物言わぬ動物へ愛しげに話しかける様はまごうことなき
百足蜘蛛の犠牲者のなかで唯一の生存者であるそのミミズクは、ひどく衰弱した様子なのに気丈にも精一杯翼を広げて俺たちの事を威嚇していた。
『もう、そんなにしないで。もう大丈夫だから、ね?』
精霊さんが優しく声をかけながら手を伸ばすが、鋭い嘴でつついて応戦する。
といっても、精霊さんは俺が例外なのであって、普通の生き物にはさわれない。向こうから触れられる事もない。
ミミズクの嘴は精霊さんの手をむなしくすり抜けるだけ。
俺の場合は普通に触れるから、うかつに手も出せば突っつかれて傷だらけ、とか思うかもしれないが、どうせ頭の上に赤い数字が出るだけなので構わずさわりにいく。
『あっ』
「おう。大丈夫だ」
必死の抵抗をうけながらも、ミミズクの体に絡み付いていた蜘蛛の巣を手早く取り除いていく。
どうやらダメージ判定すら出ないような力しか加わっていないようで、痛みも何も感じない。皮手袋のおかげもあるんだろうか。緑系の地味な色に染色してあるけど、これでいてじつはドラゴン革製だしな。
「ほら、取れた。けどこの辺はまだ周りに蜘蛛の巣がいっぱいだからな。よっぽど上手く飛ばないとまたどこかに引っかかるだけだろう」
ようやく自由になった翼をしきりにはためかせるが、俺ががっちりと足をつかんでいるので飛ぶ事はできない。二度手間はごめんだ。せっかくの生存者なのに助ける気がなくなっちゃうかもしれない。
「助けたついでに、もう一つ俺の《スキル》の実験につきあってもらおうか」
もし成功すれば、こいつはおとなしく言う事を聞くようになるだろう。
試すのは《調教・畜産》というスキルだ。《モンスターテイマー》という専用ボーナスをもたらすジョブもあるし、なんだったら鍛えていたけど残念ながらここでは《ジョブ》の付け替えができない。
なのになんで《スキル》だけセットしてあるかというと、リアルなレンジャーって自然を大事にして野生動物とかの保護も行ってるよな、という勝手なイメージからだった。
実際は野生動物を手なずけるなんてしないんだろうけど、そういうイメージがついたのは森の動物と協力して密猟者を撃退するという、とある映画が好きだったせいだろう。
ともかく、スキルの発動を意識する。
「《君は素晴らしい……》」
『えっ』
ぐはっ……
唐突に怪しげな台詞を口走り始めた俺を、精霊さんが訝しげに見てくる。
こんな所まで仕様どおりかよ……。
「《とっても魅力的だ……》」
『ね…ねえリオン? 急にどうしたの? 声が変よ?』
そりゃそうだろう。だってセコンドテラのゲームの仕様が勝手に俺をしゃべらせているんだから。
「《ああ! 怖がらないで!》」
怖がるよ! 普通は怖がる!
「《怯えなくていいんだよ……》」
いやだから! 怯えるから!
『リ…リオン?』
別の所でもおびえてる! 怯えさせちゃってる! 早く終われ!
「《いい毛艶だね》」
《調教に失敗しました》
ちくしょおおおおおお!!!
ガッデム! ガッデエエエエエム!
恥のかき損だ。勝手に怪し恥ずかしい台詞を吐かされたというのに!
『リオン? ああよかった、元に戻ったみたい。それもあなたの魔法?』
「……うん。そうみたいだ」
精霊さんのいたわりの視線が痛い。迂闊にこんな事やらなければよかった。
スキルの行使に失敗したショックで手を離してしまったし。
あれ、でもミミズクは逃げてない。まさかミミズクまで俺の痴態にドン引いてるんじゃ……っと、というわけでもないな。相変わらず翼を広げながら俺と精霊さんを威嚇してきている。
『それにしても困ったわね。そのこ』
「今の隙に逃げないって事は、羽のどこかを痛めてるのか、飛べないくらい衰弱してるのかもしれない。ミミズクって何食べたっけな」
えーと、蛾とか小さい虫、あとはネズミなどの小動物を食べる、と聞いた事があった。そうそう、友達が、フクロウかわいいけど餌やりのたんびに冷凍ネズミを解体するのだけは苦痛だとか言ってたな。
まあ、友達と言ってもネットの友達だが。
残念ながら虫も小動物も持ってない。あ、でもアレなら大量にあるな。
《ステーキ》を一枚取り出して実体化させる。さっきの樵の時にも痛感した事だが、今の俺はセコンドテラの仕様から大きく外れる行動をとる事ができない。
なので、ここは精霊さんに協力してもらう。
「この肉、そうだな、三十分割くらいにできないか?」
『分割? あ、その子に食べさせるのね』
「確実にあまるだろうから、残りは精霊さんが食べてもいいよ」
『おっけー』
精霊さんの髪がわしゃっと動いて実体化したステーキをまるでナイフでするように切り分けていく。完全に、物に干渉しているような気がするが、これも、俺が出したアイテムだからという事で例外になるんだろうか?
