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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐7 剣に込める想い

 クロウスとシェーラはビルラードが剣を打っている間は滞在するという条件が付きで、打ってもらうことになった。

 いつどこで、二人の想いが必要になるかもわからない。剣を打つという行為は、剣に命を吹き込むことであり、その命がより強いものになるには、持ち主が誰よりも強い想いを持たなければならないということだそうだ。特に今回は普段以上に速さを上げて作るため、疎かな剣ができないようにするためにも想いが必要らしい。

 滞在期間中は主に小屋の片づけをすることとなった。かなり散らかっているため、掃除のしがいがある。シェーラは早速布団を干し始めていた。木々の間から入ってくる光が心地いい。クロウスも薪を割ったり、シェーラに言われた箇所を掃除している。

 ふとクロウスはこんな風に自分自身で身の回りの世話をすることは久々なことだと気付く。魔法管理局に入局して以来、火を焚かず、料理をせずに食堂に行って出たものを食べ、そして洗濯物も宿のおばさんがまとめて洗ってくれている。

 そんな日常が当たり前となりつつあったが、本来は全て自分でしたことであったと思い出す。

 昼頃になると、アストンはシェーラに昼食を作るように頼んでいた。だがそれを聞いたシェーラは酷く顔が強張っている。その様子から何かを察していたアストンだが口元を緩めながら、より強く頼みこんでいた。痺れを切らしたシェーラは「どうなっても知らないわよ」と言い去りながら台所へと向かう。

 数十分後、何やら焦げた臭いが漂ってきた。そして食器が割れる音。

 クロウスとアストンは顔を見合せながら、苦笑いを浮かべる。どうしてこうも人には得手不得手があるのだろうかと、つくづくと実感してしまう。

 案の定、その日の昼食は散々なものだった。何故か焦げた野菜炒めに、水加減を間違えたゆるいご飯、そして塩の分量を間違えたらしいしょっぱいスープ。

 どうしてこんなものが作れるのだろうか、もしアルセドがいたら確実に馬鹿にされているだろうと、クロウスは心の中で嘆息を吐いていた。



 * * *



 二日が経過した後、シェーラはビルラードに剣を打っているときに立ち会おうよう頼まれていた。その前に何度かクロウスも立ち会っていたが、これからはむしろいない方がいいらしい。その発言に思わずクロウスは首を傾げていた。

「どうしてだ? と、言いたそうな顔をしているな」

「そうでもありませんが」

「お前は堂々と彼女がいる前で、プレゼントを買うか?」

 その言葉が耳に入る前に瞬間的にクロウスとシェーラは口を開いていた。

「彼女ではないです!」

「彼女じゃないってば!」

 それを見ていたアストンはあまりの揃い用に、腹を抱えて大笑いし始めていた。頬を膨らませながらシェーラはアストンに弁解をする。クロウスは頭を抱えながら、にやけているビルラードに向き直った。

「わかりましたよ。今日は少し買い物にでも行ってきます」

「そうか、悪いな。アストンと一緒にまとめて色々と買ってきてくれ」

「はい、了解です。さあアストン、行こう」

 今にも叩きそうなシェーラを(いさ)めながら、アストンにその場から離れようと促す。未だに顔が引き攣っているアストンを連れて行くのは、中々面倒なことであった。どうやらアストンもシェーラをからかうという面白さに気づいたらしい。

 ――本当に、兄弟みたいだ。

 クロウスは透きとおるような空を見上げながら、必死になって強くなろうとしている少年と過去の自分を投影させていた。

 小さい頃、魔法が使えないだけということで、いじめられたことがよくあった。弱く、何もできずに、よく母親に泣きついていたこともある。そんな中、父親は強くなれと言い、一振りの剣を渡した。少しは剣の心得があった父親によって、クロウスの才能は徐々に開花されていった。その間は必死になって、とにかくがむしゃらに剣を振り続けた記憶がある。

 そう、今のアルセドのように――。

 やがて剣に秀でたクロウスをいじめる者はいなくなり、むしろ憧れの対象となり始めていたのだ。

 らしくもなく遠い昔の記憶が蘇ってくる。アルセドには本当にいい意味で刺激を与えられているのだろう。

 クロウスはアストンに近場の村までの案内を頼みながら、道中積もった話をしようと考えている。だが、にこにこしながらも、アストンの左に駆け寄った時、左腕を気遣うようにしていたのを見逃してはいなかった。



