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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐5 二人っきりの夜

 その晩はアルセドによる豪勢な料理が振舞われた。畑から持ってきた野菜を上手く使ったサラダはもちろんのこと、絶妙な味わいの炒め物やスープには思わず舌が(うな)りそうだ。

「どうしてこんなものが作れるの……?」

 シェーラは惜しげもなく、思ったことを口にする。

「もっと種類があれば色々と作れるけど、これくらいたいしたことないよ。料理なんて適当じゃん」

「て、適当……」

「ああ、そうだ。デザートもあるけど、食べる?」

「食べる」

 もう突っ込むのも嫌になってきていた。ここは大人しく食べていた方が良さそうだとシェーラは判断する。

 デザートのチーズケーキまで軽く平らげた所で、本日はお開きとなった。

「明日から早速だが剣の方を打ち始める。あ、嬢ちゃんの剣は修復な。剣を打っている間は、すまんが家の雑用を頼もうと思うから、覚悟しておけよ」

「了解しました。俺達でよければ、いくらでも言ってください」

 少し荒っぽい言葉を使うビルラード。だがその内面は、非常におおらかであり、思いやりのある人だと実感できていた。アストンが息子というのも納得できる。

 二階にある部屋の一つに案内され、そこで寝るように促された。真っ暗の部屋の中に、火を灯したランプを持って行くと、小さな部屋の現状が露わになる。中は小さなベッドとソファーがそれぞれの両脇の壁にあるだけ。真っ直ぐ進めば、窓が開けられる。

「ちょっと汚いんだが、三人で寝てくれ。今、毛布を持ってくるから」

 アルセドにランプを持たすと、アストンは部屋の外に出て行ってしまった。

「本当に綺麗とは言い難いわね」

 シェーラが中央にある机を指でなぞると、先に埃が付いた。

「何だ、嫌なのか?」

「そう言う訳じゃない。寝られる所があるだけ、ありがたいと思っているわ」

 仕事柄、野宿も覚悟するときもある。ただ久々に外に出ていることもあって、どこか心が浮ついていた。

 クロウスもソファーの座り心地などを確かめている。すぐにアストンは三枚のぼろぼろの毛布を持ってやってきた。

「ごめん、毛布もぼろくて……。シェーラさん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、アストンさん。お気遣いありがとうございます」

 そう答えながら、シェーラは毛布を受け取る。その様子をぼうっと眺めていたアルセドの口が急ににやけた。そしてシェーラの手から毛布を一枚引っ手繰(たく)ったのだ。

「ちょっと突然何よ!」

「なあアストン、俺、もっと話したいんだ。だから一緒に寝てもいいか?」

 シェーラの抗議をよそにアルセドはアストンの方に向く。

「ああ、構わないよ。だが俺の部屋、相当散らかっているがいいのか?」

「いいの、いいの。散らかっているなんていつものことなんだから。さあ、行こうぜ」

 アルセドはそそくさと背中を押しながら、廊下に出ようとした。そしてドアの前でちらりとシェーラとクロウスに振り返る。

「じゃあ、おやすみ、クロウス、シェーラ。二人で仲良くしていな」

「おやすみ、アルセド、アストン」

 クロウスが爽やかに言い返す。だがそれに反して、シェーラの体は硬直していた。アルセドの意味深な言い方に顔つき。それは明らかに何かを企んでいるということ。

 聞き返す前に静かにドアが閉じられた。

 仄かに灯る炎が揺らめいている。ランプがあるおかげで真っ暗な闇は防げたという所だ。

「アストンとアルセドは仲がいいみたいだから、久々に会って嬉しいんだろう。募る話もあるだろうし」

「そうね……。いや、ちょっと気になったことがあって」

「シェーラはアルセドに対して敏感になり過ぎなんだよ。今日は疲れたし、早く俺達も寝よう」

 その言葉を聞いて唐突にある事実に気づき、シェーラは振り向くのをやめた。

 狭い部屋の中にベッドは一つ。ランプの炎が静かに揺らめいている。

 ――まさか……クロウスと二人っきり!?

