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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐8 新たなる相棒

 馬に乗ってしばらく二人の間に会話はなかった。お互いがお互いに知りたくない事実を持っている。だがそれはいつか知ってしまう事実というのも分かっていた。

「アストン、おそらく俺が知っていることを話してもいい思いはしない。それでも知りたいのか?」

「俺はただ、少しでも時間を共にした少女のその後が知りたいだけだ」

「そうか、わかった……」

 クロウスはアストンの気持ちを察しながら、イリス関係の重要な所を入れつつ、今まであった出来事を話し始めた。

 魔法管理局にイリスと共に入局し、ネオジム島でアルセドとの出会い――。アルセドがイリスのことを気になり始めたことも入れつつ、ノクターナル島のことは適度に流し、そして先日の事件について言葉を濁しながら伝える。

 アストンは見る見るうちに驚愕に満ちた表情を出す。そしてケルハイトが剣を振り下ろした時には、思わず馬を止めていた。

「……出血が多量だった。俺は実際にその現場を見ていないが、イリスは少しでも生きようと、出血を最小限に抑えるために自身に魔法を使ったそうだ。その反動や色々な要素が絡んで、今は目を覚まさない状況にある。いつかは目が覚めるかもしれない、だがそれがいつになるかはわからない。もしかしたら容体が急変する可能性だって大いにある、魔法なんて万能なものじゃないから……って、シェーラが言っていた」

 何度言っても、何日経とうがクロウスの中で噴き上がる感情に変わりはなかった。

 アストンは何を思っているのだろうか。手綱を握ったまま、動こうとはしない。衝撃過ぎる事実だ。動じない方がおかしい。

 重苦しい時間が続くのだろうと、クロウスが目を伏せようとした。だが直前にアストンは呟く。

「そうか……、まだ生きているんだな、イリスさんは」

 意外な言葉にクロウスは振りかえる。そこには切ない顔をしつつも微笑を浮かべていた。アルセドとは真逆の様子だ。

「そんなに驚いた顔をして、どうした? 意外か、この発言」

「いや、そんなことはないが……」

「生きていればどうにかなる。何かを失おうが、生きていれば……。きっとイリスさんはいつか目を覚ますよ」

 アストンはクロウスの隣に馬を歩かせ、左腕をゆっくりと伸ばした。以前より細くなっており、微かに震えていた。

「……後遺症で左腕が昔のように使いこなせない。出血が多すぎて、腕に血が行き届かない時間があったらしくてな」

「そんなこと――」

「クロウス達が旅立った後さ、言われたのは。まあ今は若干痺れが残っているだけだ。日常生活にはほとんど不自由はないから安心してくれ」

「だが、剣は以前のように握れないんだろう」

 アストンはゆっくり首を縦に振った。

 怪我をしたために剣を置く人は多くおり、それは一種の必然のことなのかもしれない。幸いクロウスはそういう立場になったことがないため断言はできないが、何人かそういう運命になった人を見たことがあった。

「そんなに怖い顔するなよ。この後遺症は誰のせいでもない、自分の甘さから出たものだ。クロウスやシェーラさんが心痛める事じゃない」

 馬をゆっくりと歩かせ続ける。クロウスは大人しくその後ろに付いて行く。

「世の中何があるか、わからないじゃないか。もしあの時怪我をしなかったら、俺は親父と一緒に住むことも、仕事を手伝うこともなかったかもしれない。だから――全てを悪い方向に考えるべきじゃないだろう」

「そういえば、ビルラードさんとどうして一緒に住んでいなかったんだ?」

「親父が勝手に家から出て行ったからだよ。剣を作りたい、質の良い鉄を探してきたいと言って、五年前に急に家から飛び出したんだ。まったく自己中もいい所だ。だから母さんも別れちゃうんだよ」

 はあっと溜息を吐きながら、首をゆっくりと横に動かす。初耳の事実を聞きながらも、クロウスは静かに耳を傾けていた。

「クロウス達が出て行って一週間くらい経った頃か……。ふらりと親父が戻って来たんだ。そして俺を見るなり抱きしめてな。どうして戻って来たんだと言ったら、何となく予感がしたと答えられた。そんなの理由になるかよって言いたかったけど、あの顔を見たら何も言えなくなったよ」