 シェーラはビルラードに促され、工房の方に出向いた。そこには一振りの作りかけの剣が置いてある。クロウスの背に合わせた新たな長剣だった。

「これから本格的に剣を打とうと思う。そこに嬢ちゃんの魔力を剣に向かって放出して欲しい。要領はやりながら分かると思うから、ただひたすらに魔法を出せばいい」

「ビルラードさんは今までこういう風に剣を打ったことはあるのですか?」

「ない」

 シェーラの目が点になった。さも堂々と言っているから、初の試みであるはずがないと思っていたのだ。

「それって……、失敗も大いに考えられるんじゃないのですか?」

「ああ、もちろん。だがリスクなくして、いいものは作れない。これが成功すれば、魔法を中心として回っている世の中でも、魔法が使えない人達に道が開けるだろう? それを考えただけでも、やる価値は充分ある」

 魔法を中心として回っている世の中――、その言葉を聞きシェーラは口を平行線にして、噴き上がりそうな言葉を抑えていた。一般人にはほとんど伝わっていないであろう、魔法有限説。知った時、国の人々はどう思うのだろうか。

 まだ形も覚束ない剣を、再び炉の中に突っ込んで熱し、それから取り出しているビルラードにさり気なく言葉を投げてみた。

「ビルラードさんにとって、魔法とは何ですか?」

「魔法とは? 突然変なこと聞くんだな、嬢ちゃんは。ひとまず俺の脇にある椅子に座って、剣に手をかざしてくれ」

 若干はぐらかされた様な気がしなくもないが、言われたとおりにシェーラは座り、両手を剣に向けた。ビルラードの手にはハンマーが握られている。

「俺が剣を打っている間、嬢ちゃんの魔力をここに向かって流してほしい。自身の魔力のコントロールはできるよな?」

 シェーラは首を縦に振った。魔法に関しては、それなりに自信はある。膨大に秘めている魔力を微弱に出すことは造作もない。

 まずは言われたとおり、少しだけ魔力を放出してみた。まるで体内の血が巡る様にして、少しずつ出てくる。少しだけ風も吹いてしまうが、それはしょうがないことだ。

「……いい感じだ」

 満足げな顔をしながら、ビルラードはハンマーを大きく振り上げ、立派な剣になるであろう鉄に思いっきり叩きつけた。

 鉄と鉄が交わる、小気味よく、甲高い音が鳴り響く。そしてそれが何度も繰り返され始める。

 すぐ傍にいたが、うるさいと感じるよりもむしろ体に澄み渡るようで気持ちが良かった。想いを込めて剣を打つことが確かに伝わってくる。

「……俺にとって魔法は……正直どうでもいいな」

 視線をシェーラに向けず、ビルラードは呟く。意外な返答に魔力の放出がざわめく。

「ああ、もっとリラックスしていてくれ。……別になくてもいいと思っている。俺自身、若干火は出せるが、それを必要とする機会なんてほとんどねえ。この炉だって、マッチと呼ばれる摩擦を利用したものでつけているからな」

 カンっと音が響き渡り続ける。

「魔法はあくまで一つの手段に過ぎない。なくてもやっていける」

 声がシェーラの心に強く響いてくる。シェーラ自身にとっては口に出しても言えないことを平気で声に出していた。育った境遇が違うからかもしれないが、ここまで思ってもいなかった意見を言われると、逆に調子が狂いそうだ。

「嬢ちゃんが質問したのなら、次は俺の番だな」

「ビルラードさんの番……って、そんなこといつ決めたんですか」

「いいじゃねえか。時間はたくさんあるんだ。お前さんたちのことをもっと知りたいからな。……嬢ちゃんは、兄ちゃんと付き合ってから何カ月だ?」

「だから、付き合っていませんって!」

 この血筋はどうしてここまで違うと言っているのに、それを無視して何回も同じ質問を繰り返すのだろうか。思わず魔力も勢いよく出てしまう。

「おいおい、ちょっと落ち着いてくれ。まともに魔力を出されたんじゃ、俺のほうがもたねえよ」

「あ……、すみません」

「気を付けてくれな」

 肩を小さくしながら、ゆっくりと魔力を抑えた。最近感情的になりすぎていると、嘆息しながら反省をする。

 ――どうしてこうもかっとなってしまうのか。理由は……何となくわかっているけど。

「いい加減、自分自身に対して素直になったほうがいいと思うぜ」

「何に対して素直になるんですか?」

「わかっていることを聞くな。どういう経緯があって出会い、その過程で何があったかわからねえが、充分過ぎるほど気持ちは通じている気がするぜ」

 それだけ言うと、ビルラードは口を閉ざし、ひたすらに鉄を叩き続ける。一定の間隔で鳴る音によって、自然とシェーラは自身が通ってきた道を振り返り始めていた。

 ――出会いは唐突。出会った後も、目まぐるしいくらいに日々が過ぎていったから、ちゃんと考えたことがなかった。

 目の前で打たれるのは、頭の中で考えている相手の武器となり、盾となる剣。それが壊されるか否かで、これからの戦況は大きく変わってくるだろう。もし壊れてしまえば、最悪の結末さえ待っているかもしれない。