 その考えが脳裏をよぎっただけで、シェーラの頭の中は一気に火が付く。

 今まで、宿などで一緒に泊ったことがあるが、男女別部屋を取るか、イリスと三人で部屋を取るかのどちらかだった。つまりクロウスと二人っきりなのは初めてなのである。

 いくら恋愛に疎いシェーラと言えども、事の重大さが何となくわかっていた。

「なあ、シェーラ」

 最近、シェーラが急に意識をし始めた青年。出会ってから日にちは浅いが、あまりにも濃い数か月を過ごしていた。

「シェーラったら」

 相手もきっかけはどうあれ、多少なりともシェーラのことを気にしているらしい。そんな二人が同じ部屋で一晩過ごすというのは……。

 シェーラは気持ちを切り替えて、右手をぎゅっと握りしめながら誓った。今からでも妙なことを考えたアルセドを殴り込みに行こうと。

「おい、シェーラ!」

 耳元で大きな声を出され、肩を叩かれたシェーラはようやく後ろを振り返った。目と鼻の先にはクロウスが真剣な目で見つめている。

 思わずその様子に声を失ってしまった。



「なあアルセド、今更ながら思うが、クロウス達、二人にして良かったのか?」

 アストンはまだ成長しきれていないアルセドの視線に合わすため、覗き込むように見る。

「いいんだよ。あの二人の関係、見ているこっちがやきもきしちゃうんだよ。これを機会に何か変わればいいじゃないか」

「……お前らしい言い分だな。少し荒療治過ぎる気がするが……。だがよかった、クロウスにそう言う人が出来て」

「どういう意味?」

 アルセドは首を傾げた。それを柔らかい表情を浮かべて答える。

「久々に会って、空気が変わっていたんだよ。前はもう少し近寄りがたい感じだったが、今はそんなの全く感じない。きっとシェーラさんの心に触れたおかげじゃないかと思っただけさ」

「へえ、そのことみんな言っているよ。スタッツさんも時々呟いているし。そんなにあの二人は変わったのか?」

「それは変わる前と変わった後を見なきゃ、わからないよ。アルセドもそういう人はいないのか?」

 その言葉はアルセドの表情を強張らせた。聞いて欲しくはない事実。否定することもできず、ただ黙りこんでしまった。

 頭を掻きながら、アストンはその様子に困り果てる。部屋にも到着し、ひとまずアルセドに入る様促した。



 目の前にクロウスがいる、その事実だけで思考が停止してしまう。いつも見る顔つきとは違う、剣士ではなく男としての顔。無防備になるのもいい所だった。

「ク……クロウス?」

 辛うじて出た言葉に対してシェーラを掴む手に若干力が入る。そして為すがままに、シェーラはベッドの方へと歩かされた。鼓動が速くなっている。顔まで強張っているようだ。アルセドを殴り込むことなど、頭の隅に追いやられてしまう。

 だがいざベッドの近くに寄ると、肩の圧力が急に無くなった。すぐに振り向くと、クロウスは軽々と毛布を一枚取ってソファーの方に向かっている。途中でランプの灯りを小さくしていた。

「へ……、クロウス?」

 予想外の行動に立ち竦むシェーラ。クロウスはソファーに座り込むと、不思議そうに見ていた。

「シェーラも寝たらどうだ? 一日中馬に乗っていたなんて、久々だろう。ぼうっとしている。疲れている証拠だよ」

「ぼうっとなんかしていないよ。ただ……」

「ただ何?」

「クロウスは……」

 その言葉の先を出すのが躊躇われると同時に、急に馬鹿馬鹿しくなってきていた。どうやら、この男にとってシェーラのことを一人の女として見ていないのかもしれない。

「別に何でもない!」

 吐き捨てるように言い、短剣等を外してから、毛布を被ってベッドの上で横になった。クロウスもそれに続くようにごそごそと物音を立てながら、横になる。

 はあっと溜息を吐きながら、シェーラは横目でクロウスの様子を見た。

 小さなソファーの上で毛布に(うづくま)るようにして、横になっている。もう少ししたら寝息が聞こえてきそうだ。

 色々考えたいことや言いたいことはあった。だが、クロウスの言う通り、今日は大分疲労が溜まっている。明日一番にアルセドへ殴り込む為にもすぐに寝ようと決めた。



 シェーラの寝息が聞こえてくるまでそう時間は掛からなかった。小さな寝息がクロウスの耳元まで聞こえてくる。穏やかな表情でその様子を眺めながら、クロウスは高鳴りが治まり始めている胸に手を押さえていた。

