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プロローグ1

 静まり返ったバスの車内。

 毎回思うけど日本人は静か過ぎると思うんだ。俺は日本以外を知らないけども。


 ただ今日は仕方ないともいえるんだろうか。


 今、このバスはセンター試験会場に向かう受験生を満載している。

 いや、満載っていっても、校区の関係でひーふーみーよー、四十人とちょっとくらいか。座席はすべて埋まっていて、立ってつり革に捕まってる人が数名。まだ乗れるスペースはある。


 そんなバスの中で、俺は自前のタブレット端末とガラパゴス携帯をテザリングして

『セコンドテラオンライン』をプレイしている。


 このゲームはもう二十年も続いている見下ろし2D型の老舗MMORPGだ。

 それだけに現在は、見た目が地味、世界観が古い、仕様に目新しさがない、ステータスとか戦闘の計算式が古くて単純すぎる、無駄なアイテムばっかり多くて肝心の武器防具が少なすぎ、スキル制なのにスキルの補正が小さすぎるからプレイヤースキルに依存しすぎてて格差がマッハ、……などなど、とかく散々な評判だ。

 なのにまだ続いてるのは、このゲームのレベル制とジョブ制とスキル制の複雑な絡み合いが面白いからで、その面白さが一定の評価を受けているのだと俺は思っている。

 あと、古くて軽いインターフェースだからこそ、パソコンと比べるとどうしても性能が貧弱になってしまうタブレット端末の、テザリングで遅い回線でもプレイできる。つまりだいたいどこでも遊べるという利点がある。さすがに本格的な戦闘をやろうとするとカクカクになるけど、スキル上げくらいならいくらでも、ね。


 そんな俺だが一応は立派な受験生。目的地は他の人たちと同じセンター試験会場だ。

 なのになぜこんなにのんびりしているのかというと、高校を卒業したらすぐに海外に飛んでバックパッカーになる予定なので、いい成績出すつもりなんてまったくなくてここに臨んでいるんだから。


 正直なところ、一緒にバスにのっているほかの受験生の皆にはちょっと申し訳ない。

 けど、ピリピリしたこの緊張感の中で一人だけ余裕ぶってられるのには、優越感もあったりして。ひひ、われながら性格が悪いというか。


 ヒッヒッヒ、ひ?


 あれ、コネクティングロスト。


 この辺はWi-fiどころか低速無線LANさえ飛んでないからわざわざテザリングしたのに。携帯はこの道路の全線で通じる、バックパッカーの予行演習で携帯の三本立ちを確認しながら歩いて通ったから確実だ。

 いったいなん――


「おい! あれなんだ!」


 ――誰かが急に緊迫感ある声でバスの右前方を指して叫んだ。


 ああ、携帯つながらなくなったのは確実にアレせいだ。


 空に浮かんだ輝く玉。太陽でも月でもない。どっちも別々にちゃんと見えている。


 ここで俺の脳裏にひらめいたのは、いつだったか某動画サイトに上げられていた、ロシアで撮られたという隕石の落下映像だった。


「おいこれまずくないか」

「なんなのあれ!」


 車内は軽くパニック。ドライバーもあわて始めるけどハンドル操作は誤れない。


 と、と、あ、ダメだこれ当た――




『まったく、このような者達を集めるは止めるよう言ったであろうに。念に濁りが落ちてしまっている』

『なにをいう、このような者達の方が良い働きをするものなのだ。一度踏ん切りをつけさせてやれねば、いくら念の純粋性が保たれようとも、あちらへ行ってしばらくはふさぎこみ、最悪にはそのまま腐り落ちるのみぞ』

『お二方ともそのあたりで。もう意識を取り戻した者がおりますよ』

『なんと、早いの』

『然り、然り』


 頭の芯に直接響くような声に顔をしかめつつ目を開ける、と、なんかマーブルカラーでカオスな光景が全面を覆っていた。

 肝心の声の人物達は、……見回しても、見つからない。


『ふむ。我々を観るには至らないか』

『こやつ、われらが求める物はたしかに持ち合わせているが、他とだいぶ質が違うのぅ』

『お二方とも! まずは説明をして差し上げなければ』

『お…おう。そうだな』

『然り、然り』


 たぶん声の主は三人。一人は女性的な印象を受ける。けど、声が、どうも、わからない。


 状況がまったくつかめないが、この声だけの彼らはどうやら俺に説明をしてくれるらしい。


「ええと? なんか、よくわからないんですが」

『うむ。一つ一つ説明して進ぜよう。まず我々は』

『まてまて、まず相手に区切りをつけさせてやらねばならぬと、言っただろう』

『いやしかし、さすれば更なる濁りが落ちかねんぞ』

『はあ、お二方、ここはわたくしにお任せください』


 三人のうち、二人は何かもめているようだが、女性っぽい印象の人がその二人をいなしたようだ。


『まず、ここは魂と精神のみが訪れる事かなう世界。そして我々は、あなたがたの中では多神教における神という存在が最も近いでしょう』

「かっ、神……?」


 それに、あなたがた?