 ――もう、目の前で人がいなくなったり、傷つくのは嫌だ。

 娘と妻を逃がして盾となった父親、弟子のために命を繋げた先生。無残にも仲間に切られた青年、後世に書面として残したが故に傷つけられた女性、旧友と町の狭間で迷い心折れる男性、利用されて捨てられた研究者達、そして真っ直ぐすぎる信念により死の淵を彷徨う少女――。

 力があれば救えたかもしれない。それでも現実は上手くいかない。だから犠牲者を最低限にすることがこれからの至上命令になる。

 きっとこの剣の持ち主はシェーラのちょっと乱暴な風や拙い剣さばきよりも、多くの人を助けてくれるだろう。そのために必ず剣を交り合うであろう青年同士の戦いに勝利するためには、しっかりと想いを剣に込めて、魔力を注入しなければならない。

 ――私の大切なあの人を守って……。絶対に破壊の魔法で壊れないように――。

 やがて少しずつ剣とシェーラの魔力とも言える風は混じり合い始めた。



 * * *



 近場の村に馬で移動して降り立つと、アストンはメモを取り出し、テキパキとクロウスに支持を促す。どうやら調味料を買い溜めするようで、相当な種類と量を言っていく。

 そしてようやく買い切った所で馬に次々と背負わせていく。その中でも毛布がかさばりかなり邪魔だ。

「さすがにシェーラさんにあの毛布を使い続けるのは忍びないからな」

「そんな数日しかいないのに、気を使わなくていいよ」

「クロウスがそう思っていても、彼女はそうは思わないだろう。なあクロウス……」

 アストンがメモから視線をクロウスの方に移した。浮かれた様子は全くない。

「何だ、改まって」

「夜、シェーラさんとは何もなかったのか?」

 言い回している内容がすぐにわかってしまったのが、若干寂しくも感じる。クロウスはそっけなく付け返した。

「何もないよ。シェーラはベッドに、俺はソファーに寝ただけ」

「そうか、荒療治も効かなかったわけか」

「お前からも言っておいてくれ。余計なことはしなくていいから」

「何だかあいつが物凄くヤキモキしていたから言いにくい。クロウスさあ、シェーラさんとは戦友っていう立場なのか?」

 頷くことはできなかった。はたから見れば、戦友や仕事仲間と言って差し支えはない。だが、アストン並みの親しさだと迂闊に言えなかった。

「俺にとっては……、友達以上だ」

「シェーラさんはどう思っているんだ?」

「はっきりとはわからない。俺が好意を持ったきっかけがすごく不純な動機だし、色々迷惑かけているから」

 今のままの関係でも悪くはないと思う。実際、エナタと過ごした日々はこんな感じである。だけど、それ以上に何かを求めている自分自身がいることにクロウスは薄々気づいていた。

「クロウスはもう少し物事に関して、積極的になるべきだな」

「……その通りだと思う」

 昔似たようなセリフに言われたことに対して、同じ感じで受け答える。何も変わっていないなと、地面に向かって深く溜息を吐いた。

「そういえば、アルセドにも大切な人ができたと聞いたが、その人は一体誰なんだ? 可愛いお嬢さんか?」

 無邪気な表情で聞いてくるアストンの表情を見ず、視線を避けたままでクロウスの目は大きく見開いていた。そしてアストンに伝えていない重大な事実を思い出す。いや、実際は伝えるつもりはなかった。

「どうした、そんなに素敵な人なのか?」

 アストンもあの少女には結構気に掛けていた。伝えたほうがいい事実なのだろうか。

「ああ、素敵で可愛らしいお嬢さんに心惹かれているらしい。今日も早く帰ったのはそのせいじゃないか?」

 適当に言葉を選び、精一杯の作り笑顔で受け流す。それに反してアストンは首を傾げる。

「本当にそうなのか? あいつにその話を聞いた時、かなり渋そうな顔をしていたぞ。それに――」

 一歩踏み出し、クロウスの目と鼻の先にアストンは近づいた。

「夜中に辛そうに寝言で発していたぞ。『イリスさん……、ごめん……、イリスさん……』って。イリスさんに何があったんだ。隠し事はなしだぜ」

 顔が引き攣ってしまった。その場でやり過ごすこともできたかもしれないがもう無理だ。思考が停止した中で、つい聞いてはいけないことを聞いてしまう。

「隠し事はなしか……。じゃあ、アストン、お前の左腕も一体どうしたんだ?」

 アストンは咄嗟に左腕を背に隠した。顔が硬直している。どうやら図星のようだ。そして、ぼそりと呟いた。

「――道すがら、ゆっくりと話して行こう」



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