表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
95/140

7‐4 懐かしの再会

 アストンと呼ばれた男は持っていた木材が手からこぼれた。アルセドは固まったまま動かない二人を交互に見て、シェーラは褐色の髪の男をまじまじと見ている。

 やがてすぐに二人の硬直は解け、声を上げながら近づいた。

「何だ、クロウスか! 久しぶりだな!」

「ああ久しぶり、アストン。元気そうでよかった……。それにしても、どうしてここに? 俺はビルラード・スローレンさんに用があって来たんだ」

「ああ、親父のことか。俺は今、親父の手伝いをしているんだが……あれ、しかもそこにいるのはアルセドか?」

 クロウスの後ろに立っていた少年はその言葉を聞くと、顔を輝かせながらアストンに向かって小走りで近寄った。褐色の髪の男が二人並ぶ。

「アストン、久しぶり!」

 アルセドより頭一つ大きいアストンが、髪をぐしゃぐしゃと撫でる。

「よう久しぶり、アルセド。久々に会ったな、確か三年半ぶりくらいか。お前の噂が三年前にぱたりと聞こえなくなってから、ちょっと心配したんだぞ。叔父さんに暴言吐きまくって、家出したと聞いたんだが」

「そんな昔のこと、掘り出すなよ」

「お前らしい言い方だな」

 二人は取り留めもない話をしながら笑っている。久々の再会と思ったクロウスにとっては何だか拍子抜けしてしまっていた。クロウスと話すよりも、二人は話しこんでいる。その様子を眺めていたシェーラは首を傾げながら、声を漏らしていた。

「……一体、二人はどういう関係?」

 それを二人同時で答えた。

従兄弟(いとこ)!」

 へっと目を丸くするシェーラをよそに、クロウスは一人で納得していた。

 実はどこか雰囲気が似ていると何となく感じていたのだ。同じ血も流れているからか、二人の性格は似ている部分がある。おそらく小さい頃同じ環境にいたのかもしれない。イリスへの執着も似たような所がある。それから判断すると、従兄弟と言われても首を素直に振ることができた。

「それにしても、クロウスとアルセド、そして……ええっと、お嬢さんは――」

「デターナル島、魔法管理局のシェーラ・ロセッティです。イリデンスの件では大変お世話になりました」

 シェーラは特に嫌な顔をせずに深々と頭を垂れる。シェーラとアストンはイリデンスの事件後にほんの少しだけ顔を合わせただけだった。仕事柄多くの人に接するシェーラにとって、アストンのことは忘れてはいないが、体力がまともに戻っていない時に一瞬だけ会ったアストンは覚えていなかったようだ。

「あの時の使者の人だっけ。ごめん、よく覚えていなくて」

「いいですよ、慣れていますから。……それよりも、怪我の経過はどうですか?」

 悪びれた風もなくシェーラは尋ねる。その時、アストンの顔が一瞬曇った。すぐに表情を戻して、何でもない風に振る舞い返される。

「……たしか親父に用があるんだよな。今、裏庭にいるから、呼んでくるよ。家の中で待っていてくれ」

 再び木材を担ぎなおして、平然とした顔で小屋のドアを押す。だが、クロウスはアストンの沈痛な表情が気になってしょうがなかった。

 中に通されると、まず木の香りが飛び込んできた。木でできた丸椅子が四つ、四角い机の周りに置かれている。その椅子に座るよう促されると、アストンは再び外に出てビルラードを呼びに行った。

 掃除もあまりされていないようで、服やゴミが若干散乱している。

 シェーラはきょろきょろと部屋を見回しているアルセドを見ながら、声を漏らしていた。

「まさかこの子がアストンさんと従兄弟だったなんて。世の中って本当に狭いわね」

「そうだな。俺もかなり驚いているよ。特にアストンがここにいることが」

「確かイリデンスで剣士として護衛の仕事とかしていたんでしょ? それなのに、どうしてここにいるのかしら。アストンさんがここにいるということは、もうイリデンスには腕の立つ剣士がいなくなることになる……」