『まだ、意識を取り戻した方があなたしかおりませぬゆえ、他の方々の姿も見えぬでしょう。さあ、あなたは直前の記憶を、思い出せますか?』


 直前の記憶……あ、そうだ、センター試験会場にいく途中で、なんかでっかい火の玉が。


『左様。もう予想はついたでしょう。あなた方はほとんどがあの事故で亡くなられました。あなた方の住む物質宇宙では天文学的確率で起きる非常に凄惨な事故でした』

「ああ、ええと。それは、なんていうか」

『お悔やみを申します。心の整理をつけるためにも、少し時間を起きましょう。ちょうどあなたは、我々がすくい上げた他の魂と比べ異質な素養をお持ちのようですから、今から意識を取り戻される方々をよく見ながら、心を決めるのがよろしいでしょう。ただ、できれば観察する時は一言も発さず、黙っておられるのがよろしいかと』

「は、はぁ……」


 やさしげな口調の中に、少しだけ同情的な、というか、苦笑のような混じったのが、なぜだかわかった。


 苦笑に押される、というのも変な話だが、言われたとおりに黙って見ていると心に決めたら、なぜか体ごとこの場から一歩退いたような感覚があった。


「う……うぅん」

「ぁ…あ。あれ? ここどこ」

「うわ、マジなにこれ」

「あぁー? なんだよここ」


 するとすぐに、マーブルカラーで埋め尽くされた謎の空間の中に何人分もの声が響き、唐突に姿を現す。


 驚いた事に、その多くが全裸だった。


 が、女性は女性でおおまかな胸の凹凸だけはあるものの、肝心な部分がマネキン人形のようにのっぺりとしていて、肌色の全身タイツを着ているような姿に見えてあまり嬉しくない。

 男の方の股間は別に観察もしたくないが……まあ、これは本当にマネキンだな。本来あるべき個人差すら、男の方にはない。


「おや? ここは……他に……人は」


 服を着ている人たちはほとんどが大人みたいだった。学生で制服を着ているのは二名だけで、いかにもサラリーマン然としたスーツ姿の人が三人、ガタイのいい作務衣の老人が一人、コントでしか見ないような肌着股引き腹巻に赤ら顔の……二十代くらいの男性が一人。

 最後の男性はほんとにコントの途中か何かだったのかもしれないが、あんな目立つ人バスの中にいただろうか。


 そして、あんなに近くにいるのに全員が全員ともお互いの姿が見えてないみたいだ。声も、聞こえてないのかな。

 あの神様たちのしわざだろうか?


 っていうか、俺のかっこうはどうなんだろう?


 確認すると、服は着ている。着ているのだが、あれ? これって。


『気がつきましたね、異界の人々』

「うわっ!」

「ひっ!」

「なにっ!?」

「なんだ! どっから声してる!」


 マネキン状態の奴らから悲鳴があがった。ついそっち側に気を取られる。

 大人組みは比較的冷静で、鋭い目で回りを見回したり、姿勢を低くしていつでも動けるような体勢をとっている人までいる。


「アキ! アキどこなの! アキぃぃぃ!!」

「サチカ!? サチカどこ! 声しかきこえねえし……なんなんだよもおお!」


 悲鳴をあげている中でも女子二人がとくにひどい錯乱具合だ。おそらくお互いの名前を呼び合っているのだろうが、俺から見てすぐ近くに居るのにお互いの声しか届いていないらしい。なんでだ?


『落ち着いてください。ここにくる直前に、自分の身に何があったのかを、思い出しましょう』

「え……ここにくる直前? 確か今日はセンターで……バスに乗って……あっ!」

「サチカと一緒に。あれ、まって。じゃアタシたち……」

「アキ!? アキどこ!? アキ!! なんで誰も居ないの!!」


 暫定・女神の声に促されて、マネキンだった連中が俺と同じように意識を失う直前の事を思い出す。すると、不思議な事にバスに居た時と同じ、制服やら私服を着ている姿に様変わりした。それと同時にお互いの姿を確認できるようになったようだが、サチカという女子だけが完全に錯乱状態に陥っており、泣き叫びながらひたすら友人を呼んでいる。


「なんで……サチカだけ居ない。サチ……あっ! サチカ!」


 何を見つけたのか、おそらくそのサチカからアキと呼ばれている女子が手を伸ばす。すると、サチカの方がアキに吸い寄せられるように動いた。そのまま手が届くという所でアキが手を握り締めると、まだマネキン状態だったサチカも急にアキと同じ学校の制服を着た状態になる。相当驚いた様子で、ビックリしすぎて体が強張ってしまって、ついでに泣き止んでるような状態だ。


「あぁ、よかった。サチカ」

「あ、アキ……アキぃ!」


 無事再開できた二人は互いに抱きしめあってわんわんと泣き始める。


『再会できましたね。では、落ち着くまで少し……』


 と、暫定・女神の声がしたかと思うとアキとサチカの二人だけビデオテープを早まわししたような動きをした。


『おちつきましたね。あなた方がどうなったのかは、もう思い出したでしょう。ひとつずつ今どうしてここにいるかを説明をしていきます』


 一瞬前と比べて明らかに落ち着きを取り戻した二人。あの早回しのような動きは、本当に早回しだったんだろうか。少し恐ろしくなる。


 だが彼女ら以外は相変わらずお互いの姿を認識できていないようで、まだひしっと抱き合って、というか、しがみ付きあっているあの二人も、それ以外の学生や大人たちの事なんか見えてないみたいだ。