 世の中は偶然と偶然の重なりでできていると聞いたことがあるが、それはまさしく本当なのかもしれない。

「今までみたく剣を振ることも難しくなったし、どうせなら親父が追っかけた夢を少しだけ見ようと思ってイリデンスを離れたんだ。俺やお前には劣るが、そこそこ剣術が上手い人もいたし。……そんな感じだ。だから大げさに言ってしまえば、怪我してよかったのかもしれない」

 アストンは右手で器用に手綱を操り、クロウスの方に顔を向けた。

「これは俺がいくつかから選んだ道だ。その道を辿っていることに後悔はない」

 爽やかな笑顔をクロウスに向けてくる。何かがふっ切れたような表情。失ったものもあったが、得たものの方が大きかったのかもしれない。

 人にはいくつかの道があり、どの道もほんの些細なきっかけからできることが多い。その道が果していい道かはわからないが、いくつかから選んだ道を思い悩み、その上で決断して進むのであれば、きっと納得できることになるだろう――。

 それはクロウスやシェーラはもちろんのこと、アルセドやイリスもそういう想いが強いのかもしれない。



 * * *



 それからビルラードは適度な休憩を入れつつも毎日せっせと剣を打っていた。その隣でシェーラは辛抱強く魔力を送っている。

 そして工房の隅の方ではアストンやクロウスがシェーラの剣を修復するための準備をしていた。まだまだ半人前のアストンは剣を打つことはできない。ビルラードが打つ準備をするので精一杯だった。だが、それを悔しがったり、ふてくされることもなく、ビルラードの作業の様子を眺めている。一日でも早く追いつきたいと、その技術を盗んでいるようだ。

 十日程経った頃だった。クロウスとアストンが工房を覗いて見ると、ビルラードが満足そうに座り込んでいる。その脇ではシェーラが疲れ果てた顔をしていた。

「よう兄ちゃん、できたぜ」

 さばさばと言いきるビルラードの脇には鞘に入った大きく真っ直ぐな剣が置かれてある。

 それをシェーラがゆっくりと持ち上げた。シェーラの胸辺りにまである長さで、柄の部分は両手でも充分握れそうだ。両手でも片手でも使いこなせそうな感じであり、斬撃により攻撃ができるだろう。

「兄ちゃんの剣はロング・ソードの一種、バスタードソードに沿ってアレンジしてみた。たぶん使いやすいはずだ」

 シェーラの手から剣が渡された。疲れを隠すのかのように、微笑を浮かべている。

「これで魔法にも壊されないはずよ」

 柄をしっかり握ると、自然と不思議な力がクロウス自身に入っていくように感じられた。その力によって自然と体全体がみなぎってくる。

「嬢ちゃんが頑張って想いを込めて魔力を送ったんだ、ある意味無敵だぜ」

 いちいち刺激するような言葉を言ったためか、シェーラは顔をとっさに俯いてしまう。だが恥ずかしながらもシェーラはそっとクロウスの手の上から鞘に触れた。

「……いつも一緒にいて、同じ相手に戦いを挑めないかもしれない。でもこの剣はいつも一緒にいるでしょう? だから剣がクロウスを守ってくれるように……願っているから」

 それだけ言いきると、すぐに手を放し、クロウスの視線を背中で受け止めるように振り向いてしまう。

 クロウスは改めて握りなおして、剣の感触を確かめる。シェーラの想いは確かに剣から伝わっていた。迷いない想いが――。

 シェーラも修復されたショートソードを受け取り、これで用件は全て終わった。ビルラードやアストンに大いに感謝の意を伝えると、二人は得意そうな笑顔で返す。良質な剣を得て、他にも何かが心の中で満たされた日々だった。そしてシェーラと合わす視線の感じが少しずつ変わってきている。

 名残惜しそうにしつつも、また会いに来ると言いきって、別れを告げた。別れではない、また会うその日を楽しみにする言葉を残して。

 いつまでも手を振り続けている二人を背に受けつつも、クロウスとシェーラは馬を走らせ始めた。



 * * *



 約二週間ぶりに魔法管理局に戻ると、全体的に前よりも緊張感が漂っていた。いつも以上に警戒心が表れている。島会議が近いからと言っても、こんな空気は初めてだとシェーラは感じていた。

