《調教・
畜産》スキルを使った時にも思い出すタイミングがあったのに。
これも《調教・畜産》と同じ理由でセットしてある。
そして、もう一つ。
「そういやこれも試せるな。こいつの傷はもう完全に治しちゃったの?」
『いいえ、痛みをとってあげただけよ』
「そっかそっか。いずれにしてもまずは……」
《調教・畜産》向けのジョブである《モンスターテイマー》には他にも二つ、セットにして使わなければテイマーとしては使い物にならないといわれていた《スキル》があった。その一つが《獣医学》。
調教、ないし使役した動物モブやモンスターのHPを効率的に回復させるためのスキルで、所有権が自分になくとも、人間以外のクリーチャーであればあらゆる回復行為にボーナスをつける。
そしてもう一つが《動物学》というスキルだ。これは和訳の際に強引に“動物”と訳されてしまったもので、原文では《Lore of Creature》となる。
ロアオブクリーチャー。要は人間以外のクリーチャー全てをつかさどる学問、という事だ。
これは主に補助目的のスキルで、《調教・畜産》スキルの成功率にボーナスを与え、《獣医学》での回復量にもさらにボーナスを与える、という効果だったのだが、これ単体で使う事もできる。
使用効果は、人間以外のクリーチャーのステータスを詳細に見る、というもので、スキルの使用に成功すれば専用のウィンドウが開くはずだ。
「どうかな……」
この《動物学》はスキル上げが簡単で有名だった。他のスキルはだいたい、その時々のスキル値に応じた難易度の作成や対象を選ばないと上昇率が極端に落ちる仕様だったが、《動物学》を含めたごく一部のスキルはそういった物がなく、同じ場所、同じ対象に延々と《スキル》を使い続けるように設定して一日放置するだけで《100》になる。
その分、ボーナス効果は地味なものだったが、上位プレイヤーのテイマーは必ずこのスキルをセットしていたから事実上の必須スキルだったように思う。
けどじつは、放置していても自動でスキル上げを行うような行為は“放置マクロ”とか“寝マクロ”とかいって、見つかったら二十四時間のアカウント停止、最悪BANされて二度とそのアカウントではセコンドテラオンラインの世界に接続できなくなるという規約違反の行為だった。
でも、公式の操作設定でマクロを用意しちゃうのも悪いと思うんだよなあ。
適当に設定したあとはキーボードの上に文鎮を置いて……
ああ、懐かしい。俺は結局一回しかやらなかったしバレなかったけど、今考えるとけっこうやばい事やってたのかな。
《そのクリーチャーの分析は今の私にはまだ難しい》
あ、失敗か。スキルの使用に失敗したようだ。今の私にはまだ難しいとか言ってるが、いくつか用意されている失敗時のテンプレメッセージの一つなので、構わずリトライする。
っていうか、一応俺の《動物学》は《100》になってるから、こんな小動物くらいなら一発で解析できると思うんだが。
《この動物はとても難解だ》
むむ?
《この動物を理解するにはまだ知識不足のようだ》
おやおや?
《理解できない!》
やかましい!
こんなに確率の低いものだっただろうか。
おかしいなあ……
確かに、スキル値《100》でもボスクラスの上位モンスターや最高難易度に設定されたイベントモンスターなんかは二十回トライしてやっと成功するって感じだったが。
え? まさか。いやいやそんな筈は。
《解析に成功した!》
《
Name:No Name
HP:V#& MP:>(’ ST:@+「
FOR:「L” INT:;?¥ VIT:$!/
DEF:@」? MIN:_)$ ANI:&’>
Ex:Magistic Horned Owl(Lⅰttle)
》
うわ! 数値が文字化けしとる! 日本語訳されてないし。
え? ていうか、オジロミミズクじゃないの?
括弧書きの中のリトルというのは、子供って意味だろう。
で、ま…まぎすちっく、ほるねど……ホーンド、オウル。
ホーンドオウルはそのまんまミミズクって意味だろう。たぶん。オウルが、フクロウだから。
まぎすちっく、マジスティック? マギスティックか? どういう意味だ?
こいつは、なんなんだ?
スキルによって出た解析結果に困惑しながら見つめていると当の本人、いや本鳥はすっかり今の状況を受け入れたようで、さっき俺が出し精霊さんが切り分けてくれたステーキをついばんで嘴からだらしなくはみ出させながら、かわいらしく首を九十度かしげたのだった。
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