 

『ここは魂と精神のみが訪れることを許される世界。ここに居るほとんどの方々が同じ理由でここに居らっしゃいます』

「ほとんどの方……? 確かに声だけはさっきから薄っすら……じゃあ見えないけどやっぱり他に人が……うおっ!」


 最初の一人、なんかガッチリ体型のイケメンが暫定・女神の言葉を頼りにその答えに行き着く。

 と、急に何かに驚いた。

 それを皮切りにするようにして、彼らはようやくお互いの姿を見られるようになったらしく、全員が全員とも急に現れれたお互いの姿に驚いている。


『中にはお二人ほど、少し違う時、まったく違う場所、まったく違う理由で亡くなられた方もいますが』


 暫定・女神が話を進めようとしたところで、ある男子学生が待ったをかける。


「ま、まってくれ! やっぱり俺達は、死んだ、のか」

『……はい。同じ乗り物に乗っていた方々は、あなた方の住まう物質宇宙では天文学的な確率でしか起きないような事故に見舞われ、亡くなられました』

「天文学的……だと?」


 目つきの鋭い男子が、どこかの漫画みたいに聞き返した。筆で書いた“ドン”という効果文字を背負っていそうな顔だ。とはいえ、それは正直なところ俺も気になっていた。


『ええ。ここにくる直前の記憶を思い出してださい。天よりの岩が、皆様が乗られていた乗り物に当たり、亡くなられたのです。そちらの方と、そちらの方はそれぞれ違った理由で亡くなられたのですが』


 ああー、やっぱり。やっぱりねぇ。そりゃあ天文学的だわ……あと避けようもない。


「やっぱりアレは……」


 今のやり取りで自分の死因を認識した者も何人か出たようだ。


「待ってくれ! じゃあなんで俺たちはここにいるんだ!」


 いや、だから、ここは魂と精神だけが来られる世界なんだろ? 話聞いてなかったのかよ。……って、いや、まあ、この状況で冷静でいられる方が難しいんだろうか。

 俺も、なんかしらんがやけに冷静でいられている自分にビックリしているくらいだし、きっと彼らがここまで取り乱していてくれなかったら、たった一人であの三人の神様と話せと言われたらあんな風に取り乱していた、かもしれない。


『まず、落ち着いて。順を追って説明しましょう』


 暫定・女神がそういうと、何かの力が働いたのがなんとなくわかった。


 力の動きから、今まで声しか聞こえなかった暫定・女神がどの辺りにいるのかを感じ取る。

 と同時にうっすらと人の形のシルエットが見えてくる。


 けど、まだシルエットだけしか見えず、しかも平安時代の十二単のようなごてっとした衣装を着ているらしく顔どころか体格体型すらよくわからない。


『まずここは、魂と精神のみが訪れる事をゆるされる世界です。あなた方をここへ招いたのはわたくしたち、エウディコッツという世界の神です』

「か、神!」


 他の人たちは未だに彼女らの姿が見えないらしく、しきりに首を振って周りを見回している。


 俺の目には、彼女らのシルエットがはっきりと浮き上がりはじめた。

 本当にまだシルエットだけだけど、姿は神々しく、なんとなく否定できない空気をかもしだしている。


 というか、地面も壁も天井もない。ただただマーブルカラーの空間にいるだけでも異常なのに、どこから相手の声がしてるのかもわからないような状態なら、神だとか言われてもとっさに反論できないものなのかもな。


『どのような理由であろうとも亡くなられたあなたがたは、一度この場所に来るものですが、ここにあって他者を見て声を聞く事はなかったでしょう。しばし自らの一生を振り返った後、往く輪廻ある者は渦に戻り、昇る天のある者は天へ逝き、在るべき場所に還っていたはずです。しかしあなた方には、わたくしたちよりひとつ頼みがあってここに留まっていただいています』


 なかなかわかりづらい言い回しをする。


 要は、あのままほっとけば、生まれ変わる奴は勝手に生まれ変わったし、成仏する奴は成仏しただろう。けどちょっとお願いがあるから今みんなを引き止めてるんだ。って話だろう?

 いくら大学受験で多少は頭が活性化してるとはいえ、なんか難しい熟語を並べられたら外国語はなされるみたいな感覚になる奴だっているんじゃ。


 と、思ってみてみるが、全員とりあえず暫定・女神が言っている内容は理解しているような顔だった。


「頼み、ですか?」


 おずおず という感じで尋き返したのはいまどき珍しい黒い厚縁メガネに黒髪おさげという、委員長か図書委員でもやっていそうな見た目の女子だった。

 あの制服は、隣の女子高の生徒かな。


『ええ。わたくしたちの世界に、いらしていただきたいのです』


 これは。なんというかテンプレ的な異世界転生、もしくは異世界トリップのお誘いだった。


懲りずに新作、はじめました

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