 こんな状況になったのはおそらくアルセドの思い付きだろう。明朝会ったら、どういう言葉が放たれてくるか予想ができる。嘆息を吐きながら、クロウスもようやく眠りに就いたのだった。



 * * *



 シェーラとクロウスが朝起きて、下の居間に降りた時にはすでにアルセドの姿はなく、机に朝食が置かれているだけだった。

「アルセドなら、朝一番で帰ったぞ」

 ビルラードが優雅にコーヒーを飲みながら唖然としているシェーラに言った。意外にもその様子は似合っている。

「朝早くって、相当早いじゃないですか」

「一刻も早く帰りたいとか。どうやら何かに抜け出してきたんだろう? それより早く食べろ。俺は先に工房の方に行っている」

 アストンに食器の方を預けると、颯爽と外に出て行ってしまった。シェーラとクロウスは出された食事を急いで食べ始める。もちろんご飯は美味しかった。



 小屋の裏手には小さな煙突が飛び出している建物があり、その中には質素ながらもちゃんとした工房があった。窯もそれなりに年代物だとわかる。

 ビルラードの足元には鉄の塊が置いてあった。

「親父、二人を連れてきたぞ」

「おお、ありがとな」

 ビルラードは手を腰に当てて、声を若干落として語りかける。

「……さて、アルセドから耳を挟んだんだが、ちょっと急ぎの話らしいじゃないか。だから何晩か日を跨いで大急ぎで剣を打つ。まあ心配しないでくれ。俺は手を抜く気などさらさらない」

 クロウスは首を縦に振った。あのとき見た剣から、ビルラードの剣はどれも優れているものだということがわかる。そう――剣は嘘を吐かない。

「あと、嬢ちゃんの剣の補強だな。ちょっと貸してみな」

 シェーラは腰から二本の鞘に入っている短剣、ショートソードを差し出した。それを見て、ビルラードは目を丸くする。

「嬢ちゃん、この剣は?」

「これは上司から頂いたもの。ダニエルと申す者ですが……」

 その単語を聞くと、ビルラードは納得したように顔を明るくさせた。

「ダニエルか! そう言えば、昔小回りの効くショートソードを頼まれたことがあった。そうかこの剣を嬢ちゃんが使っていたのか。……中々、激しく使ったようだな」

「すみません……」

「いや、いいんだ。これだけヒビが入るくらい激しい戦闘をしつつも、嬢ちゃんが無事でいられる。それは一つにこの剣のおかげだと思うと、鍛冶屋として誇り高いことだ」

 ビルラードは上機嫌に剣の様子を見始める。だがすぐに屹然とした表情に戻った。

「それで一応確認したいのだが、兄ちゃんは破壊の魔法を使う相手に剣だけで勝負したいんだよな?」

「はい、そうです」

「それなら、剣に魔法を込めるのが一番手っ取り早い」

 その言葉は以前シェーラにも言われたことだ。だがあの時はあっさりと否定された。今回も同様にシェーラが横から口を出す。

「確かにその方法が一番手っ取り早く、効果的かもしれません。ですが、この人は逆純血なんです。魔力が掛ったものを持つにはあまりにも負担が掛かりますよ」

 だがビルラードはシェーラに対してにやりと笑みを浮かべる。

「そう考えるのが一般論だ。けどな、魔力を与えた相手が想いを入れていれば、負担はなくなるはずだ。特にその人を支えたいとか思っているのなら、なおさらだ」

 いまいち要点が掴めなくなっているシェーラやクロウスに対して、ビルラードははっきりと言い切った。

「俺が兄ちゃんの剣を打っているとき、嬢ちゃんは自分の魔力をその剣に送れ。大切な人の魔力なら、マイナスになるどころか、プラスになるはずだからな」



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