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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐6 不穏な動き

 朝早くに出て、かなり飛ばして来たためか、お昼過ぎにはアルセドは魔法管理局に戻ってきていた。スタッツは情報部の一角で最新のノクターナル島の動向について載っている資料を読んでいる。アルセドの登場に多少驚いた顔をしていた。

「思ったよりも早かったな。伯父や従兄弟と会ったんだろう?」

「……元気そうだったから、それでいい。またほとぼりが冷めたら遊びに行く。今は――時間がないから。それにシェーラとの関係、悪くしたくないし。――何より必要なのは、絆だろう?」

 アルセドは真剣な目をスタッツに向けた。その様子を見ると、スタッツはふっと口を緩ませ、資料を机の上に置く。そしてアルセドの肩に手をかけて、行くよう促す。その時入り口からルクランシェが入って来た。軽くスタッツと視線を合わしつつも横を通り抜ける。

 やがて二人は鍛錬所に向かい、早速稽古の方を始めることとなった。



 窓の外から鍛錬所を走っている少年が見える。まだ成長段階であろう顔は以前よりもどこか精悍であり、たくましくなりつつあった。少年と出会えたのは、風使いの娘や剣士の青年がその少年と出会ったからのもあるが、何よりも大きかったのは依然意識が戻らない、いつも笑顔を絶やさなかった少女のおかげであろう。

 レイラはルクランシェからノクターナル島の動向をまとめた資料を受け取り、座り慣れた副局長室の椅子に腰を落ち着かせていた。窓からの視線を資料に移しながら、目を通している。

「会議の休憩のはずなのに、そんな感じが一切しないわ……」

 濃くしたコーヒーを飲みながら、一息を吐く。

「しょうがないだろう。その情報は最新なんだ。最初にお前に目を通してもらわなければ困る。それを模写したものも何枚かある。よかったら会議で使ってくれ」

「それはどうも。最新版ね……。ケルハイトがデターナル島に現れた後のことか」

 ぶつぶつ言いながらも、レイラはきっちりと目を通していた。情報部の情報は正確であり、信用性が高い。多少遅いとはいえ、誤った情報はほぼなかった。

 島会議では絶対にノクターナル島の最近の動向についての話題が上がってくる。今回も欠席と見なされているノクターナル島の代表。そして日に日に増していく争い。

 多くの人が心配する中、何らかの大きな動きをこちらからも見せた方がいいのかもしれない……と、ぼんやりとレイラの脳裏にはあった。

 資料を読みながら、途中でレイラの紙を捲る手が止まる。そしてルクランシェに向かって眉を顰めた。

「何……この名称」

 その言葉だけで分かったのか、てきぱきと答え返す。

「そう言われ始めているらしい。それはきっと俺達の最大の敵となるだろうな」

「敵……か。そうね、ノクターナル島全体が敵なわけじゃないものね。でも厄介だわ。名称を持つということは、本格的に動き始めるということ。これが動き始めたら、こっちも精鋭を出さないと止められないわよ」

 その言葉に同意するように、ルクランシェは頷く。レイラは毅然とした目で立ち上がり、資料をルクランシェに持たせて、部屋から出た。

 時間は――限られている。

 総合部の奥にある会議室には、ダニエル部長を始めとする、各部長、副部長達などのそれなりの地位の者たちが二十人程待っていた。ほとんどが男性だが、メーレを始めとして二、三人女性もいる。

 レイラは縦に長いテーブルの一番奥に行き、ゆっくりと座り込んだ。そして息を整えてから、通る声ではっきりと口を動かした。

「では、会議を再開させます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 そして会議は始まった。

「まず先の続きと言いたいのですが、つい先ほどルクランシェ部長から得た情報で非常に興味深いものがあったので、まずは皆さまにも知って頂きたいと思います」

 レイラはある資料を一枚ずつ、その場にいる者に配った。一通り目を通すように促すと、ざわついていた様子が一瞬で静まり返る。レイラとルクランシェ以外は皆、顔を下げて読み入っていた。二人は徐々に顔色を変えていく皆の様子を眺めている。

 やがて皆が驚きと不安でいっぱいの顔を上げた所で、レイラは話を続けた。

「いいでしょうか? 話の方を進めます。この紙に書かれている内容は非常に興味深くあり、また私達にとって恐れる事態の一つが起きたのだと思います」

 紙を見ながら、レイラは朗読する。

「『ノクターナル島の兵士の上層部は分離し、エーアデ国全体の治安を守ろうと動き始めた。その部隊の名を――夜の軍団』。夜の軍団はグレゴリオを団長として、下は剣士のケルハイト、双子の炎の魔法使いのフィンスタ、フェンストを始めとして選りすぐりの者達がいると、この紙には書いてあります。治安を守ると言っていますが、本当は絶対的な力による国の支配――」

「だが、これは本当なのか? 今までだって、そんな噂は聞いたことがあったが、すべて虚偽のことだった。国の支配なんて、そう簡単に始められることではない」

 頬が若干こけている探索部の部長が目を吊り上げて突っかかってきた。レイラはルクランシェに視線を送ると、わかったとばかりに発言をし始める。

「本当のことですよ。それを裏付ける事件を、私の部下が実際にノクターナル島の一角で見ました」

「どこで何を見たのだ。それが重要だ」

 ルクランシェは目を伏せる。

「……マイワールというノクターナル島でもとりわけ商業が発展している町が乗っ取られているのを目の当たりにしました」

 人々はその言葉に耳を疑った。ノクターナル島は分かっていないことが多いが、どちらかというとソルベー島のように独自の文化を栄えている傾向が強いのは知っている。乗っ取られるなど、そんな物騒な言葉を聞くなど初めてだった。

