7‐3 裏腹な言葉
夕方になり、シェーラとクロウスは魔法管理局に戻ってきた。鍛錬所の方を覗いてみると、アルセドが息を切らせながら、倒れ伏しているのが見える。その脇でスタッツが涼しい顔をしながら、ベンチに座って古びた本を読んでいた。
「おい、スタッツ、ちょっといいか?」
上から声を投げかけられたスタッツはゆっくり顔を上げる。
「おお、早かったな。その顔は俺に何か聞きたそうな感じだな」
「その通り。早速で悪いが、一つ聞きたいことがある」
「何だ、言ってみろ」
クロウスはちらっとアルセドを見つつも、スタッツに視線を合わせた。
「ソルベー島に工房を構えているという鍛冶屋のビルラード・スローレンという人物を知らないか?」
その言葉にスタッツは眉をひそめる。
「……それは、俺に聞く内容か?」
「いや、情報屋だから知っていると思って」
「クロウス、もう少し物事に対して敏感になれ。おい、アルセド!」
スタッツは未だにのびているアルセドに対して声を発する。もぞっと動きながら、ようやく顔を上げた。
「何でしょうか、スタッツさん。まだ休ましてくれないのですか?」
「それとは別件だ。ほらクロウス、聞いてみろ」
そう促されて、クロウスは萎びているアルセドに近づき、腰を下ろして尋ねた。
「アルセド、ビルラード・スローレンっていう人知っているか?」
「……ビルラード? ああ、ビルラード伯父さんのこと?」
「やっぱり関係があったのか。親戚か?」
「そうだよ、親父のお兄さん。ちょっと偏屈で我が道をとことん走って、鍛冶屋を営んでいる人だ。それが、どうかした?」
横で成り行きを見ていたシェーラは軽く首を縦に振って、クロウスが思った通りに続けるよう促す。聞きたいことは大半同じだ。
「俺達、その伯父さんの所に行きたいんだ。案内してくれないか?」
アルセドは目を瞬かせながら、首を傾げる。どうやら状況がよくわかっていないようだ。
「どうして伯父さんの所に?」
シェーラはその言葉を聞いて、横から口を挟む。
「アルセドの伯父さん、ビルラード・スローレンさんは優秀な職人と聞いたのよ。今、私もクロウスも武器に関しては心細い状態だから、是非その人に作っていただきたいと思っているわけ。これから争いも熾烈を増すだろうし……。けど――」
シェーラの口がほんの少しにやける。
「そんな暇ないわよね。これから毎日猛特訓の日々。それこそ血反吐が出るまで、一分、一秒も無駄にできない。悪かったわね、変なことを聞いて。クロウス、やっぱり私たちだけで探しに行きましょう」
クロウスの腕を持ちながら、笑顔で振り返る。何かを考えているのは目に見えていた。
明らかにアルセドを挑発している。アルセドの顔色は見る見るうちに青くなっていく。一日しか経っていないのに、この特訓にもう根をあげてしまったのだろうか。
アルセドがカタカタとゆっくりとスタッツの方に顔を向けた。そこには表情が読み取れないほどの無表情さで、ぼんやりと立っている。そしてぼそっと呟く。
「……アルセド、明日は今日の三倍はメニューを――」
「クロウス! シェーラ! 案内するから、メニューを減らすよう言ってくれよ!」
スタッツの言葉を遮り、アルセドは悲痛な声を発した。シェーラはさらににやけながら、嫌みの言葉で返答する。
「あら、いいの? 一日も空いても」
「一日程度で変わるかよ!」
「何言っているの。あと三十日切っているのよ。その中での一日はとても重いのよ。イリスを……守りたいんでしょ!?」
思わずかっとなったようで、シェーラの肩は若干上下している。こんなにも煩く言うことはよくあったが、いつも以上に感情が入ってしまっているようだ。シェーラにとってアルセドは、見て見ぬふり出来ない一人なのかもしれない。
アルセドも反論する気が失せたようで、うつ伏せになりながら、ぐっと右手を握りしめていた。一瞬の出来心とはいえ、言ってしまった事実に酷く苛立っているのだろう。それを一瞥し、クロウスが止める間もなくシェーラはその場から去った。
「……確かに今の時期での一日は重いかもしれない。だが、今は体力や技術を得るだけでなく、他にもやるべきことはたくさんある」
スタッツは静かに嘆息を吐く。クロウスはその言葉を聞いて、少し考え込んだ。アルセドもようやく足を地面に付けて立ち上がる。その二人を見渡しながら、はっきりと言葉を発した。
「いいか、まず一つに知識を得ることだ。体力よりはすぐに得ることができる。あとは物事に対して分析的に、論理的に考えること。そして人脈も必要だ。そして最後になにより大切なのは――」
ゆっくりと出される言葉に、二人は唖然としつつも最後はしっかり頷いた。
* * *
次の日の朝、クロウスからビルラード・スローレンの所在がわかったとの連絡があったので、シェーラは局の入り口で待っていた。日を要するかもしれないと言われたので、荷物を多く持っている。腰にはひびが入り始めている愛用の短剣。あと数回使ったら、確実に折れるのはわかっていた。
「遅いな……。もう十分も過ぎている」
ぶつぶつ言いながら、徐々に眉間にしわが寄ってくる。そんな中、ようやくクロウスが物陰から顔を出した。第一声に文句を言おうとしたが、一緒に連れているものを見て、目を丸くする。馬を一頭連れていたのだ。
「すまない、遅くなって。馬を借りるのに時間が掛ってしまった」
「それならそうと言ってくれればいいのに。そんなに遠い――!?」
シェーラはさらにもう一頭馬が現れたことに驚いた。クロウスは一本しか手綱を持っていない。それならばこの馬は一体何なのかと思っていると、その理由がすぐにわかった。