 クロウスがイリデンスに滞在していた時には、クロウス、アストン、そしてソレルという三人の剣士がいた。だがクロウスが再び旅に出て、ソレルは事件を起こして捕まっているため、残りはアストン一人となっているはずだ。あののどかな場所ではよほどのことがなければ、腕の立つ剣士はいらないだろう。だがそれでも一人いれば、いくらか安心するというものだ。何か理由があってイリデンスを離れたのかもしれない。

 口には出さないが、クロウスの中ではその理由が何となくわかっていた。剣士が剣を置くときは、だいたい理由が決まっている。おそらくアストンもその理由に当てはまるだろう。

 考えを巡らしていると、入口のドアが再び開いた。赤いバンダナを巻いている褐色の長髪が目に付く男が入って来る。むさ苦しいほどに口髭が生えており、何日も山に籠っている印象を受けた。表情は不機嫌そうで、こちらから進んで話をしたくない雰囲気を漂わしている。

「ビルラード伯父さん!」

 アルセドが男を見るなり嬉しそうに叫んだ。ビルラードはアルセドの方に視線を向けると一瞬でにこやかな表情になった。

「おお、アルセドじゃないか! でかくなったな!」

 アルセドはお構いなしに飛び付いた。

「伯父さんも元気そうだな」

「まだまだ歳って言うほどじゃねえよ。確か一年ぶりくらいか。骨董品店に勤めていると言っていたな。まだ家に戻っていねえのか?」

「どうして戻らなきゃいけないんだよ。あっちが頭下げたとしても、帰ってやらないよ」

「さすが、俺の甥だな。はっはっはっ! ……さて、ちょっと真面目な話にするか」

 大きく笑い声を上げた後で、ビルラードはクロウスとシェーラの方に視線を向けた。その眼差しは笑っている時とは比べ物にならないほどの真剣さが伺える。

「お前達は一体どちらさまだ?」

 クロウスは立ち上がり、一礼をした。

「初めまして、ビルラード・スローレンさん。私はクロウス・チェスターと言う者です。こちらはシェーラ・ロセッティ。今回はビルラードさんにお願いがありまして、アルセドに頼んでこちらに連れてきて頂きました」

 なるべく謙虚に、相手を持ち上げるよう気を遣う。この手のタイプは一度気分を害してしまうと、非常に面倒だからだ。

「アルセドやアストンとはどういう関係だ?」

「アルセドは私の友人の店で働いており、そこで知り合いました。アストンとは私がイリデンスに滞在している際に知り合いました」

「イリデンスねえ……。じゃあ、イリデンスの事件も知っているのか? 純血の少女がノクターナル兵士に連れて行かれそうになったことを」

「はい、もちろんです。その時、直接事件に関わっていましたから」

「そうか、お前らか。アストンが生死を彷徨(さまよ)う大怪我をする場にいたやつらは」

 ビルラードの殺気が強くなった。実の子供が死に瀕していたなど、冗談でも聞きたくないだろう。

 シェーラはさっとクロウスの隣に体を移動させ、深々と頭を下げた。

「あの時は本当に申し訳ありませんでした。私の判断ミスにより、アストンさんには多大な御迷惑をお掛けしまして……。何度謝っても許してくれないでしょう。ですが、言わせて下さい。本当にすみませんでした」

 シェーラの切なる想いが全身から伝わってくる。アストンが無事と聞くまで、シェーラは気が気ではなかった。イリスを救出する道のりでも時間をおいて何度も呟いていたのが記憶にある。

 クロウスはビルラードが口を一文字にしている様子から、このままではよくないことが起こるかもしれないと察していた。火に油を注ぐだけかもしれないが、クロウスもシェーラとほぼ同じ立場であるのだから、即座に謝ろうとする。