「マイワールは唯一と言っていいほど、デターナル島と交流があった町でした。偶然マイワールの品物を見た目利きの少年が、質の劣化に気づき、急いで向かわした所、夜の軍団によって町の上層部は乗っ取られていました。普通に過ごしていれば気付きませんが、影では物々しい男達が徘徊しているそうです」

「例え乗っ取られたとしても、それくらいなら別に危惧するほどでもないだろう。質の悪い商品を高く買い取らされるくらいなら」

 ルクランシェは目を細めて部長達を見渡した。

「……いえ、充分に危惧すべきことなのです。情報部員の一人がマイワール周辺を探索しているとき、川縁で虫の息である女性を発見しました。全身傷だらけで、まだ生きているのが奇跡に近かった状態です。その女性はマイワール町長の娘であり、町長は夜の軍団に利権を渡すことを拒否したところ、家族はもちろんのこと、その屋敷に仕えている者全員を切裂き、川に流したそうです」

 次々に出てくる驚愕の事実に一同は息を呑むしかできなかった。そのような状況に今まで気付けなかったことに対して、どこか歯がゆさを感じているようだ。

「よくそんな情報を得ることができたな。俺でさえ聞いたことがない内容だ。つまり、町で情報が出ることを相当厳しくしているということだろう?」

 ダニエルが身を乗り出してルクランシェに聞きだす。無表情に見えるが、眼鏡の奥にある瞳は笑っていた。

「ある知り合いの者に聞きました、マイワールの情報網を。どこから情報が出て、どこに情報が流れるか。それさえ知ることができれば、造作もないです」

 ルクランシェは再び視線をレイラに戻した。小さく口に笑みを作りながら、レイラは感謝の意を示す。

 そしてその場にいる人全員に顔を向けた。

「――そのような例もありまして、夜の軍団は私達に被害を及ぼさせ始めています。考えが合わなければ容赦はない。有り余る力をそのような所に使っているのです。おそらくいずれはソルベー島、ネオジム島、そしてここデターナル島にまで及ぶことになるでしょう。力による国の支配……、魔法を武力行使のために使うということにどう思われますか?」

 その場にいた人々は唸りながら、その言葉を噛み締めている。

 魔法は人に対してむやみに使ってはならない。もちろん何であれ傷つけることはしてはいけない。だが何故魔法は特にそのように言われるのか――。

 それは、魔法には使える人と使えない人が存在するからだ。魔法による武力行使が始まれば、魔法を使えない人は必然的に弱者となる。クロウスのように他の面で秀でている人はまだいいかもしれないが、魔法が使えない者、ほとんど使えない者は対抗するには難しい。

 過去の偶然の出来事によって、自分の運命が決められるのは非常に愚かしいことだ。

 だから、魔法を力として使ってはいけない。エネルギーに変換させるなどして、大衆に対してプラスの作用を及ぼすのなら、それは推進されているが。

 そのようなことから、魔法管理局はできたと言っても言い過ぎではない。魔法を全ての国の民のために使い、国を発展させるようにしてきた。

 だが、それすらも厳しくなっている事実を知ってしまったことに、思わずレイラは苦笑してしまいそうだった。

「さて――」

 レイラは重苦しい空気の中に言葉を放つ。

「夜の軍団の動きは今後の私達の動きにも大きく関係してくるでしょうが、今は情報が少なすぎて動きづらい状態にあります。ですから、事件部と情報部の間で上手く連絡を取りながら、探るようにしてください。ただし深追いはしないでください」

 ダニエルとルクランシェの顔を交互に見ると、二人は緊張した面持ちで首を縦に振った。

「では先ほどの話に戻りましょう。私達の目先の大きな出来事は島代表者会議です。まずはいつも通りに各島の経済やエネルギーを中心に報告してもらい、その後ノクターナル島の現状を言う予定です。その内容は今まで話し合った内容を元にして、私、もしくは総合部の者に言ってもらいます」

 本来ならレイラが話すべき内容でもあるが、今回は後に残っている議題が重すぎるため断言できないのだ。

「そしてその後に今回の大きな議題である、“魔法の今後の在り方について”を話し合いたいと思っています。おそらくこの話し合いの際が最も激しい言い争いになり、一歩間違えれば緊迫した状態になるでしょう。それを防ぐために、幾つか起こりえる状況を今から考えたいと思います。……よろしいでしょうか?」

 全員一致で首を縦に振る。

 魔法は有限であると、始めはほとんどの人が疑っていた。だが、会議を重ねるうちに疑いは晴れ、もはや誰もが認めている事実である。

 レイラは息を整えなおして、まずは自分の考えを伝えようとした。

 だがその時激しいノックの後、扉が突然開いた。総合部の男性が血相を変えて入ってくる。

「ちょっと君、今は会議中よ。話があるのなら後にしなさい」

 扉の傍にいた実験部の女性が口を尖らしながら注意した。その言葉に耳を貸さずに、男性はレイラと大きな机を挟んで対面する。唯事ではないことが空気を通じて伝わってきた。

「一体何事ですか。急いで話しなさい」

「たった今、封書が届きまして――」

 誰かが何の封書だっと呟いたのを遮りながら、男性は言葉を吐き出した。

「ノクターナル島、ナハトの町長からで、今度の島会議にノクターナル島代表として出席なされるそうです!」

 誰もがその言葉に対して、喉が詰まった。だが近くにいた先ほどの女性は顔を激しく顰める。

「そんなでたらめなこと言わないでちょうだい! どうしてノクターナル島なの? 島間違えているんじゃ――」

 言いかけた途中で、女性の目の前に羊皮紙を突きつけられる。その書面には丁寧に島会議に出席すると書かれており、下にはナハトの町長のサインが確かに書かれていた。



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