初戦闘-直前-
戦闘を求め、近所の人里からは精霊樹の森と呼ばれるこの森の中を探索しているわけだが、求めている時に限って戦闘に適していそうな動物と出会わない。
その要因のひとつが、俺がちょっと飛び降りたくらいで過保護にさらに磨きがかかった大樹の精霊さんが常に俺の背に引っ付いてきている事だ。
大樹の精霊は、精霊樹の森の中心となっている精霊樹が精霊樹である理由であり、同時にこの森の主ともいえる存在だ。
もともと、この大樹の精霊さんに限らず、ありとあらゆる精霊というのはこの星全体に満ちる魔力の流れ、竜脈とか地脈とかそういう物によどみを作らないための管理人のような役割をおった存在らしい。
俺はまだその魔力というやつを体感できていないので、それらを管理する存在といわれてもまったくピンと来ていないわけだが、とにかく強い力を持つ存在である事はわかる。
だからだろう、この精霊樹の森の中で精霊さんに逆らうような動物は一匹もいない。
体高4メートル、体長8メートルオーバーの巨大なカモシカみたいな奴。
直径が15メートルほどの半球体の甲羅を持つ、亀とトカゲとアルマジロを足して三で割ったあとにロップイヤーラビットの耳をつけたような、デカくて硬そうな奴など。
いろいろと出会ったが、事前に聞いていた通り見た目は厳つかったものの全員おとなしく、しかもある程度精霊さんの言葉を理解できるらしく、知性まで感じてしまった。
そんな相手には、こちらからは喧嘩をふっかけられなかった。
それに、セコンドテラオンラインという見下ろし型2Dのゲームの中の世界でならば彼らと同じクラスの大きさのモンスターを相手にソロでも頑張れていた俺であるが、完全に一人称視点、しかも自分の目で見て触れて感じられる生の感じを味わってしまうと、勝てる自信がすぽーんと無くなってしまった。
「はあ……」
『どうしたの?』
「いやあ、な」
正直に打ち明けるべきか少し迷うが、こんどのは性欲とか睡眠欲とかいう思春期的な悩みではない。素直に相談してみる事にする。
「聞いてる限り、この世界は魔力とか魔術とか魔法とかのおかげで、俺が育った地球という世界に比べると凄まじく発展途上なところで奇妙に安定してしまった世界、というふうに見えるんだ」
『ふむふむ』
「実際に見ないとわからない事ではあるけど、この世界はここみたいに精霊さんが平和に治めてる場所ばかりじゃないだろ? ほかの異世界人みたいにこの世界を発展させるための刺激ってだけじゃなくて、俺は骸特点を消すっていう使命もはたさなきゃならん」
『そうね』
「そうなると、余計に戦う力ってのは必要になると思うんだよな」
日本でさえ、地域や職種によってはある程度の腕っ節の強さを要められる。男は特にそうだった。
腕っ節の強さってのは何も喧嘩の強さじゃない。単純かつ純粋に腕力や体力の話だ。
地方に行けば行くほどその風潮は強くなり、祭りや法事なんかの行事をやる時の準備では必ず力仕事を任されるし、熊やら猪やらの野生動物、たまにちょっと変質的な人間が出た時にも頼りにされるのは九割が男だ。
魔力があるこの世界では、どうやら女性でも細くてやわらかい容姿をたもったままなのに実はすんげえ怪力、という事がわりとポピュラーに起こりえるらしいので、男がどう、女がどう、という話は簡単にすっ飛ばされる。
それどころか、男とか女とかいう性別のくくりだけじゃない。
一見はただのネズミかリスが魔法とかバシバシ撃ってきてめっちゃ強い、という事もありえるのがこの世界なのだ。
だからこそ、余計に俺は俺だけにしかできない戦い方というのを見つけておかなければならないと思う。
「精霊さん、さっき言ってた精霊さんの言う事も聞こうとしないっていう凶暴な奴は、どこにいるんだ?」
『あぁ……うーん……あの子はねぇ』
「凶暴といっても、やっぱり…?」
精霊樹の森という自分の領域に棲む生き物だから、愛着でもあるんだろうか。
『ううん。リオン、たぶんあなたが考えているほど私は慈悲深い存在じゃないわよ』
おろ?