 だがそれに反して、ビルラードの口元が緩んだ。

「嬢ちゃん、頭を上げてくれ、お願いだから」

 その言葉を聞いたシェーラは不思議そうに顔を上げる。上げたと思ったら、ビルラードが頭を垂れていた。

「え、スローレンさん!?」

 シェーラが驚きの声を上げる。クロウスもその行動に目を見開いた。

「謝るなんて、そんなことしないでくれ。むしろ俺がお礼を言いたいんだ」

「お礼だなんて――」

「ありがとう。息子を助けてくれて。お前たちがいなかったら、息子は出血多量で死んでいたと聞いた」

 ゆっくりと顔を上げたビルラードの顔には父としての威厳が漂っていた。

「本当にありがとう」

 何か言おうとしたが、それが喉に詰まって上手く言えなかった。

 人が死ねば、誰かの心に闇を落とす。特に血の繋がった存在がいなくなることは、耐えがたいことだ。

「こちらこそ……ありがとうございます」

 何気なく零していたシェーラの言葉は、救われたという感情から出てきたのかもしれない。

「あー、もうわかったから。そんな辛気臭くなる必要あるのかよ!」

 張りつめた空気がアルセドの言葉によって消された。痺れを切らしたアルセドがイライラしながら立っているのだ。

「そんなのがしたくてここに来たんじゃないだろう。とっとと、要件を言えよ、クロウス」

 思わず振られた言葉にクロウスはたじろぎつつも、ビルラードの方に向き直った。

「ああ、そうだ。何か用があって来たんだな。俺でよければ手伝うぜ?」

「ありがとうございます。早速ですが、剣を一振り打って頂きたいのです。お願いできますか?」

 ビルラードは腕を組みながら、口元をにやっとつりあげた。

「何だそんなことか。息子の恩人とあっちゃ断るわけにはいかない。いいぜ、打ってやるよ」

「ありがとうございます!」

「ただし、一つ聞きたいことがある」

 クロウスはまた急に真剣な目になったビルラードに対して、思わず身構える。

「どうして剣が欲しい。俺が打たなくても、そこら辺の武器屋に売っているじゃねえか。どこかで俺の名前を聞いて、アルセドに案内をさせたという感じだと思うが、わざわざそこまでする理由は?」

 それは予想された質問だった。クロウスは高鳴る鼓動を抑えながら、ちらっとシェーラを見つつ、返答する。

「――これから、ただの剣ではすぐに壊れる可能性が高い相手と対峙する予定です。もし剣がなかったらは守りたい人も守り切れない。だから俺は――大切な人がいるから、守るための剣が欲しいのです」

 隣にいるシェーラの表情がさっと赤く染まっているようだ。急に小さくなり始めている。

 ほんの少しの間、ビルラードはその様子を眺めていた。そして手を腰に当てて、はっきりとした声を出す。

「いいだろう。恩人以上にお前たちのことも気に入った。守りたいなんて、本人がいる前で言う心意気なんか特にな! はっはっは!」

 そんなに改めて言われると、さすがのクロウスも気恥かしさを隠しきれない。シェーラなんか顔を伏せて、今にも逃げ出しそうだった。

「まあ詳しい話は夕飯を食べながらでもしよう。アルセドもどうだ?」

「ありがとう。一日だけ泊ってもいいかな?」

「いいぞ。じゃあ、よければ飯くらい作ってくれねえか? そちらの嬢ちゃんでもいいや。そろそろ男二人の切ない飯にも飽きてきたからな!」

 シェーラは料理という言葉を聞くと、若干顔が引き攣っていた。それに気づかずアルセドは笑顔で受け答える。

「うん、いいよ。ちょっと台所借りるね」

 あっけらかんに言うと、アルセドは部屋の奥へと入って行ってしまった。その様子にシェーラは眉をひそめ、アルセドの方を指しながら、アストンに聞いている。

「アルセドって料理出来るの?」

「できるよ、中々の腕前だよ」

「へえ……、あの子がよくわかなくなってきたわ」

 正直な感想を漏らしていた。シェーラの言うことももっともだ。まだまだアルセドには知らないことがあるかもしれないと、そう実感していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