「アルセド、どうしてここにいるの!」
予想通りの声の上げ方をしたためか、特に気分を害することなくアルセドは答える。
「どうしてって、ビルラード伯父さんの所まで案内するからだよ。馬を使わないと一日以上かかるからな」
「そんなこと聞いていないわよ。特訓はどうしたの? そんな暇ないんでしょ!」
「……これだから、うるさい人は嫌だ」
口の中でぼそりと呟いたのに、シェーラは目ざとく突っ込んだ。
「何か言った?」
「何も言っていませんよ。伯父さんがいる場所はわかりにくいんだ。地図を渡したくらいじゃ、絶対に道に迷う。それじゃ、効率が悪いだろう? 俺も久々に伯父さんに会いたいし、何かいい品でも得られるのなら、行ってきても良いって言われたんだ。何か反論でも?」
「反論ありよ! アルセドはまだまだ未熟なのに、こんな所で時間食うわけにはいかないでしょ? 他にも――」
シェーラはがみがみと言葉を発しまくる。アルセドはその言葉を全て流しながら、クロウスに視線を送った。
「早く行こうか。じゃあ、先に進んでいるからよろしく」
「わかった。それにしても、どうしてこんなことに……」
「しょうがないじゃん。ていうか、もっと喜べよ。俺がそういう状況ならもうルンルンなのにさ」
そう言い捨てると、アルセドは身軽に馬に乗り込んで、前に進み始めた。
「あー、待ちなさい! 話はまだ終わっていないのよ!」
「落ち着け、シェーラ」
「何よ、クロウス。どうしてあなたは止めないのよ」
「詳しいことはあとで説明するよ。ひとまず今は馬に乗ってくれ」
シェーラは膨れながらもその言葉に従う。楽々と乗り上げると、急にまた人が乗り上げてきた。振り返れば、目と鼻の先にクロウスがいる。顔を真っ赤にしながら声を上げた。
「どうして、同じ馬に……!」
「ほとんど出払っていて、借りられなかったんだよ」
「ならアルセドを連れていかなければ――」
「一頭しか一か月近く借りられなかったんだ。ということで、行くぞ」
若干溜息を吐きながら、クロウスは手綱を揺らして馬を動かし始める。始めは散々抵抗したが、すぐに無理とわかり、急激に物事を冷静に考えだした。
温もりがすぐ後ろから伝わってきた。大きな体がシェーラを支えている――。
その事実に気づくと、すぐ後ろにクロウスがいるということを余計に意識し始めてしまい、大人しくなってしまった。
アルセドと合流してからは、多少速さを上げながら走っていく。ソルベー島の内陸部に位置しているらしい。検問も強固になっている橋を渡って久々にソルベー島の土を踏みしめていた。
道中休憩を入れながら進んでいる。休憩時は必ずと言っていいほど、シェーラがアルセドに詰問していた。それを必死に宥めるクロウスも大変な立場だ。どうしてここまできつく突っかかるのか不思議に思ったくらいである。だがそれも進むにつれて少なくなっていき、とうとう夕方近くになると何も言わなくなってしまった。
「さすがに疲れたのか?」
「疲れてないわよ。ちょっと口を動かしすぎただけ。……アルセド、まだ着かないの?」
その状態を人は疲れていると言うんだよ、とクロウスは心の中で突っ込んでいた。アルセドを様々な意味で心配しているからか、シェーラの神経はいつも以上に擦り減りが早いようだ。
クロウスも多少は疲れてきている。以前は一日歩き回るのが普通だったが、まだ怪我が完全に癒えていないため、体力の消耗の仕方が半端なかった。
そろそろ日も暮れ始める。近場の町や村に行って宿を取らなければならない時間帯となってきた。
しかし突然アルセドが安堵の顔をして振り返る。そして視線を前に送った。
「着いたぞ。伯父さんの工房だ」
前方からはもくもくと煙が上がっている。木に囲まれた道から視界が開けたところで、横長い一軒の小屋が見えた。
二階建ての質素な造り。外には切られた薪が放り投げられている。
「ここが噂のスローレンさんの家……。工房は裏手にあるようね」
シェーラが注意深く、そして関心を持って観察していた。馬を脇に止めて、アルセドはドアをノックし、声を投げかける。
「こんにちは。お久しぶりです、ビルラード伯父さん! アルセドです」
大きな声を発するが全く返答はない。アルセドは何度もドアを叩きながら、呼びかける。だが虚しいほどに何も返ってこなかった。
シェーラは肩を下ろしながら、残念そうな顔をする。
「留守かしら。残念だわ」
「本当に留守か? 火を焚いたまま、家を空ける人は少ないはずだが」
さすがのクロウスも疑問符が浮かぶ。人がいた気配はある。煙が出ているということは火を焚いているということ、ドアの前にある土もついさっきまで踏まれたばかりの跡だ。少し家を空けているだけかもしれないとクロウスが思っていると、森の中から誰かが草を踏み歩いてくる音が聞こえてきた。
三人は振りかえり、近づいてくる人物をじっと見る。踏む音は徐々に大きくなり、その人はようやく森の中から出てきた。
褐色の髪を肩近くまで伸ばし、引き締まった体格の青年が、薪として使うための木材を背負っているのだ。
「何だ、旅人か? いや、そういう訳でもないな……」
その声を聞いてクロウスは唖然とする。少し調子がよく、気さくに話し、すぐに取り込まれそうな感じ。懐かしくも複雑な想いが浮かび上がってくる、クロウスと同じくらいの歳の青年。
見ただけですぐには判断できなかったが、声を聞いて一瞬で過去の人物と繋がったのだ。
「もしかして……アストンか?」