『あの子が死ぬのは別にどうという事もないわ。あの子は精霊樹の森の一角に勝手に自分の領域を作っちゃってるから、ちょっとやりすぎてるっていうのも、あるのよ。お仕置きして、結果命が失われても別にどうという事はない』
き、厳しい。
「じゃあなぜ?」
『あの子は、隠れるのが……上手いのよねえ。あの子の領域に入られると森全体を見渡す事ができる私でも見つけ出せなくなっちゃう』
「それは……ちょうどいい。ちょうど戦闘関連以外でも試したい《スキル》があったんだ。探す所から俺にやらせてくれ」
精霊さんは俺の背中の後ろで、少しの間考えるそぶりをした。首を回して後ろを見ようとしているんだが、どんな顔をしているのか、俺の角度からは見えない。
『そうね。まあいいでしょう。そういうめぐり合わせだったのかもしれないし』
納得してくれた精霊さんに案内され、やってきたのは精霊樹から南西の場所だった。
そこに近づくだけでこの周辺だけ明らかに雰囲気が違うというのがわかる。目に見えて、蜘蛛の巣が増えたのだ。
奥に進むだけでどんどん巣の数が増えていき、やがて大きな木の幹を何本もまたがってかけられた巨大な巣まで見られるようになる。
ここまで来ると何重にも張られた蜘蛛の巣に遮られて日の光まで届かなくなってきた。
もともと木々の枝葉に遮られて薄暗かった森の中。まだ昼間だというのに、この一角だけまるで夜だ。
『ね、やりすぎでしょ。この周辺だけ魔力の流れもおかしいし、あの子ひょっとしたら私まで食べる気でいるのかも』
さらりと恐ろしい事を言われた。
大樹の精霊さんは、この精霊樹の森において最強の存在じゃないのだろうか。そんな存在にすら手を出そうとする相手とは。
恐ろしいが、逆にそこまでとなれば俺もためらわずに相手できる気がした。
この森の惨状からして相手は蜘蛛だろう。世界が違うから俺の知っている蜘蛛の形とは違うかもしれないが、糸を使ってくる事は間違いない。
ためしにてきとうな蜘蛛の巣に触れてみる。念のため、手袋だけ予備のに変えてからだったが、蜘蛛の巣自体はあっさりと壊せた。粘り気も思ったほどない。予備に変える必要もなかったくらいだ。
『あら、けっこう丈夫な糸なのに。意外と力が強いわよね、あなた。それとも、それも異世界の加護か魔法?』
「いや、そういうつもりはないんだけど……」
筋力値300のおかげだろうか。この世界に来てからまだ俺以外の誰かのステータスを見たことがないからわからない。
そもそもこの世界に住んでいる人たちのステータスの数値化が可能なのかもわからないからなんとも言えないが、とりあえずこのコレは地球にもあった普通の蜘蛛の巣を払う感覚と同じに壊す事ができた。
あ、しかも壊して手についた蜘蛛の糸がドット絵化した。インベントリに入れてみると、ゲームだった時からもともと持っていた《蜘蛛の巣:84》にスタックされて
《蜘蛛の巣:85》になった。
……これも、さりげなく重要な発見かもしれない。この世界の産物であっても、そのままセコンドテラオンラインに存在したアイテムとまったく同じ扱いになる場合がある。
『「!?』」
ここで、何者かの気配を察知したのは俺と精霊さんの同時だった。
『来たわ! ……前に注意に来た時よりずっと強くなっている!』
なるほど。
目の前に現れたのは、ムカデの額にサソリの尻尾をつけたような形の、怪物だった。
幅はおよそ1メートル、全長は軽く20メートルくらいだろうか。頭の位置は地面から30センチから40センチくらいと低い位置にあるが、だからこそ余計に胴の長さが際立っている。
ああ、なんだこれ気持ち悪い。
無数の足がワシャワシャと動いているが、腹はほとんど地面をこすっている。
「……」
正直、俺は生理的嫌悪感を抑えきれずにいる。こいつとは、絶対に相容れない奴だ。
「精霊さん、コイツは、単純に強さでいうなら、さっき会ったカモシカやカメたちと比べて、どうなんだ?」
『……生き物としての強度でいうなら、あの子たちの方が強いでしょうね。だからこの子も手を出さずにいたのだと思うわよ。けど、しぶとさでいうなら』
「こっちの方か……。手ごわいと見てよさそうだな」
強いとか弱いとか関係なく、とにかく見た目が気持ち悪いから今すぐにでもここから逃げ出したい。
精霊さんからこいつを倒してほしいと頼まれているわけでもないんだから、今すぐにでもUターンして駆け出したい衝動に駆られているが、ここで逃げるのは違う気がした。
きっとこの先でも似たような事は起きるに違いない。
だから、ここで逃げても、意味は、無い!
意を決して、戦闘態勢に入ると、手に弓、背には矢筒が現れる。
エクストラレンジャーとしての本領を、今から見せてやろうじゃないか。
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