 鍛錬所のほうに寄ってみると、そこにはアルセドがスタッツと組み手をしているのが目につく。その様子を見て、シェーラは思わず目を見張った。クロウスも足を止めている。

 ボロボロになりながらも、顔つきは鋭くなっており、あのおどけた調子で言う少年の面影は薄れかけていた。真っ直ぐにスタッツの全体を見据え、隙あれば攻めようとしている。さすがにスタッツのほうが経験的に何十倍も上なためか、ほとんど触れることなく、アルセドをひっくり返す。それでも以前より動きが機敏になっているのがよくわかる。

「俺たちものんびりしていられないな」

 嬉しそうに話しかけるクロウスにシェーラも小さく笑って返す。

「そうね。荷物置いたら、私たちも鍛錬所に来ようか。あと二週間。念には念をね」

 鍛錬所から目を逸らし、再び廊下を歩き始めようとしたときに、両手に書類を抱えた女性がシェーラ達の顔を見るなり、あっと声を上げた。

「お二人さん、ちょうどいい所に会えたわ」

「メーレさん、どうかなさいました?」

「サブが会いたがっていて……。武器のほうはもう大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで。レイラさんがお呼びですか、一体何の用かしら」

「あら、まだ聞いていないの?」

「何をですか? さっき帰ってきたばかりなんですけど」

 只事ならぬ様子にシェーラは思わず身構える。そしてメーレは渋い顔をしながら、簡潔に言葉を発した。



 副局長室のドアが勢いよく開かれた。シェーラとクロウスは机に寄りかかりながら、溜息ばかり吐いている副局長に迫る。

「あら、帰ってきたの?」

「はい、今さっき。メーレさんから聞きました、ノクターナル島の動きが奇妙なことを」

「そうなのよ。島会議に出るやら、夜の軍団を設立するやら、明らかに何かを考えた上での行動に、どうにもこうにも……」

 頭を抱えながら、また溜息を吐く。疲労が顔に滲み出ているレイラはそれで頭がいっぱいのようだ。

「ねえシェーラ、何をしてくると思う? 島会議に夜の軍団が押し寄せてくる? それとも島会議中に暗殺劇でも繰り広げられる? ノクターナル島の人を拒否っていう手もあるけど、それが果して有効なのかわからないし……」

「ひとまず座って話しましょう、レイラさん」

 シェーラは宥めるようにレイラをソファーに座らせ、自身もその隣に座った。クロウスも心配そうな顔をしながら、真向かいに座る。

「ちょっと疲れているんじゃないですか? 一回休んだらどうです」

「そんな暇あるわけないじゃない。今回の会議は先生が何年も考えていたことを言う場で、おそらく今後の分岐点となるものよ。それを考えたら寝るにも寝られない……」

「だからって当日倒れられたら、こっちが困ります。夜の軍団やナハトの町長の動きは気になりますが、それは情報部に探らしているんでしょう? 情報部員なら確実に情報を得てきますから、安心してください」

 レイラは項垂(うなだ)れながらも首を縦に振った。ルクランシェの的確な行動はレイラが最もよく知っているといっても過言ではない。だからきちんとした有益な情報を得るのは分かっているのだろう。

「ありがとう、シェーラ。少し休むことにする……。ねえそれよりも、シェーラはどう思う? この二つの関係」

「たぶん偶然じゃないでしょうけど、偶然ということを願いたいです。純粋にナハトの町長が出たいと思ってくれたと……」

「何が起こるかしら」

「何も起こらないといいですけど、それはあまり期待できそうにないですね。さて、私たちはレイラさんが安心して会議が進められるよう、しっかり護衛をできるようにするために、ちょっと鍛錬所の方に行ってきますね」

 シェーラとクロウスは立ち上がり、部屋から出ようとした。だがその前にレイラが背に向かって声を投げつける。

「あなたたちも無理すんじゃないわよ」

 了承したとばかりに、手を上げて軽く振る。

 きっと無理しないはずがないとわかっていても、レイラを少しでも安心させようというシェーラなりの些細な心遣いだ。クロウスも無言でその気持ちを感じ取っていた。



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