あと、おっけー、なんていつ憶えたんだ。
「これで食べられるだろう。ほれ、食え」
一つだけつまんで近づける。相変わらず警戒するミミズクは、やはり飛べないのだろう、おぼつかない足取りでトトッと後ずさろうとしたが、弱っているうえに地上を歩くのには不慣れであるらしく、ころんと後ろに転んでしまった。
かわいい。
「何もしないって言ってるだろうに。こいつは精霊さんの言葉がわかるタイプの動物じゃないのか?」
『そうねー。あの子、ケリケラよりは言うことを聞いてくれるけど』
「ケリケラ?」
『さっきリオンが倒した』
「ああ、百足蜘蛛か」
ケリケラなんて可愛げのある響きが似合うような動物じゃなかったけどなあ。
「ここに来る前に出会った巨大カモシカやら巨大亀は精霊さんの言葉を完全に理解してるみたいだったからなあ。さすがに、ああいう奴らのが特殊なのか」
『そうねー、それさっきも言ってたけど、巨大カモシカってのは角があるほう? 甲羅があるほう?』
「角があるほう」
『じゃあ巨大亀が甲羅がある方ね。リオンがいう巨大カモシカはリンテイパイソンのジョージ君、巨大亀はリクコウガメのシオニアちゃんよ。どっちもこの森じゃトップクラスの賢さね。下手な人間よりよっぽど思慮深いんじゃないかしら』
「え! あの亀メスなの!?」
ぜんぜん、わからなかった。
あとパイソンって事はシカじゃなくてウシか。
『そーよー。リオンには男の子でも女の子でも関係ないだろうけどね』
いや……まあ、そうだけども。
「こいつは?」
『この子は、オジロミミズクじゃないかしら。あなた、お名前は?』
精霊さんがふたたび、まだ仰向けに倒れてもがいていたミミズクに向かって手を伸ばした。
ミミズクはなんとかして起き上がろうとじたばたしながらやはり必死の抵抗を見せるが、すべてむなしく空振りに終わる。
「ああもう、仕方ねえな」
見かねて助け起こし、翼を強引に手で包んで押さえ込みつつ、さっき精霊さんがカットしてくれたステーキを一切れ嘴に近づける。
はやり暴れ続けたミミズクだったが、肉の匂いに気づき、嘴に開いている穴、もとい鼻をこすりつけ、ひどく戸惑った様子で俺と精霊さんの顔を交互に見る。
人間くさい動きにまたつい顔がゆるむ。
『まだ名前をもらえるほどの賢さはないみたい。この森には、陸の長と水の長と空の長がいてね、陸の長がジョージ君、水の長がシオニアちゃん、空の長がルーク君っていって、あら、ちょうど来たみたい』
精霊さんが未だ何層にもなる分厚い蜘蛛の巣の天井を見上げた。何事か、と思ったが、俺の《マジカルマップ》のミニマップにも友好的なNPCを示す緑色の光点が新たに出現した。とんでもない速さで、マップの端から数秒で俺たちの位置に重なっている。
「真上か!」
俺が口走ったのもつかの間、分厚く張り巡らされていた蜘蛛の巣の天井が一瞬で切り裂かれ晴れ間が広がり、同時に、巨大な鳥のシルエットがホバリングしながらゆっくり降りてくるのが見えた。
その姿を見て、俺は思わず声が出た。
「で、でっけええ! でっけえハトだあああ!」
関連するネットスラングをタイトルに使用したものの、某ツールアシステッドさんは本作品には一切登場しません
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